戦争と平和、その19~女勇者の苦悩②~
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「・・・無理じゃ」
「なんで?」
ミリアザールはアルフィリース達の深刻な様子を見て即座に応対してくれたものの、返事は芳しくないものであった。だがミリアザールもまた困惑しているのだろう。少なくともアルフィリースが見たこともないほど、困った顔をするミリアザールが目の前にいた。
「大陸最高の癒し手に突き放されたら、どうしろっていうのよ?」
「阿呆、最高の癒し手といっても、それは傷の治療に関しての話じゃろうて。ワシは千切れた腕でも命さえ無事ならつないでみせるが、これはそんな単純な話ではない。これに関しては、さしものワシも門外漢よ」
「じゃあ解決策はないっての?」
「いや、ひょっとしたらワシより詳しい者はおるかもしれん」
「誰よ、それ」
アルフィリースが問い詰めると、ミリアザールは難しい顔をしながらも梔子に問いかけた。
「あまり気は進まんのじゃが・・・今日ラペンティはおるか?」
「今日は出仕しているはずです。確か外部に出ている巡礼からの報告を受けるとか。呼んでまいりますか?」
「うむ、至急来いと告げよ。内密にな」
「かしこまりました」
梔子が部屋を出ると、まもなくラペンティを伴って戻ってきた。ラペンティは老いてはいるが、しっかりとした足取りと上品なたたずまいをもって、部屋に入ると丁寧に礼をした。その所作を見るに、こちらが聖女だと言われても何ら問題はなさそうなほどだ。
実際、アルフィリースの見立て通りラペンティがミリアザールの代理として赴くこともかつては多々あったことだ。
「ラペンティ、お呼びによりまかりこしてございます」
「多忙な中呼びつけてすまんな、お主の知恵を借りたい」
「なんなりと」
ラペンティはアルフィリースたちの方をちらりと見ただけだが、まるでもう事情を察しているかのような鋭い眼光だった。アルフィリースがラペンティをしっかりと見るのはこれが初めてだったが、話に聞く通りミリアザールやミランダが警戒するというのがわかるような気がした。
「ミリアザール様、もしかして用事というのは、この魔を宿した女性のことでしょうか?」
「さすがに察しがよいな」
「私がミリアザール様よりも知識が勝るとしたらそのくらいでありましょう。一時期、ゴブリンやオークなどに連れ去られた女性の復帰支援をしていましたからね」
「ならば相談じゃが――」
ミリアザールが事情を話すと、ラペンティもまた厳しい表情になった。
「――なるほど」
「どうじゃ、良い知恵は借りられそうか?」
ラペンティはフォスティナの方に向かい合うと、真剣な眼差しを向けた。
「フォスティナ殿。初めてお会いしましたが、貴女を高名なその名にふさわしき女性としてお話いたします。心してお聞きなさい」
「なんなりと」
フォスティナもまた真っすぐとラペンティと向かい合ったが、不安の色は隠せない。
「貴女は非常に危険な状態です。子どもを産むにしろ堕胎するにしろ、どちらにしても危険が付き纏います」
「それはどういうことですか?」
「まず産む場合。成長に伴って子供の様子はわかるでしょうが、相手が人型の因子だけを持つならよいのです。出産自体は難産でも、母子ともに無事の可能性があります。ですが魔王が人型以外――例えば魚や鳥、果ては虫などの因子がある場合、出産は非常に危険となります。虫の出産には母体を食い破って出てくるような場合がありますからね。同様の状況がありえないとは言えません」
「ラペンティ、お主な――」
ミリアザールが窘めかけたが、既にフォスティナは顔色を失くしていた。だが気丈にも話を断ち切る様な真似はしなかった。
「あるいは堕胎する場合。これも相手が魔王級の強力な個体となると非常に危険です。今は幼体でも、自らの危険を察知すると急激に成長する場合があります。
私は今までの経歴で、魔王と呼ばれる個体に身ごもらされた女性を10人ほど扱ったことがあります。6人は既に出産の月齢でありましたが、出産中、あるいは出産後に全員死亡。残りは堕胎を試みましたが、3人は途中にやはり死亡。残る一人は無事堕胎しましたが――」
「・・・どうなったのです?」
「発狂しました。ゆえに無事な女性は一人もおりません」
ラペンティの言葉にフォスティナが力なく椅子に身を預けた。だがフォスティナだけでなく、その場にいた全員が頭を抱える事態となった。
ただ一人、ラペンティだけが言葉を続けた。
「ですが私はやはり堕胎を勧めます。母体は発狂しましたが、それはただの女性だったがゆえ。肉体も精神も遥かに強靭なフォスティナ殿ならば耐えきる可能性はあるかと」
「希望的観測で命を懸けろと申すか? 急激な成長を起こすとしたら、我々も危険な可能性もある。魔王となった勇者と、現役の勇者の子供じゃぞ? どれほど強力な個体になると思う?」
「ですが他に方法はありません。時を置くほどに事態は困難となりましょう」
「だがしかし――」
「なんぞ揉めておるな」
ラペンティの意見にミリアザールが反論しようとした時、その場に現れたのはなんとシュテルヴェーゼだった。深緑宮の地下深くに籠り、現世に極力干渉するのを避けるためミリアザールとすら滅多に会おうとしないこともある古竜が、姿を現したのである。これには誰もが驚いて突然の来訪者を見つめるのみだった。
続く
次回投稿は8/1(火)22:00です。