戦争と平和、その20~女勇者の苦悩③~
シュテルヴェーゼはその場の空気を察すると、その場の全員に語りかけた。
「そう驚くでない。妾とて生き物よ、たまに地上の空気を吸いたくもなる」
「シュテルヴェーゼ様、この者は――」
「知っておる。妾を誰と心得る?」
シュテルヴェーゼはミリアザールを窘めた。千里眼を持つシュテルヴェーゼに見通せないものはないということか。ミリアザールは黙して頭を垂れたが、アルネリアの最高教主のその態度にフォスティナは困惑した。
「ミリアザール殿、この方は?」
「この御方は――」
「未知を探求する勇者よ、今しばしその性を抑えよ。過ぎたる欲は身を滅ぼす。お主自身が気付いておろう? 我が名はシュテルヴェーゼ。それだけ知っておればよい」
シュテルヴェーゼの言葉に感じるところがあったのか、フォスティナは黙りこくってシュテルヴェーゼの調べるに任せた。瞳を見、肌を見、腹に掌を当ててみるだけでシュテルヴェーゼは何かを悟ったようだった。
「なるほど、確かに魔が宿っておるな。しかも相当強力だ。長ずれば大魔王級にまでなるかもしれん」
「ではやはり――」
「結論を急ぐな。力が魔物由来とて、その性まで魔性とは限らん。それはお主がもっとも知っていることだろうに」
「・・・」
的を射た言葉にミリアザールは沈黙せざるを得なかった。
「特殊な事例だ。この大陸の歴史を紐解いても、どのような子どもが生まれるかは予想がつかぬ。成長の仕方によっていかようにもその姿を変えるだろうな。
この手の事例で厄介なのは、うかつに胎児を処分しようとすれば、危機を感じた子どもがどのような反応をするかもわからないということだ。中には急激に成長して、母児共に危険な事態に陥ったこともある。そこのラペンティが言った通りだ」
「ではどうすれば――」
「フォスティナ、お主の身柄は私が預かろう」
シュテルヴェーゼの言葉に、フォスティナは一瞬躊躇い、深々と頭を下げた。フォスティナだからこそ、目の前の存在が一体いかほどの力を持つかもよくわかる。
「よろしくお願いいたします」
「お主のように強く正しい母に育てられれば、子どももまっすぐに育とうというもの。お主の血も半分引くのだからな。猛獣とて、穏やかに育てられれば気性は荒くならぬ。
それにこの子はおそらく、今後の大陸において重要な運命を担う子になる。ミリアザールよ、ミーシャトレスを覚えておるか?」
「あの預言者の」
「そのミーシャトレスがまだ若い頃、妾に予言を残しておってな。『これから先、人間の難産に立ち会われるようなことがあれば、全霊をもって生かすように』だと。そもそも人間の出産に立ち会うことがあるものかと笑い飛ばしたものだが、久しぶりに皮膚が粟立ったわ。
これは生かすべき子だ、わかるな?」
シュテルヴェーゼの言葉に、ミリアザールが頷いた。
「ミーシャトレスの言葉ともなれば。しかし、出産時にどうするべきかの手立てはまだわからぬままでは」
「だが解決のための欠片はここに揃っておるのだろう。でなければミーシャトレスはかようなことはいわんよ。
ミリアザールよ、お主よりも魔術に造詣が深く、人間や医術に知識があり、なおかつ存命となれば、人物は限られよう?」
「ワシより詳しい・・・?」
ミリアザールは考え込んだが、しばらくして得心を得た。
「・・・導師アースガルですか」
「そうだ。かの者ならばあらゆる事象に詳しかろう。探究者としての欲求ならば、五賢者をも凌ぐ。しかも人間だ。我々よりも何らかの手立てを持つとは考えられないか」
「確かに、その可能性はあります。しかしどこにいるのかも、とんと知りません」
「あの導師はターラムにずっといるよ。あそこは人間の出入りが激しいから、人間を観察するにはもってこいだからのぅ。だがその場所は妾とて知らぬ。妾の目を逃れることのできる数少ない相手だからな。
だがその者を探す手段を、このアルフィリースはもっているのではないかな?」
指名されてアルフィリースははっとした。そうか、ルヴェールなら確かに知っているのかも知れない。いや、ルヴェールしか知らないのではないか。アルフィリースが感じた、ターラムにあるルヴェール以外の意志の存在。それが導師アースガルなのだろうと、アルフィリースは今思い至ったのだった。
続く
次回投稿は、8/3(木)22:00です。