戦争と平和、その21~女勇者の苦悩④~
「心当たりは・・・あるわ」
「ならばそちらは任せてよいかな? おそらくは、妾が出向けば逆効果になろう」
「わかったわ。すぐにでも向かいたいのだけど」
「相手のことはひょっとするとマイアが知っているかもしれん。古い者だからな、真竜とも交信がかつてあったろう。
だが妾とて手に余るほどの、かなりの偏屈者だ。いかに機転のきくお主とて、決して一人で向かうでないぞ?」
「? わかったわ」
シュテルヴェーゼの助言の意味をアルフィリースは理解していなかったが、しばし後にこの言葉の意味をアルフィリースも痛感することになる。
***
「こんばんは、ルヴェール」
「・・・これはこれは、ようこそおいでくださいましたアルフィリース団長。今日はどのような遊びをご所望で?」
こうと決めたらアルフィリースの動きは早い。黄金の純潔館をさっそく訪れたアルフィリース。時刻は夜半に差し掛かるところだったが、ターラムにはマイア、ウィクトリエ、ラーナ、ライン、リサ、エアリアル、それにフォスティナを伴って訪れていた。何かあった場合、この面子が最も頼りになると踏んだのだ。
もちろんルヴェールのことは誰にも内密であるから、ここには一人で来ているのだが。前回の訪問からさほど間を開けず、しかも夜半突然の来訪とあって、さしものルヴェールも面喰っていた。
「貴女のそんな驚いた顔を見られるとは、貴重ね」
「からかっていらっしゃるのですか、アルフィリース殿。生憎と今日は予約が多くて、あまり楽しめるお遊びはできませんよ?」
「アースガル」
アルフィリースはその名前だけを告げると、ルヴェールの動きが一瞬止まる。それだけで反応は充分だった。だがさすがのルヴェールも一つ息を吐くと、平静で対応した。
「いつも貴女には驚かされます。その名前をどこで?」
「伝説の大導師らしいわね。知識を借りる必要が出たのよ」
「その名前、口に出すだけでもあまりよくないかもしれません。奥の間を用意しますので、そちらで。フォルミネー館長もすぐに呼んでまいります」
「助かるわ」
ルヴェールが奥の間にアルフィリースを案内すると、ほどなくしてフォルミネーもやって来た。そしてルヴェールが本来の支配者としての立場で話す。
「ここならよいでしょう。もう一度聞きます、導師アースガルの名前をどこで?」
「古竜シュテルヴェーゼよ」
「貴女って人は・・・古竜ともつながりがあるのですか?」
ルヴェールが軽く眩暈を覚えた。ダレンロキアなどは眠りについているはずだから、現存する古竜は二体のはずだ。そのうち一体を知っているとは。自分ですら会ったことがないのに、なんという女性だろうとルヴェール思う。
アルフィリースはそんなことは気にもかけず、続けた。
「私も初めて会ったのよ。それであなたならアースガルの居場所を知っているだろうと言われたのよ」
「そのことを話す前に、事情を伺っても?」
「そうね――」
アルフィリースは包み隠さず事情を話した。ルヴェールの協力はそうでなくては得られないと考えたのだ。話を全て聞いたルヴェールも、さすがに難しい表情をしていた。
「なるほど、勇者フォスティナがそんなことに・・・」
「協力してくれる?」
「それはもちろんです。彼女は私を知りませんが、ターラムのために行動してくれた傭兵でもある彼女を蔑ろにしたりはしません。それに彼女は非常にまっすぐな人間と伺っています。不幸な目に遭うのは忍びない。
結論から言えば、導師アースガルならなんとかしてくれるでしょう。このターラムでは、とてもではないが言葉に出来ないような悲惨な事態が女性の身に降りかかった時、アースガルがそれらのいくつかを解決してくれたのは事実です。ですがアースガルが協力するかどうかは確証がありません」
「どうして? 導師って、魔女の男版みたいなものではないの?」
「一つは、フォスティナがターラムの人間ではないこと。アースガルはこのターラムに身を置く以上、ターラム内の事件に関してはある程度の協力をしてくれますが、ターラムの外のことに関して彼は何ら責任を感じないのです。動くとすれば、彼が興味をひかれた時だけ。
もう一つは、アースガルの性格ですね。彼は歴然たる人間です。その人間が真竜並みの寿命を持っている・・・これがどういうことかわかりますか?」
「さあ・・・」
アルフィリースが首を傾げたので、ルヴェールが説明した。
「長年生きるだけの方法なら、実はかなり多く選択肢と実例があります。魔女や精霊騎士がその選択肢の一つですが、千年を超えて活動する者はほとんどがおらず、後継者を見出して後を託す。それはなぜか」
「聞いたことがあるわ。精神が摩耗するからね?」
「然り。人間はそもそもそれほど長く生きる種族ではない。私たちの精神が荒廃する前に、我々は代替わりをすることが暗黙の了承なのです。
ですが導師の何人かは違う。彼らは代替わりをせず、特にアースガルに至っては既に4000年とも5000年と言われる日々を過ごしている。少なくとも、五賢者が若かりし頃から知っているとは言っていました。そんな彼の精神性は私たちのおよびつくところではないのです。
私も彼に師事しましたが、つかみどころのない彼の行動と思考に、一度袂を別ちました。ですが彼の力が必要である場面はまだ多いため、時に助力を乞いに行きます。ですが、それも気前よく力を貸してくれる時もありますが、何を言っても話すら聞いてもらえないこともあるのです。その精神性がといえば聞こえがいいですが、人間性や判断基準が既に人のそれとは大きく違うことを覚悟してください」
ルヴェールの言葉からはかなりの難物であることが想像できる。アルフィリースは唸った。
「かなり気難しいのね。何かコツはあるのかしら?」
「彼の予想を外れる行為や言動ができれば、あるいは興味をひくことができるかもしれません。ただそれが何より難しい。会えばわかりますが、彼はあらゆる情報を収集するのが好きです。貴女がターラムに来たことはもう知っているでしょうし、おそらくここに来た事すら理解しているでしょう。何せ自分の名前をターラムの誰かがつぶやいただけでも、彼は聞き取るくらいですから」
「怖いわね」
アルフィリースの言葉に、ルヴェールが頷いた。
「ええ、とても怖い人です。それさえわかっていれば、なんとかなるかもしれません」
「だから一人で行かないようにと言ったのね・・・でもまさかとって喰われはしないでしょう?」
「・・・どうでしょうか」
「ちょっと、それすらも危ういの?」
ルヴェールが何とも言わないのを見て、アルフィリースは不安にかられた。
「まぁ実際に食べるかどうかはともかく、人をくった性格であることに間違いはないでしょう。明日私が時間を作りますから、今日はおとなしくしておいてください。決して無茶をしないでください、いいですね?
それから、今日はこのフォルミネーが貴女の護衛に付きます。何かあればフォルミネーから私に連絡が入りますから」
「ルヴェール様、そこまでするのですか?」
「そこまでする相手なのです。この前の一連の出来事だって、きっとあの人ならなんとかできたはずなのに、何もしなかったのだから・・・あの人はそういう人です」
ため息交じりのルヴェールの口調にはどこか怒気が含まれており、ただならぬ因縁があることが感じられたが、フォルミネーとアルフィリースは思わず顔を見合わせて、どうしたものかと困った顔をしていたのである。
続く
次回投稿は、8/5(土)22:00です。