戦争と平和、その25~導師の試練③~
「母のことを知っているのですか?」
「もちろん、というほどではないが、かなり数奇な運命をたどっていることは間違いない」
「いいでしょう。ならば私は何を差し出せば、母のことについて知ることができますか?」
「ジェイク少年と二度と会わぬこと」
その言葉と共にリサが凍り付いた。だがこれは脅しでもなんでもなく、アースガルは大真面目であるようだった。
「う・・・それは・・・無理な相談です」
「まあ交換条件の一つではあるが、そのくらい重要な案件ということでもある。だがどのみち、君たちが結ばれることはないと私は思っているのだがね」
この言葉にはさしものリサも動揺を隠せなかった。
「な、なぜそう言い切れるのですか!?」
「理由は言えない。だがかつて君と同じ能力を持った人間は何人も存在したが――須らく短命で、かつ必ず周囲を不幸にした。君が大事に思う存在がいるなら、全て遠ざけたまえ。それが君と周囲のためだ」
「そんなことを受け入れられるわけがありません!」
リサが激昂した瞬間、扉の外から鎖が現れリサを絡めとった。だがリサは自分に絡みつく鎖をものともせず、アースガルを睨みつけたまま、部屋の外に消えていった。
しばし周囲も呆然としていたが、アースガルもまたあまりすっきりとしない表情だった。怪訝に感じたアルフィリースが問うた。
「・・・導師アースガル。今の言葉は事実かしら?」
「嘘は言っていないつもりだ。少なくとも私の知る限り、彼女と同じ能力を持った人間が平穏無事に暮らしたのを聞いたことがない」
「その割には苦しそうね?」
「私を木石と勘違いしていないかね? 私にも薄いながら感情はあるのだ。彼女に関して不幸になるのが運命だとして、それが悲しくないとは思わんね」
静かにカップを置いたアースガルを見て、アルフィリースは安堵のため息をついた。
「あなたにも人間らしい部分があって安心したわ。魔術に秀でる人間が皆あなたのようになるのなら、魔術を追及するのがちょっと嫌になりそうだったから」
「何事も知りすぎるのはよくないものだ」
「そうね。でも問答もそろそろ終わりにしましょう」
座ったままのアルフィリースが突然呪印を解放した。当然のごとく溢れ出る膨大な魔力に、その場の全員が圧倒される。
「アルフィリース、何をする!?」
「ちょっと考えることがあってね。ライン、フォスティナ。こっちに来てもらっていいかしら?」
「う、うむ」
フォスティナがアルフィリースの呪印解放状態を見たのは初めてであり、歴戦の猛者と言えどもその迫力に圧倒されて、思わず首を縦に振っていた。
そしてフォスティナとラインを向かい合わせて立たせると、アルフィリースは申し訳なさそうに突然手を合わせて謝った。
「フォスティナ、本っ当にごめん!」
「は?」
フォスティナがその言葉の意味を理解する前に、アルフィリースはフォスティナのチューブトップを突然ずり下ろした。当然フォスティナの乳房が露わになり、真正面にいたラインはそれを真っ向から見据える形になった。ラインが目を丸くし、フォスティナは羞恥で顔を真っ赤にしてしゃがみこんだ。
「きゃあああ!?」
「アルフィ、お、お前何を――」
ラインが別に女性に対する免疫がないわけではないが、心の準備というものがある。こんな緊迫した場面で、しかも相手は名だたるフォスティナである。赤面したのが大陸最強の女の一人でなければ、ラインはもう少し平静を保てたかもしれない。
当然のごとく二人には鎖が絡みつき、フォスティナは衝撃で顔を真っ赤にしたまま地面に引き摺り込まれ、ラインはアルフィリースに恨み言を叫びながら、部屋の外へと連れ去られた。ぽかんとするエアリアルの両肩をアルフィリースは掴み、真面目な顔で語り掛けた。
「エアリー」
「む、むう。何をするつもりだ、アルフィ?」
「いやぁ、照れるなぁ・・・でも、うん、しょうがない」
そして何事かと戸惑うエアリアルに突然口づけするアルフィリース。この攻撃、いや口撃にはさしもの猛者のエアリアルも身を固くして、そのまま動かなくなってしまった。そしてエアリアルにも鎖が絡みつく中、アルフィリースがひらひらと手を振っていた。
「エアリー、後でね」
エアリアルは何事かを言おうとしてやめた。その必要がないとわかったからだ。アルフィリースの表情は先ほどと同じく真剣そのものまま。勝算がある時でなければアルフィリースはああいう顔をしない。エアリアルは安心して壁に沈んだ。
アルフィリースは再度ソファーに深く腰を下ろすと、目を丸くしたアースガルと対峙した。彼が鎖に絡めとられないところを見ると、どうやら見た目ほどには動揺していないらしい。これでいなくなってくれれば楽だったのに、と内心で毒づくアルフィリース。しばし二人は睨み合ったのち、アースガルの方から口を開いた。
続く
次回投稿は、8/13(日)21:00です。