戦争と平和、その12~冬の準備⑤~
「団員は浮かれている。そりゃろうだろうな、この傭兵団は大きな依頼もすべて成功し、細かな依頼ですらほとんど失敗をしていない。団員が個人的に受けた依頼は別として、傭兵団が直に割り振った依頼の成功率を知っているか?」
「100回受けて1-2回の失敗程度だったわ」
「そうだ。ほとんどの者が失敗をせず、噂は噂を呼び、勝利を求めて人が集まる。勝ち馬には誰でも乗りたいからな。だから一度こけた時にどうなるかでこの傭兵団の真価が問われる。いかに被害を最小限にするかが問題だ」
「そうかしら? 私は去る者は追わないわ。残りたい者だけ残ればいいと思っている」
さらりと言ってのけたアルフィリースに一瞬ラインは驚いたが、思い直した。
「そうか。お前に地平の果てまで付き添える者だけ残ればいいってことか。その覚悟じゃないと、確かにオーランゼブルと事を構えるなんて無理だわな」
「そこまでの覚悟は求めないけど、おそらくはオーランゼブルの計画に最終的には誰もが無関係ではいられない。この傭兵団で学んだことが、大なり小なり彼らの役に立つといいと思っているわ。だけど最低限の覚悟がないと、いざという時は足手まといだと思っている。だから最後の決戦の場に立つのは、精鋭だけでいいとは思う。
実際にオーランゼブルや黒の魔術士と戦闘になった時、戦える者は100名もいないでしょう」
「そうだな、少数精鋭が一番いい。軍隊なんてのは大きくても兵站の問題で弱くなるだけだ。50万の軍勢を5万で倒した王の話を?」
「知っているわ。戦うこと日に3度、5日に渡る出撃でついに大軍を打ち破った勇猛果敢な王とその軍の話ね。戦が数ではないことのよい例えだわ。でも知っている? その軍、最終的には2万も残っていなくて、生き残った者も重傷ばかり。精鋭を一度の戦で失った王は結局国民からも恨まれ、10年とたたずして内戦で疲弊し、他国に蹂躙されたのよ」
「いや、それは初耳だ」
「勝っても何も残らないようではいけない。勝って、何かを掴まなければ」
アルフィリースの強い視線ははるか遠くを見ているようだった。そうか、この女剣士は成長している最中なのだとラインは理解した。いつか出会った時に、罠にかかってぶら下がっていた小娘は、一人前になりつつあるのだと。
しかし冬の澄んだ夜空と酒の組み合わせというのは、タチが悪いとラインは思った。普段は滅多に酔うほどの呑まないのに、今日ばかりは少々羽目を外しすぎた。そのせいで、目の前のこの女が美しいとさえ思ってしまうのだから。
ラインは欄干を背もたれにしていたが、見上げるアルフィリースの横顔に少々見惚れていたことを認めざるをえなかった。アルフィリースその表情に気付くと、ラインに問いかけた。
「何? 何か顔についてる?」
「いや・・・お前は男の一人でもできねぇのかと思ってな」
「余計なお世話ですー。誰かそんな良い男がいたら紹介してよ」
「俺とかどうだ?」
「冗談きついわ、誰があんたなんかと」
「いや、結構マジかもよ?」
試しに真面目な顔をしてみたラインだが、アルフィリースにはけらけらと笑われた。
「お断りよ。そうね・・・ゼムスさんくらいならいいかしら?」
「いや、お前が相手にされねぇだろ。大陸で最も有名な勇者だぞ? 女なんかとっかえひっかえできるほど集まってくる相手だ」
「そういう真面目な回答はいらないわよ、たとえ話なんだから。もうちょっと面白い話のネタはないの?」
「今日の宴会は驚きの連続だったろ?」
ラインは冗談として済まされたことにやや残念な気持ちを抱きながらも、宴会であった驚きの発表の連続を思い出した。アルフィリースもそれには同意する。
「確かに今日はびっくりしたわ。ニアが酒を飲まないと思ったら、まさか妊娠しているなんて」
「おうおう、その後のカザス大先生の慌てた顔な。それで勢いとはいえ、そのまま婚約を申し込んでニアが受けた瞬間の盛り上がりときたら。まぁ新年のギルドに行くと時に見る光景だが、めでたいものだ。カザスの奴、しこったま飲まされてぶっ潰れていたぜ。奴らの式の日取りが決まったら、さすがに出席せにゃならんだろうな。
しかし盛り上がったのはその後だ。ルナティカにも彼氏ができたらしいぞ?」
「ルナティカに?? 誰!?」
「料理人のラック。前から一緒に厨房に立ったりと仲がいいとは思っていたが、ラックに告白されたから、これも人生を面白くするための一つの修行だと思って付き合っているんだと。まぁありゃあガキの恋愛みたいなもので、ルナティカは男女が交際することのなんとやらもわかっていないだろうから、ラックは苦労するだろうな。男を誘惑する術だけは知っているから、なおタチが悪い。
それよりもルナティカの発言を聞いた後の、リサのあんぐり口が開いた顔が見物だった。リサも初耳だったらしいな。見てなかったのか?」
「席を外していたわ・・・なんて失態なのかしら!」
アルフィリースが欄干に額を打ち付けて悔しがっていた。その後も他愛のない話で盛り上がる2人。団内で最もモテるのは誰だとか、最近は新兵たちも徐々に形になっているだとか。ゲイルがようやく単独で魔獣を狩れるようになってロゼッタに褒められたとか、レイヤーが剣を研ぐ修行に打ち込んで、エルシアがそこにちらちらと顔を出しているだとか。
エルシアは一方で座学の最中はほとんど昼寝していて、よくウィクトリエやラーナに怒られているだとか。相変わらずエメラルドは時間さえあれば歌い歩くから、街の住人たちが聞きほれて仕事にならないだとか。
シーカーもようやく馴染んできたところにエルフが来たもので、住人の動揺がひどいとか。リサがついに一軒家を購入して、明日からジェイクと二人で住むのはさすがに歳が早くないかとアルフィリースが言えば、ラインはただのやっかみだとからかった。
むくれるアルフィリースが、ラインには良い人はいないのかと問いかけた。このあたりがまだまだ子どもなんだなぁと、ラインは思う。少し甘えたような顔でもしてくれれば、間違いの一つも起こせそうな夜なのにと思う。
「いねぇよ。適当に遊ぶ相手にゃ困らんが、恋人なんざ邪魔にしかならん」
「どうして? あなたなら上手くやりそうなのに」
「今の俺の立場じゃ、どうしても金だのその他の目的の女が集まってくる。下手すりゃ他国の間諜の類もいるかもしれん。調べりゃ見分けることはできるが、そいつらに使う時間が惜しい。俺もそんなに暇じゃねぇんだ、誰かさんのせいでな」
「思ったよりも真面目ね。じゃあ暇にしてあげよっか?」
「よせよ、俺の代わりがいるか? 自慢じゃねぇが、俺の代わりなんていないはずだぜ? 言ってみろよ、あなたが必要ですって」
「――貴方が必要だわ」
思ったよりも真剣な表情でそう告げたアルフィリースに、ラインの笑いが止まった。そして一気に酒も醒めた気がする。気が付けば、アルフィリースの酔いもいつの間にか醒めたようである。
アルフィリースは言葉を続けた。
続く
次回投稿は、7/18(火)7:00です。