戦争と平和、その14~小女王とアルフィリース②~
「・・・不用心な城ね。そこまで魔術士の手を回す余裕がないといえばそうだろうけど、これなら人間でも容易に侵入ができるわね」
「護衛の数は?」
「内部を見通して、かつ体温で感知できるだけで室内に女中が1、外に男の見張りが2人。交代制で、見張りは合計6人と考えられるわ」
「妙に少ないけど、油断してるってことかしら? まぁいいわ」
アルフィリースは釈然としないながらも、予定通り強引な手段に出ることとした。ラキアを突っ込ませ、強引にテラスに着陸。人間に幻身したラキアと共に、レイファンの寝所に押し入ったのである。
「突然の訪問、お邪魔いたします――」
「動くな」
が、その瞬間にアルフィリースの喉元には刃が突きつけられていた。
「(速いわね)」
女中が只者ではないのは押し入る前にわかったことだ。いかがわしい関係でないのなら、ただの女中に寝所内に居させることを小女王が許可するはずがない。ただ意外なのはその腕前が想像以上だったことと、レイファンがさも当然のように身を起こしてこちらを見ていることか。
女中の腕前はルナティカほどではないにしろ、かなり腕が立つのは間違いない。傭兵として登録すれば、まずB級には最低到達するだろう。驚いた様子がないのは肝が据わっているのか、あるいは予想していたのか。
レイファンは手をすっと上げると、女中に武器を引かせた。
「ノラ、下がりなさい。夜分――いえ、明け方とはいえ、寝所に押し入るような真似はあまり賛同しかねますわ、天翔傭兵団のアルフィリース団長」
「私だってばれてたか。まあアノルン大司教を使ってこちらに圧力をかけてきたのだから、これでおあいこってことでよいかしら?」
不遜ともとれる動じないアルフィリースの物言いに対し、レイファンは薄笑いとも小さいため息ともとれる息を吐くと、ベッドからするりと出てきた。何気ないその所作すら優雅。確かにこれは自分とは住む世界の違う、本物の貴族の女性だとアルフィリースは理解した。だがその姿が寝間着ではなく、ほぼ正装に近いのはどういうわけか。
レイファンが床に立つと、音もなく女中が背後に控えた。
「ノラ、上着を。それと隣の部屋を準備して。交渉相手にこの姿と場所では失礼にあたりましょう」
「はい」
「レイファン小女王、一ついいかしら? どうしてあなたは正装のまま寝てらっしゃるのかしら? いえ・・・血の匂いもするわね。もしかして、私たちが一組目の夜間の訪問者ではない?」
アルフィリースの言葉に、レイファンは少し表情を曇らせる。
「確かにこんな格好で寝ていてはくつろぐこともままなりませんが、夜間の訪問者は団長殿で三組目にもなりますと、肌着姿をどこの馬の骨とも知れない輩に見られるわけにもいきませんので。新年には高い確率で私は城に泊まることになります。当然、普段より警備も薄い。刺客が放たれるのは情報がなくともわかっていたことです。むしろ反逆者を一網打尽にするには丁度良い機会かと思い、あえて警備を厚くすることもなく待たせていただきました。
しかし、まさか件の傭兵殿が釣れるとは思っていませんでしたが」
「大した度胸だわ。さすがにグルーザルドのドライアン王に気に入られるだけはあるのね」
「いえいえ、ターラムの支配者を味方につける貴女ほどでは」
「(この子・・・!)」
ターラムの支配者の件は団内の限られた人間と、ミリアザール、ミランダしか知らないことである。それをどうしてレイファンが知っているのか。アルフィリースは先に思わぬ手札を切られ、レイファンの会話に乗せられていることに気付いた。確かにラインの言う通り、儚くとも見えるほど美しく小さな王女は、見たこともないほど切れ者で恐ろしい相手であることを再認識した。
そしてすぐに隣室が準備されたところを見ると、まさかこの訪問すら予見したのではあるまいかとアルフィリースは勘繰ってしまう。対してレイファンは余裕の表情で、ノラに菓子の手筈を指示すると、手づから茶を入れた。ただの箱入りの王女というわけでもなさそうだ。
アルフィリース、レイファンが席に着くと、それぞれの背後にはラキアとノラが控えることになった。背後に立つラキアの緊張が、アルフィリースにも感じ取れる。真竜とはいえ、ラキアにもこの小王女が只者でないことはわかったのだろう。
レイファンはちらりとラキアを見ただけで、静かに紅茶に口をつけていた。
「起き抜けにはやはりダルジアのハーブね、目が覚めるわ。アルフィリース殿も一杯いかが?」
「いただきましょう。ときに小王女、私のことは気軽に呼び捨てで呼んでください。雇い主がそれでは、緊急の命令を下す時に躊躇がでてしまうわ」
「そこまで切羽詰まった状況にしないことが、第一ではないかしら?」
「おっしゃる通りですけど、どれほど準備を万全にしても避けられない危険というものはあると思いますが」
「それはそのとおりね。ところでアルフィリース、私が頼みたい依頼というのはわかっているかしら?」
「は?」
紅茶のカップを両手に持ちながら輝く瞳でアルフィリースを見つめるレイファン。人形のように可愛らしい格好だが、これは自分への挑戦だとアルフィリースは受け取った。
続く
次回投稿は、7/22(土)22:00です。