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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その26~導師の試練④~


「・・・望んで一対一にしたのだな。呪印を解放する必要はあったのかな? それとも私と戦う気か?」

「いいえ、実力行使は最終手段よ。ただこの方があなたの能力がよくわかるかと思ってね。呪印を解放するのは魔力を底上げするだけじゃないわ。精霊の流れをよく見えるようにするためよ。こうすれば、あなたの魔術士としての力量がよくわかる。

 あなたは確かに凄い魔術士ね。私が見た中でも最高だわ」


 アースガルの周囲には精霊が満ちていた。精霊の方から積極的に語り掛け、彼のご機嫌を伺っている。アースガルに戦う意志がないから精霊たちの意識はこちらに向かないが、彼が敵意を向ければ相手は一瞬で消え去るだろう。燃やされるか、凍らされるか、溺れるか、切り刻まれるか、土に埋められるか。どのみち生き延びるすべはない。おそらくはライフレスにも匹敵する魔力。それを悟らせないだけでも、彼の魔術士としての力量はライフレスよりも上だとわかる。

 確かにあれだけ精霊が周囲に満ちていれば、アースガルが放っておいても大陸の様々な情報が集まってくるだろうとは想像できる。むしろ精霊のかしましさに気が狂わないのかと感心するほどだ。精霊にとっては人間の都合などおかまいなしなので、精霊との相性が良すぎる人間はまず発狂しないための修練が必要になる。それだけの精神修養をしただけでも、とんでもないことなのだ。

 だがアースガルもまた驚いていた。友人、隣人を超えて精霊と一体したのではと勘違いするほどに精霊を身近に感じるアースガルである。その精霊たちが自分ではなく、呪印を解放したアルフィリースを見ていた。精霊との親和性、支配権が自分よりも上の存在とは久しく出会っていない。なるほど、運命に愛されるとはこういうことかと、アースガルは実感していた。


「(いや。呪われる、の間違いか)」


 アースガルは表情に出さないように、アルフィリースの運命に思いをはせた。そんなことを知らず、アルフィリースはアースガルをじっと睨んでいた。


「一つだけ約束してほしいわ。試練を超えたら、私たちに協力してくれるかしら?」

「君達の望むものは知っているつもりだ。それに私にも考えるところはある。最低限の要求は叶えられるだろう」

「それを聞いて安心したわ。ただ、互いに生き残っていたらね」

「?」

「インパルス」

「ああ」


 アルフィリースが腰に佩いていた剣が人の形をとる。万一を考えて、エメラルドから借りてきたインパルスだ。人格を宿した魔剣に鎖は無効なのか、はたまたインパルスが冷静なのか。人型になったインパルスはアルフィリースの肩に両手を置くと、じっとアルフィリースを見据えていた。


「君がおかしな行動を取ったら、電撃で君を気絶させる。ボクの役目はそれでいいのかな?」

「ええ、お願いするわ。他の誰にも見せたくないし、おそらく見せるべきではないと思うからね。その点貴女は信頼できるわ」

「君がエメラルドにとって有害でない限り、何も言うことはないさ」

「それでいいわ。さて、どうなるかしらね」


 アルフィリースはそれだけ言い残すと、意識を失ったように頭が力なく垂れ下がった。だが呪印は発動したままの状態である。本人が意識を失えば呪印も消えるはずだが、魔力は収まるどころかその性質を変えて増大しているように見えた。そして炎のように溢れては消える呪印が規則正しく統一され、アルフィリースの周囲を輪のように回り始めると、アースガルの周囲にいた精霊たちが一斉にその場を去り、一切の無音となっだ。そしてインパルスもくらりとソファーの上に、糸の切れた人形のように倒れ込んだのだ。

 アースガルは生まれて初めてに近しい感覚を得ていた。精霊の一切存在しない、無音の世界。自分とアルフィリースしか存在しない空間の中で、アースガルは恐怖と歓喜を同時に得た。


「アルフィリース・・・いや、御子なのか!?」

「・・・ふぅ。まさかアルフィリースも思い切ったことをしますね、まさか私を引き摺りだすとは。その危険度がわからない彼女ではないでしょうに」


 アルフィリース、いや、彼女ではない何者かがむくりと顔を上げた。その瞬間、アースガルの体は硬直し、指一つ動かせなくなっていた。


「む・・・これは」

「余計なことはしなくてよろしい、導師アースガルよ。私がここに出てきたことの意味はわかりますね?」


 アースガルの顔が心底驚いていた。それは久しく忘れていた感情。何百、何千年ぶりかの、感動と畏怖を交えた、言葉にできない感情だった。

 アースガルは動かぬ体で、心だけ礼の形をとった。


「もちろんです、御子よ。私は、いえ、私たちはあなたの来臨をこそ待っていたのです。その意味がわからいでか」

「そうでしょうか? 存外アルフィリースの方が私のことを正確に理解しているのかもしれません。あの子は私に関する情報を何一つもたないし、また精神同士も会話をすることすらないのですけどね。

 あなたの目的が私だと考えて、賭けに出た。私も驚く、あまりに危険な賭けではありますが。私に主導権を無理矢理渡すなど、普通なら考えられない。私が二度と返さなかったら、あるいは返せなかったらなんて、ちょっとでも考えたら恐ろしく踏み出せないはずなのに。

 だからこそ賭けはあの子の勝ちです。試練もこれにて終了ですね、アースガル」

「はい、おっしゃる通りです。突然招待され、しかも限定された結界内で、冷静さを失わずなおかつ打開策を見出そうとした。それだけでもはや十分だったのです。彼女たちは全力で資質を示しさえすればよかったのですから。私を鎖に捕える必要はなかったのですが、まさかここまでするとは」


 アースガルの体が、鎖に囚われていた。だがその満足そうな様子を見て、御子と呼ばれた存在は優しく笑った。


「ならば試練が終わった後にきちんと説明してあげるのですね。どうも昔からあなたは言葉が足らない。だからいらぬ誤解を招くのです。誰よりもこの大陸も、生命も慮っているというのに」

「オーランゼブルほどのカリスマは私にはありません。だからできることも知れています。だけど貴女が健在であることがわかってよかった。それだけ確認できれば、オーランゼブルがいかようになったとして、大陸の命運が尽きることはありますまい」

「それはこの子たちが決めることです。私もまた、考えることがあるのですよ。貴方の力も貸しておあげなさい。その力をどう使うかは、彼らが決めることでしょう」

「わかっています。私の力もこういう時のためにあるのでしょう。他の導師どもは何と言うかしりませんが、私の願いはかなった。貴女にこうして三度会うことができた。それだけで私の願いはもうありません。後はいつ朽ちてもいい」

「そう言わず――と言いたいですが、私も顕現するのはもう何度もないでしょう。そして次に誰かに宿ることも。きっとこれが最後。あなたも役目を果たしなさい」

「はい、身命に代えて」


 それだけ言い残してアースガルの姿は地面に沈んだ。そして御子がふわりと手をかざすと、インパルスはただの剣に戻った。そして空間の歪みが正され元の部屋に戻った時には、全員が地面に倒れて気絶していたのである。外の喧騒も元通りである。

 御子はそれを確認すると、ゆっくりと目を閉じ自分の意識を再び沈めていった。



続く

次回投稿は、8/15(火)21:00です。

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