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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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魔王の工房、その3~殺気~

 だがその空気を破ったのは、意外な事にアノーマリーである。工房の責任者として、一応彼にも自覚があった。


「まあここに入ったら最後、生きて出ることはあり得ないよ。番人だけで何とかなると思うけど、一応ボクに迎撃させようか」


 アノーマリーが指笛を鳴らす。すると隣の部屋につながる扉から、もう一人アノーマリーが姿を現した。


「呼んだかい、ボク?」

「ああ、呼んだよ。ボク」

「ややこしいわね。どちらが本物なの?」


 ブラディマリアが呆れたように漏らした。背格好、声、思考――全てが同じ個体が話しあっているのだ。見分けがつくはずがない、少なくともブラディマリアにはそう見えた。だがティタニアの感想は違った。


「今まで私達が会話をしていたのが本体です。外見はともかくとして、魔力の充実具合が違いますから」

「え、そうなのん? アタシ、細かいことわかんな~い!」

「あなたは大雑把過ぎるのですよ、ブラディマリア」


 ティタニアが優しく、まるで妹でも見つめるかのようにふわりと微笑む。外見年齢上はそうだが、実際はどうか。


「だってぇ、海を前にして水たまりの大きさの比較をするなんて、無駄な比較でしょう?」

「それはそうですが」


 要は自分と比較をするだけ無駄だと言っているのだ。だが、あながち間違いでもないとティタニアは思う。


「でもでもそれに~、アタシの仕事はもっと広範囲破壊型だし~? 国をぺしゃんこにしなさいっていうのは簡単だけど、誰か一人を探して殺せって言うのはね~。面倒くさくて苛々しちゃう、キャッ☆」

「その手の仕事は私の担当ですよ。私は元来一対一が得意ですから」

「よく言うわよ~。魔王100体切りを大戦期にやらかしたのは、どこのどなた?」


 ブラディマリアがティタニアの方を見て不敵に微笑む。一瞬不意をつかれたように驚いたティタニアだが、自嘲気味に薄く笑った。


「これは・・・一本取られましたね。まさかご存知だったとは」

「まああの魔王達の中にはアタシに縁がある者もいてね~。そういう点では、ライフレスやミリアザールと同じく、いずれ貴女も処分対象だわ♪」

「できれば貴女とはやりたくありませんが・・・」


 少し悲しそうな顔をティタニアがする。その顔を不思議そうに見つめるブラディマリア。


「どうして~?」

「それは・・・貴女相手だと、全力で殺しに行かなければいけませんから」


 突然、無風のはずの部屋の中の空気が震える。ティタニアの長く黒い髪がたなびき、呆けていたブラディマリアも凄まじいスピードで彼女から離れ、警戒態勢を取る。何やら相談していたアノーマリー2体も、思わずびくりと体をすくめた。


「私は言われるがままに自らを研いできました。結果として得た力で、無自覚に死んでしまう者がいる。私は人間も魔物も含めて、この世が愛しいのですが。できれば被害を広げたくない。それはわかっていただけますか?」


 静かに、だが深く殷々と響くティタニアと呼ばれる女性の声。その周囲には魔力が満ちているわけではないのだが、まるで風が発生してるかのように、カタカタと机や実験用の瓶が揺れる。まるで彼女の傍にいることを無機物までが拒否するかのように、次々とひびが入り、割れ、形を崩していく。

 その様子を横目で見ながら舌打ちするブラディマリア。


「やるではないか。人によって殺気の色は様々じゃが、無色透明の殺気は初めて見たぞよ。殺気だけで無機物に効果を及ぼすとは、そちは本当に人間か?」

「私は人間ですよ、貴女とは違ってね。それより口調が元に戻りかけていますよ、ブラディマリア」

「そちこそ。本性を出したのう、ティタニア」


 ティタニアがくすりと笑う。


「あまり名を呼ばれたくはありませんね。私の場合、あまりにも有名なので」

「よいではないか。どうせそちの正体を知って生きておる人間なぞ、おらぬのじゃろう?」

「まあそうですが。でも名前というのは、効果的な使い方があるのですよ」


 ティタニアが殺気を放ちながら不敵に笑う。対峙するブラディマリアの顔には、余裕の色は覗えない。狭い空間ではブラディマリアの能力は存分に振るえない可能性がある。


「ふむ。で、やるか?」

「そうですね・・・」

「ちょ、ちょ、ちょっと! 僕の工房を壊さないでくれる!?」


 わたわたとアノーマリーが2人の仲裁に入る。こんなところで2人が全力で暴れたら、アノーマリーの工房などひとたまりもないだろう。それは2人も重々承知なので、やむなく互いに矛を収めた。


「わかってるわよ~、アノーマリー。冗談よ♪」

「すみません。どうも強い方が隣にいると、血が騒いで」

「ハラハラさせないでくれよ。それよりやることがあるだろ?」


 アノーマリーが、ティタニアとブラディマリアを見比べながらたしなめる。


「ティタニアはサイレンスがここに戻って来るまで待機。その後仕事があるんでしょ? ブラディマリアは疲れているところ悪いんだけどさ、師匠の所に戻ってくれないか。ライフレスをどうするのか、指示を仰いでほしい」

「え~、めんどくさーい」


 ぶーぶーと不平を言うブラディマリア。だがアノーマリーも一歩も譲らない。


「ダメ。今回は譲りません」

「え~。後でククスのケーキをおごってくれるならいいわよ。あ、もちろん芸術の都ファンダメントの菓子屋、『グレーテル』じゃないとだめなんだからね!」

「うっ、あんな高価な物をどうして知ってるんだ。今は手持ちのお金が・・・」


 アノーマリーが財布の中身を確認する。だが残念ながらすっからかんな様で、ひっくり返してもごみしか出てこない。もう一人のアノーマリーも当然のごとくそれは同様で、肩をすくめるのみだった。


「お給料が出てからでもいいかな?」

「何よ~、全く甲斐性無しね。魔王製造のための予算があるでしょ?」

「活動資金を使い込めっていうの!?」

「馬鹿ね、ちょっと借りるって言うのよ」

「皆そうやって堕落していくんだよ。借金のカタにターラムの奴隷市場に売られたらどうするさ?」

「たしかに買い手あつかなそうだけど、それが何か?」


 アノーマリーとブラディマリアが、うー、と睨みあう。そんな子どもの様な不毛な争いを見てげんなりしたのか、ティタニアがため息をつきながら自分の巾着からお金を出してきた。


「アノーマリー、貸しですよ?」

「おお、さすがティタニア。話せるね」

「こいつ、ダメ男の典型だわ・・・」


 女性二人に呆れられるアノーマリーだが、彼としては自分の手持ちの金まで使って魔王制作に取り組んでいるのである。非難されるいわれはないだろう。だが熱心と言えば聞こえはいいが、超がつくほど一流の頭脳を持ちながら生活観念が全くないのもアノーマリーという人物であった。研究に没頭する余り、飢餓で倒れたこともある。


「でもノびてるドゥームと、爆睡中のドラグレオはどうするの?」


 ブラディマリアが床に放置されたドゥームを、足蹴にしながら問いかける。


「できれば連れ帰ってくれるとありがたい。最悪、ここは放棄するからね」

「しょうがないわね~全く手間のかかる坊や達だこと。じゃあまたねん、お二人さん♪ あ、今度会うときは、きっちりケーキを持参するのよ、アノーマリー?」

「わかったよ」

「ならよろしい☆」


 それだけ言うと、ドゥームの足を掴んで引きずりながら部屋を出ていくブラディマリア。彼女が完全にいなくなると、アノーマリーが何か言いたげな様子であることにティタニアが気づく。


「どうしましたか、アノーマリー?」

「いや、『坊や達』ってさ・・・ババ臭いなって」

「・・・今度言っておきましょう」


 ティタニアが少し意地悪そうにアノーマリーを見た。


「口は災いの元だよ、ボク」

「でも君も同じことを思っただろう、ボク?」


 アノーマリーがアノーマリーに茶々を入れる。


「でも、そろそろ真面目に仕事をしないか。侵入者はどうするんだ?」

「心配ない。この工房はボクの体内も同じさ。逃げられるはずがない」

「私の仕事は?」


 ティタニアが壁にもたれかかりながら問いかける。


「とりあえずはティタニアに出てもらうほどの事はないよ。とりあえず、上の連中に対処させるさ」

「それならいいのですが。油断だけはしないように」


 ティタニアの警告に、へらへらと答えるアノーマリー。


「まあそうなんだけどね。最近ずっと仕事ばっかりだったんだ。ちょっとぐらい羽目をはずしてもいいだろ?」

「・・・その余裕が裏目にでなければいいですが」


 ティタニアは黒い髪を揺らしながらため息をつく。だがアノーマリーは、そんなことなどありえないといった顔だ。


「ドゥームのお馬鹿ならやるかもしれないけどね、ボクにそんなミスはないよ。仕事も遊びも全力なのがボクの信条でね。今回は特に君もいることだし」

「そう言うのならば、お手並み拝見といきましょうか」


 それだけ言うと、ティタニアは壁にもたれかかって目を閉じた。そしてアノーマリー達は互いに顔を見合わせると、企み深い顔でその場を後にしたのだった。



続く


次回投稿は3/8(火)13:00です。

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