戦争と平和、その24~導師の試練②~
「みんなも一杯飲んでおくことをお勧めするわ。この導師は私を愉しませてほしいと言ったわ。そしてシュテルヴェーゼは、永く生きる者は感情が荒廃するとも。ならば、私たちを狼狽えさせるのが愉しみともとれるわね」
「ちっ、なんて性格の悪い導師だ。おい、こんな奴をあてにしなけりゃならないのか?」
「正直御免ですね。今すぐ素っ首叩き斬って、ドゥームのケツにでも突っ込んでやりたい気分です。性格の悪さなら良い勝負しそうですから、さぞかし奴も迷惑するでしょう」
「よく言われるけど、言われるほど私の性格が悪いとは思わないんだがね。ただあの悪霊と人間の混血の尻は勘弁願いたいな」
アースガルの言い方にリサが引っ掛かった。
「その口調、まるでドゥームのことを知っているかのような口ぶりですね」
「知っているさ。むしろ地上のことで私の知らないことは少ないかもしれない。シュテルヴェーゼは遠くから覗き見るだけだが、私には精霊たちが様々なことを囁いてくれるからね。導師とは自然の声に耳を傾け、大陸の意志を知る。それこそが我らの役目だからね」
「今あなたは、最低の覗き見野郎ということを自白したわけですか?」
「世俗の感覚ではそうだろうが、放っておいても精霊は色々と語り掛けてくるからね。真竜や魔人などの、いわゆる人間よりも力や魔力に優れた上位の種族がその役割をしっかりとはたしていれば、こんなこともなかっただろう。精霊の方が話相手を探しているのさ。私はそれに応えているだけだ」
臆面も怒りもなく言い切るアースガルに、リサも閉口した。挑発には乗ってこないらしので、諦めたリサがしょうがなくソファーに腰かけ一杯水を飲むと、しばしアースガルは他愛ない話を始めた。導師とはどういうものか、自分が導師になったきっかけは何か、このターラムの成立はどういった状況だったのか、あるいは人間の歴史が語られる前の時代はどうだったのか。
それらは平常であれば非常に興味深い話であったに違いない。いや、それを差し引いても十分に興味深い話だったのだが、ろくに質問も受け付けず、一方的に話し続けるアースガルに、焦燥感がじわじわと強くなるアルフィリースたち。
既にどのくらい時間が経過したのか、それすらも曖昧な空間でついにリサが痺れを切らした。
「ちょっとはその口を閉じる気はないのですか? かれこれ数刻は話しっぱなしじゃないですか?」
「いやいや、人間相手の会話は久しぶりだからね。ついおしゃべりが止まらなくて」
「なら、せめて役立つ情報をくれませんか? 大陸のおおよそのことをご存じなんでしょう?」
「君たちの興味のあることに応えるとしたら、それは対価を要求するのと同じだ。君たちは既に今支払っているところだ。なのに上乗せするというのは傲慢ではないかね?」
リサが舌戦で勝てぬことにいら立ち、髪を思わずばりばりとかき上げた。普段見慣れぬリサの行動だが、それだけアースガルが上手ということだろう。
「キィー、ああ言えばこう言う!」
「別段おかしなことは言っていないつもりだが。ああ、そういえばジェイクとかいう少年とは上手くいっているかな? まだ未成年同士、二人で同居というのはいささか不健全な気がしないでもないが」
ぞくり、リサは肝が冷える思いをした。そこまで最近のことを知っているというのか。その情報を得る方法よりも、自分たちが注目されているという事態が恐ろしかった。そんなリサの様子を察したようにアースガルは続けた。
「別に驚くことではないさ。ジェイク少年も君も、実に稀少で特殊な存在だ。注目しているのは私だけではない。君は自分の能力について、正確に知っているのかな?」
「センサーとしては、驕りではなく大陸で50傑に入ると自負していますが?」
「それは君の能力の些末なものに過ぎない。君は自分の能力について、正確に知るべきだ。いや、知らなくてはならない。そうでなければ、周囲が不幸になる。君の母のように」
母の名前を出されて、リサの表情に明らかに動揺が走った。リサが自分の家族について調べていなかったわけではない。イェーガーに所属し、生活に余裕ができてからは人脈を駆使して調べていたのだ。だがどれだけ調べても何も出てこなかった。まるでそんな人間は初めからいない、とでもいいたげな痕跡のなさであったのだ。
なのでリサも半ばあきらめていたところである。そこに来てこの情報である。動揺するなという方が無理だった。
続く
次回投稿は、8/11(金)21:00です。