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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その17~小女王とアルフィリース⑤~


「なるほど。とても勢いのある国だけど、内政を含めて細かいところにまではまだ手が行き届いていないのね。いくら何でも警備が緩すぎるし、象徴たる王城まで修復ができていない。これなら私と20人も手勢があれば城が制圧できるわ」

「ほとんど誰とも会わなかったな。私たちを見た小姓など、礼をする始末だった」

「レイファン小女王の苦労が透けて見えるようね。でも逆にこれだけの人材であれだけ対外的に評判が上がるとすれば、小女王の素質に期待できるというもの。仲良くしておいて損はなさそうだわ」

「それはそうだが、ラインのことを使って交渉を有利にするんじゃなかったのか? 少女だからと手加減したのか?」


 ラキアの言葉にアルフィリースは首を振った。


「そういうわけじゃないわ。そのつもりだったけど・・・彼女の器を見て、そんな姑息な手段を取りたくないと思ったのよ。できれば彼女とは芯から信用し合える仲でいたい。そんな心境よ」

「そうか。確かに真竜の私が見ても、稀有な人間であるのはわかったよ。良い関係を築けるといいな」

「ええ、本当に」


 アルフィリースとラキアがそんな感想をつぶやいている一方、レイファンとノラは大きく息を吐き出していた。椅子からやや崩れるように息を吐き出す様は淑女にはあるまじき行動だったかもしれないが、今回はノラも咎めることはなかった。

 ノラ自身もその場にしゃがみこんでいたし、そもそも彼女は作法がどうだというのはそれほど好きではない。役目上仕方なく、それらしく振る舞っているだけである。暗殺者兼、娼婦でもあるノラは本来このような振る舞いが素だが、自分が原因でレイファンの品位を落としたくないと必死でこらえているのだった。

 レイファンが疲労の色が濃い声でノラに話しかけた。


「・・・はぁ~、疲れたわね」

「ふぅう~・・・レイファン、この展開は予測していたの?」

「口調が元に戻っているわ、ノラ。でも正直に言えば、まさか? というところよ。アルネリアの情報網を考えれば、依頼を出してクルムスの国の現状を把握して、年明け早々に面会に来るだろうとは思っていたわ。でもまさか年明け初日、しかも夜明け前に不意打ちで訪問に来るとは予想していなかったわ。

 これが逆にあと数日ずれて暗殺の警戒を解いた状態だったら、こんなに上手く振る舞えなかったと思うの。運がよかったかしらね」

「運が良いのも才能の内だと思うわ。でも、私もうっかり殺すつもりで襲い掛かるところだった。もし手を出していれば、返り討ちにあっていたわ」

「腕は立つ?」


 レイファンの質問にノラは手をあげて降参の意を示した。


「そりゃあもう、やりあうまでもなくクルムスには彼女に勝てるような兵士はいないでしょうね。しかしテラスから音もなく出現するとはいったい。一応地上には見張りがいたのですけど、あの背後にいた者。人間ではなさそうでしたが何か関係があったのかしら」

「幻身した竜よ。下手をすると、あの威圧感は相当上位の竜か、あるいは真竜だったのかも」

「真竜? まさか、真竜が人に仕えるとは」

「仕えているのではなく、面白がって傍にいるだけかもしれないし、対等な契約もしくはアルフィリースが何か代償を差し出している可能性もあるわ。

 それにしても、こんな方法で来るとは考えもしなかった。冷静に対処できてよかったわ」


 まさかレイファンも借金のかたに、真竜がアルフィリースに使役されているとは夢にも思わかなった。

 レイファンはぼんやりと天井を見上げながらつぶやいた。


「・・・ねぇ、ノラ。あの人は元気にやっているのかしら?」

「ラインのことですか?」

「他に誰かいて?」


 レイファンの表情を見て、ノラはため息をついた。レイファンの気持ちは痛いほどわかるが、同時にレイファンの傍で力を尽くす宰相閣下が憐れでもある。


「たまにはラスティ宰相閣下のことも心配してあげたらどうです。お世辞にも傑物ではないかもしれませんが、あれほどの忠義を尽くす部下は今のところいませんよ?」

「理由を私に言わせないで。私にそんな資格もないことも、そんな場合でもないことはわかっているのよ。でもノラ、あなたにだけは責めてほしくないわ」

「・・・直接ラインとやりとりをしているのは私ですよ? 小王女には包み隠さずお話していますが」


 ノラにすがるようなレイファンの眼差しに、ノラは危機感を覚えた。所詮は少女の恋だと思っていたが、レイファンは本気だ。こんな得体のしれない暗殺者兼娼婦の自分に縋りかねないくらいに。

 ノラの言葉に偽りはない。ラインとはその後も連絡を取り合っているし、やりとりは全て包み隠さず報告している。だがこのままでよいのだろうかと考える。もしレイファンが我を忘れてラインの元に走ったら――あるいは権力を行使してラインを自分の元に呼び寄せようとしたら。おそらくは多くの者と、下手をすれば国家を動かす事態になりかねない。

 ノラは戸惑いながらもレイファンの肩をそっと抱き寄せ、自分の胸を貸してやった。


「お気持ちは誰より、私がよくわかっております。貴女と共に苦労を分かち合ったのは誰だとお思いですか? 貴女がただの貴族の小娘であったなら、私はとうに暇をもらって旅にでも出ているでしょう。私はもはや貴女の忠実な部下です。

 とりあえずは仮眠をとることをお勧めします。今日最初の謁見は昼過ぎを予定していますから、お休みになる時間は充分にあるでしょう。疲れた頭では、物事は良い方向に働きませんよ? それが国政であれ、個人の関係であれ、です」

「でも」

「突然の訪問でもし、ラインが来ていたらどうするおつもりでしたか? それともひどい顔をしたままお会いになりますか? せっかく中原でも一、二を争う美姫になるとの評判までいただいていますのに」

「・・・そうね。確かに疲れているわ。ごめんなさい、我儘を言って」


 レイファンはドレスを脱ぐと、再度ベッドに向かった。普通の姫はドレスを脱ぐにも人の手を借りるが、レイファンは身の回りの世話はなんでも自分でやろうとする。このあたりが好ましくもあり、悩みを抱える性格だともノラは思う。些事はもっと自分たちや、ラスティに任せてくれてもよいのに。

 ベッドに入ったレイファンは早速まどろみ始めたが、そんな中でもノラに質問をしてくる。


「そういえばノラ、今日最初の謁見は?」

「新年にて、平民より特別な祝賀や良い報告がある者のみを選んでいます。まずはいつぞやの羊飼いが、以前の10倍の羊を献上したいと申してまいりましたので、面会を許可いたしました」

「羊飼い――ああ、いつか道を譲った」


 レイファンは魔物討伐の時に道を譲った羊飼いを思い出した。同時に、アルネリアの騎士であったジェイクを思い出す。次の会議では彼にも会うかもしれない。

 ノラはレイファンの言葉に頷いた。


「はい。レイファン様のまつりごとにおきまして、良い噂となりましょう」

「対価よりも多めの報酬を渡しなさい。羊飼いともなればクルムス国内を広く活動する可能性もありますから、精一杯良い噂を流してもらいましょう」

「はい、もちろです。それにどうやらそれなりに目端もききそうなので、間諜の一人として取り込むつもりです。よろしいでしょうか?」

「任せます――他には?」

「小女王が組織を計画していた親衛隊の訓練が終了しました。表向きの親衛隊は仰せの通り、装備一式を銀で統一しました。その数、およそ300名。

 また裏の親衛隊は小王女の命令には絶対服従で、死を厭わない人員のみで構成しています。初期人数としては20名。目標の100名にはまだ届きませんが、まずは稼働させたいかと」

「表の親衛隊は『銀騎士隊ノグル・シュバリエ』、裏の親衛隊は『蒼き死神ブルーウィン』と名付けるわ。蒼き死神20名には明日公務終了後、私邸にて秘密裏に閲兵式を行います。名誉が形として残らないからこそ、せめて銀騎士隊のお披露目よりも先に行ってあげたいわ」

「彼らには十分な補償を与えますが、それは喜ぶでしょう」

「明日――いえ、今日ね。また忙しそうだわ、少し休みます。貴女も休憩を取るように」

「はい、おやすみなさいませ。レイファン様」


 返事を聞き終わらないうちにレイファンの静かな寝息が聞こえてきた。誰にも弱音は吐かないが、相当に疲労していることは間違いない。国の重責をほとんど一人で背負っているのだ。

 ラスティは優秀だが、身分からも大抜擢のため、重臣との折衝でまだ苦労する場面が多く、レイファンを支えるほど余裕がない。こういう時こそラインのような人物がいればと思うノラだが、自分のことも含めて本当に罪作りな男だとノラはため息をつくのだった。



続く

次回投稿は、7/28(金)22:00です。

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