戦争と平和、その16~小女王とアルフィリース④~
「さすが、貴女を選んだ私の目に狂いはなかった。私は次の会議でアルネリアから会議の主導権を奪うつもりでいます。どうも私はアルネリアを信用できない」
「・・・私はなんて言えばいいのかしら?」
「アルフィリース、貴女がアノルン大司教と懇意であることは知っています。ですが、これはアノルン大司教や最高教主ミリアザールがどうのという話ではなく、アルネリアという組織自体が信用ならないのです。
私はクルムス内戦の折、アルネリアに助力を乞いました。ですが、最後までアルネリアが動くことはなかった。これはアルネリア内部が一枚岩ではないことを示しています。そして、おそらくは最高教主ですらその内部の反対勢力を把握しているわけではない。いえ、下手をすると黒の魔術士とつながっている可能性すらある。
今度の議題は黒の魔術士についてでしょうが、そのような組織に大陸の命運を任せてはおけません。よって、実力でも会議の主導権を奪うつもりでいます。何か反対意見や不満があれば、今のうちに言ってください。不満を抱えたまま働いてほしくはありません」
「・・・いえ、私自身も懸念していたことよ。それにアルネリアの独壇場になるようでは、どのみち諸侯と連携を組んだとしても、先が知れているわ。黒の魔術士と戦うことすらおぼつかず、瓦解する可能性が高い。
ただ実際に主導権を奪えるかどうかは、あなたの為政者としての才覚だと思うけど」
アルフィリースのやや挑発的ともとれる言動にも、余裕の微笑みで返すレイファン。
「それはもちろん、同様の意見で何よりです。そして貴女を雇う最後の理由を挙げておくと、貴女の副長ラインのことです」
「ラインの?」
アルフィリースは自分が切り出す前にその名前を出されたので、どきりとした。まさかレイファンが自らその名を出すとは思っていなかったのだ。
だがレイファンは少し昔を懐かしむように、そして少しわがことのように得意気に話すのだ。
「貴女だから包み隠さず話しますが、内線終結の折に、私はかの傭兵にとても世話になりました。正直私が現在の立場にあるのも、彼の助力によるところが大きいでしょう。それほどの力を持った彼が主と定めた女傭兵、興味が湧かないわけがありません。今回のことがなくても、どこかでお会いしたいとは思っていました」
「・・・恐縮だわ」
「現在の勢い、そして傭兵でありながら諜報戦を重視するその姿勢。いずれも今回の会議に欠かせないものと考えています。どうかよろしくお願いいたしますわ」
そう言ってレイファンが手を差し出したが、アルフィリースは冷静に紅茶を飲みながらその握手には応じようとしなかった。
「悪いのだけど小女王、肝心の報酬の話をいただいていないわ。貴女の手をとるかどうかは、それを聞いてからよ」
「ふむ、それもそうですね。慎重で何よりですが、何かご希望のものはおありですか?」
「小女王が提示してくださいな。私が何を求めているのか。私を傭兵ではなく参謀と呼ぶのなら、貴女が頼りになると知っておきたい。このくらいの意地悪は許してもらえるでしょう?」
アルフィリースがゆったりと構えたのに対し、レイファンは唇に指をあてると少し考えた。年に似合わず妙に艶めかしい仕草が、少女が大人になりかけていることを示す。自分と同じ年になる頃にはどのくらいの美女になるのだろうかと、同性のアルフィリースですら楽しみに思えてしまう。
レイファンは優雅な態度を崩さぬまま、アルフィリースの質問に答えた。
「そうですね――土地、というのはいかがかしら?」
「土地。傭兵団の支部でも置かせていただけるのかしら?」
「いえいえ、そんなケチなものではなく。国民を渡すわけにはいきませんが、現在開墾中の穀倉地帯を100ダナほどいかがでしょうか」
「100ダナ!?」
1ダナがおよそ500人を養う程度の食物を栽培できる土地の広さである。100ダナともなると、ちょっとした領主が持つ土地の規模である。それを傭兵に割譲するというのだ。報酬としては破格扱いに違いない。
レイファンは続けた。
「もちろん租税はむこう10年はなしです。その後も他の土地よりも税を安くすることを約束しましょう。そして国の決めた関税とは別に自由に関税を設定し、他国との交渉を許可する。いかがです?」
「なるほど、それは魅力的な申し出だわ。さしずめ、自由経済区とでも呼ぶのかしらね? そちらとしては私を囲うことで、他国への抑制になるといったところかしら?」
「どう受け取っていただいても結構ですわ。ただアルネリアの影響を逃れたいと考えている貴女には、十分に保険となり得る話のはず」
「確かに。この依頼、受けたわ」
「それは何より」
レイファンとアルフィリースは固く握手をすると、初めて二人で笑顔を見せあった。後ろにそれぞれ控えるノラとラキアが胸をなでおろしたのは、ようやく緊張が溶けた証だった。
そしてアルフィリースはこれらの契約を書面にしてもらいサインすると、夜が明けた城から出ていこうとする。
「帰る時は正面から帰らせていただくわ」
「もちろん構いません。それで一つ帰る前に伺いたいことがあるのですが・・・ライン殿はご健勝ですか?」
「もちろん。彼は良く働いてくれているわ。時に無神経な一言と、身だしなみさえ気を付けてくれれば言うことなしかしらね」
アルフィリースの言葉にレイファンの瞳がわずかに揺れたのを、アルフィリースは見逃さなかった。
「そう、ですか。レイファンが重ねて礼を言っていたとお伝えください。機会があればお会い出来るのを楽しみにしておりますとも」
「ええ、伝えるわ。では契約の正式な文書はまたお待ちしているわ。春になったらまた会いましょう」
アルフィリースはそれを最後にレイファンの部屋から出ていった。部屋を出る時に護衛がぎょっとした顔をしたが、アルフィリースは笑顔で彼らをやり過ごし、何事もなかったのように歩いて行く。明け方でもあるせいか城は静かで、アルフィリースはほとんど誰にも咎められることなく、城の出口についてしまった。
陽の光を受けた城を振り返ると、部分的には城壁が欠けていたり、あるいは細工や塗装が剥げていたりする細かな損傷が目につく。そんな王城を見ながらアルフィリースはつぶやいた。
続く
次回投稿は、7/26(水)22:00です。