戦争と平和、その22~女勇者の苦悩⑤~
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「で、どこに行ってたかは聞かない方がいいんだよな?」
「そうね、約束だから」
アルフィリースが宿に帰るなりラインが質問したが、アルフィリースは素っ気なく答えざるをえなかった。彼らにもまだルヴェールの正体を語るわけにはいかない。ひょっとしたら明日、話さざるをえないのかもしれないが。おそらくはルヴェールもそのことを考えているだろうが、それよりもアルフィリースたちの安全を優先してくれているということか。ありがたいことだ。
ラインも事情を察しているのか、それ以上問いただしはしなかった。
「で、どういう手筈になった?」
「明日迎えが来るわ。それで導師のところに乗り込む」
「えーと、名前は・・・」
「口にしない方がいいそうよ。どこで聞いているのかわからないんですって」
「まさか。ターラム中に耳と目があるとでも?」
「いやいや、そこまで徹底してはいないがね。アースガルという名前に反応し、町中に張ってある遠見の魔術と盗聴の魔術が作動するだけさ」
アルフィリース達の会話に突然割って入って来た言葉。全員が身構えて飛びのいたが、そこには悠然と椅子に深く腰掛けた男が座っていた。いや、その場には椅子すらなかったはずだ。ということは、椅子と共に音も気配もなく出現したということになる。
全員の背中に嫌な汗が流れた。アルフィリースがようやく質問する。
「導師アースガルね?」
「いかにも。挨拶もなく突然夜分に現れた非礼は詫びよう。だが明日では不肖の弟子が邪魔になるかもしれないからね。今日会っておく必要があると思ったのだ」
導師アースガルは、アルフィリースが思っていたよりもはるかに若い見た目だった。年のころは30歳前後だとしかいえない。もちろん見た目そのままの年齢ではないだろうが、外見からだけでは彼が導師だとは思いもしないだろう。見た目も些か地味にも見える特徴のない目鼻立ちと、茶色のやや長い髪、茶色の瞳。周囲に満ちる充実した魔力と、手にした立派な杖さえなければ、ただの青年にしか見えなかった。
アルフィリースは覚悟を決めて問いかけた。
「それで? 何が必要なのかしら?」
「なに、君達の要件はもう知っている。なので時間を省くために私から出向いたのだ。物事の原則は天秤だ。天秤をどちらかに傾かせるために人間は必死になるが、私は天秤が釣り合っていることを好む。わかるかね?」
「望みをかなえたいのなら、何かを差し出せと?」
「理解が早くて助かる。だが君たちが持っているもので、私が欲しいものはないからな。そうなると、私を愉しませてほしいと思うのだが」
「ふん、裸踊りでもこいつらにさせるか?」
ラインが軽口をたたいたのだが、女性たちが怒るのをよそに、アースガルはふっと笑っていなした。
「ライン! 冗談はよして!」
「いや、意外と大まじめだ。裸くらいでフォスティナが助かるのなら安いものだろう」
「ふむ、私は構わんが?」
「エアリー、さすがにそれは」
「面白い提案だが、既に試練は決めている。と、いうか始まっている」
「試練ですって?」
試練という言葉にアルフィリースが反応した。だが最も険しい顔をしたのはマイアである。
「導師アースガルよ。まさか真竜である私にまで試練とやらをけしかける気ではないでしょうね?」
「いえ、天空竜マイア殿。私は人間にもそれ以外にも平等です。貴女が真竜だからといって、容赦をする理由はどこにもない。
いや、むしろ貴女こそ反省するべきで、そのような偉そうな物言いができる立場ではない。貴女たち真竜がもっと大陸の管理をしっかりと行っていれば、オーランゼブルの暴走は防げたはずだ。オーランゼブルの行為がやむをえないとはいえ、別の形を取った可能性もあった。それすら看過し、この事態を招いたのは誰のせいだと? 知らないとは言わせない」
「傍観を決め込んだのはあなたも一緒でしょう? それなのに真竜だけを責めるわけ?」
アルフィリースの指摘にアースガルは苦笑いをした。
「いや、その通りだ。だが真竜には私よりも大きな責任があった。それが魔人族との戦争に勝利したあなたたちの責任というものだ。貴女は年若いからそれほど当時のことを覚えていないかもしれないが、知らないわけではなかったはずだ」
「・・・それは、その通りかもしれませんね」
「まあかくいう私も何もしていないという点では、そこのアルフィリースの指摘通りだ。私もどこかでは責任を果たすべきだと、考えていないわけでもない。だが今はこれだ」
アースガルが杖で地面を叩くと、突然壁から鎖が飛び出し、マイアの体を絡めとった。そして壁に叩きつけられ、マイアは声をあげる暇もなくそのまま壁に沈み込んで消えていった。
あっという間の出来事に、アルフィリースたちが唖然とする。
続く
次回投稿は、8/7(月)21:00です。