戦争と平和、その15~小女王とアルフィリース③~
アルフィリースとて無策で乗り込んできたわけではない。気を取り直すと、アルフィリースはレイファンに向き直った。
「依頼の内容を当てて見せろと? 随分と難題を出すのですね」
「依頼が護衛であることには違いないわ。だけど、何から私を護るのか。想像ができるのなら、貴女の口から聞いてみたいの」
「それは、大陸平和会議で何を提案するかによるでしょう」
「なるほど。ではその何か、とは?」
テーブルに肘をつき、アルフィリースを見上げる少女に対し、アルフィリースは自分がレイファンの立場だったらどう考えるかと想像する。
クルムスは四方に戦争を仕掛けた挙句、首謀者は自害、ということになっている。他国への賠償により低下した国力、落ちた士気を戻しながら、腐った保守派の貴族を一掃。グルーザルドを味方につけ、他国と折衝を繰り返し、この短期間で前にもまして国力をつけていると評判のクルムス。だがその内情は戦力、備蓄、経済的にも整ってはいまい。
そんな国の王女に祭り上げられたとして、自分ならどうするかと考えてみた。
「・・・そうね、まずは国際社会での信用を取り戻す。クルムスは四方に戦争を仕掛けたことで、非難されやすい立場にある。その信頼を取り戻すことに集中するわ」
「たとえば?」
「一つには産業。クルムスの特産品は農業、放牧、織物。これらを不足している国と直接交渉し、有利な貿易協定を結ぶことで相手の信頼の回復をはかる」
「なるほど、下手に出ると」
「懐柔策としては。だけど懐柔だけではだめでしょうねから、強硬な策も必要になると思うわ。それがあるからこそ、私を呼んだと思うのだけど」
「――」
アルフィリースの答え方に、レイファンは笑顔のまましばらく黙っていた。アルフィリースにはもちろん考えがあったが、それを自ら口にするのは憚られた。しばし間を置いてアルフィリースの意図を読み取ったのか、レイファンは手に持ったカップを置くとちらりとノラの方を見た。
「――大丈夫です、間諜の類はいないと思います」
「いいでしょう、まず正解です。では私の考えと正式な依頼を述べましょう。聞いた後で断ることは不可能です。それでもよろしいですか?」
「断ったら?」
「貴女の周囲に不幸な出来事が、何件か起こるでしょうね」
「ふん、私ではなく周囲と来たか。なるほど、脅し文句としては効果的ね。だけど心配ないわ。私もこんな不躾な手段でここまで来た以上、腹はくくっているつもりよ」
「ならば述べさせていただきましょう。私が貴女を雇うのは、単に護衛にあらず。今度の大陸平和会議――和平とは名ばかりのテーブルの上の戦いになるでしょうが、その場での参謀として貴女を雇い入れたいのです」
レイファンの依頼はアルフィリースの想像よりもやや上をいっていた。知恵を貸す、くらいは考えていたが、知恵袋そのものになれと言われるとは思わなかった。
アルフィリースは注意深く質問した。
「参謀? これはまた買いかぶられたものね。傭兵に参謀を頼む王女がいるなんて」
「ご謙遜はおよしになって。理由はいくつかあります。
まず一つに、貴女が女性であることが非常に大きい。護衛も男とあれば、寝所に控えさせるわけにはいかない。私の信頼できる部下にはこのノラのように腕利きの女性もいますが、さほど数がいるわけではない。女性が多数在籍する貴女の傭兵団がついてくれれば、非常に大きな利点となります。
いえ、もしミューゼ殿下の陣営にも護衛を配置するのなら、自動的に私はミューゼ殿下の陣営とも連携が取れることになる。これが傭兵である貴女を護衛として雇う一つの理由」
「――続けて」
アルフィリースが考えていた策を見透かすかのように、ぎらりとレイファンの瞳が光る。
「二つ目に、次の大陸平和会議では多数の婚儀が私に申し込まれることでしょう。もちろん大半が政略結婚でしょうが、クルムスの事情を鑑みれば受けるのが得策だと考えられる提案が多数申し込まれる可能性は高い。
ですが私は現時点でどれだけ魅力的であろうと、結婚の申し出を受ける気は全くありません。今の国力ではいざという時にクルムスが自立できませんし、大国の道具になるつもりもありませんから。ちなみに婚儀を申し込まれた場合、どうやって断るかご存じで?」
「いいえ」
「相手が決闘を申し込むくらい、無礼な振る舞いをすればよろしいのですわ。そうですね、淹れたての紅茶を顔面にぶっかけて、『おとといきやがれ、この○チン野郎』くらい言えば、十分でしょう」
レイファンが笑顔のままとんでもなく下品な決め台詞を吐いたので、アルフィリースは思わず紅茶を吹き出してしまった。後ろではノラが頭を抱えている。
「レイファン様、あれほど下品な言葉は使われませんようにと言ったのに」
「貴女が教えてくれた言葉ですよ、ノラ? まあ先ほどの言葉は半ば冗談として、話が平行線となった場合、互いの護衛を出して決闘で物事を決める、というのは古来より貴族の中では一つのしきたりとして存在します。おあつらえ向きに統一武術大会もありますし、貴女自身にも出場いただいて勝ち上がっていただければ、自然と無理難題を言う相手は減るでしょう」
「む、むぅ。そんなものなのね」
「貴族の世界も割と野蛮なのですよ。三つ目は情報戦。私も自分の情報網には自信がありますが、さすがに完全ではありません。今度の会議では、強敵は二つ。それらに諜報戦で勝つ必要がありますが、相手がどこか想像つきますか?」
「・・・ローマンズランドではないわね。ローマンズランドはそれほど諜報戦に力を入れているとは思えない。今度の会議ではやり玉にはあげられるだろうし、テーブルの上では大きな敵になるとは思えない。となると、一つはわからないけど、一つはアルネリアね?」
アルフィリースの大胆な提案に、レイファンは微笑んだ。
続く
次回投稿は、7/24(月)22:00です。