戦争と平和、その13~小女王とアルフィリース①~
「私の作戦にはあなたが必要だわ。今度の作戦、嫌な思いをさせるかもしれない」
「・・・なんだ、そんなことか。言ってみろ」
思わず心が揺れ動きそうになった自分を必死に隠しながら、ラインは受け答えをしていた。
「クルムスからの依頼を受けたわ。次の大陸平和会議で私が直接、レイファンの護衛をすることになった」
「いいじゃねぇか。あれは頭の良い女だ、将来間違いなく大物になる。今から恩を売っておくのは悪くない」
「・・・貴方を好いているのではないかとの噂を聞いたわ。貴方を餌にして、私に有利な交渉をするかもしれない。いいえ、きっとするわね」
アルフィリースの発言に、ラインはアルフィリースを睨んだ。だがそれで何が変わるわけでもない。ラインは白い息を盛大に吐き出した。
「で? 俺がどう思おうともやるんだろ? なら聞くなよ」
「一応断っておきたかった。残酷なことをしているのはわかっているし、年端もいかない女子にすることではないかもしれない。別にレイファン小女王の信頼が得られないのはいい。だけど貴方の献身と信頼は失いたくないと思ったから、断りを入れたかったの」
「構わんさ、お前はお前が思う通りにすればいい。だがレイファンを子どもだと思って侮るな。クルムスの復興の速度を見れば、あれが為政者として並じゃないのは誰でもわかる。逆に喰われるなよ?」
「私も傭兵としては並ではないつもりだわ。でもありがたく忠告は聞いておくわね」
アルフィリースは立ち上がって訓練用のボトムスについた雪を払うと、屋上を去ろうとする。その姿を見てラインはちょっとがっかりしていた。
「お前よぅ、新年くらいもうちょっと色気のある服装にしたらどうだ?」
「どんちゃん騒ぎで汚したくないし、それに私が着飾ってもね。エメラルドやウィクトリエ、あるいはフェンナを呼んだら? ルナティカも着飾ったら中々のものだし」
「ターラムでのお前の格好、結構評判だったぞ?」
「罰ゲームみたいなものよ。あの時は必要だったからやっただけで、あんな恥ずかしい恰好は二度としたくないわ。ただでさえ体格が大きいって言われるのに、鍛えているものだから見せたくないのよね。鍛えても太くならないエアリアルやウィクトリエが羨ましいわ」
「俺は別に太いとかは思わなかったがな」
「あはは、そりゃどうも。それに今から必要だからこんな格好なのよ」
「割と真面目に言っているんだがな。それに男衆だってお前の格好はよかったって・・・今なんて?」
アルフィリースの素っ気ない返事を否定しようとして、言葉の意味をラインは瞬時に理解した。
「まさか、今からクルムスに行くつもりか?」
「善は急げ。新年ならば他国の謁見もないでしょうから、割り込むには十分。ラキアを駆れば、朝には着くわ」
「なるほど、虚をつくわけか。確かにお前も大した女だ。俺の周りにゃ怖い女がいっぱいだな」
「そこまで怖い女じゃないわよ」
「ならたまには女らしいところでも見せてみろ」
ラインが冗談で言った言葉にアルフィリースはしばし考え込むと、ウィンクと投げキスをして見せた。
「おやすみ、副長」
「・・・ああ、おやすみ」
いつの間にウィンクができるようになったのか。ラインは夜空を仰いだ。
「中々の破壊力じゃねぇか。なんて思っちまうあたり、相当酔ってるな俺は。明日は二日酔い確実だな」
ラインは瓶に残った水を飲みながらアルフィリースの姿を思い出し、新年早々ぼやいていた。
***
いつもそうだが、思い立ったらアルフィリースの行動は早い。新年早々またしてもエアリアルに勝負を挑んで身ぐるみ剥がれそうになっているラキアを引っ張りだすと、さっそくクルムスまで飛んだ。ラキアは勝負が盛り上がっていたのにと文句を言ったが、どうみても負け戦なのでこれでよかったのではないかとアルフィリースは思うのだが、それは言わないでおいた。
そしてあっという間にクルムスの上空である。馬で20日、飛竜でも5日ばかりかかる道程をわずか四半日となく駆けるこのラキアに感謝しながら、夜明け前の空からクルムスの王城を眺めた。王城勤めの兵士の給与を節約するため私邸を持ち、城は政務の場のみとして活用するため毎朝登城すると評判のレイファンだが、仕事が溜まった時や夜遅くなった時は城にそのまま残ることも多い。夜間の帰宅は、まだまだ政情不安のクルムスでは危険だからだ。
新年の宴ともなれば諸侯の祝辞を聞くだけでも一苦労だろうし、おそらくは泊まり込みだろうとは想定していた。そのために、レイファンが使うであろう私室の場所も想定している。アルフィリースはぐるりと上空から低空飛行をしながら城の様子を観察した。さすがに新興国だけあって魔術での防衛網は薄いのか、簡単な人除けの魔術と防音の魔術を張るだけで誰にも気づかれることがなかった。
そしてラキアが透視の魔術を使うと、城の内部がかなり見渡せてしまう。
続く
次回投稿は、7/20(木)7:00です。