戦争と平和、その11~冬の準備④~
「オーランゼブルの言葉が気に食わないと言ったわ。ならばシーカーに会うのは必要なことよ」
「なぜ? 奴らは大戦期に魔王の側についていた連中だ。肌の色ごときで非難するつもりはないが、行いは肌の色の如き黒い欲望にまみれていた」
「それ、黒髪の私の前で言う言葉?」
「あ、いやそんなつもりは・・・」
思わず睨んだアルフィリースの凄味に、仰け反るシシューシカ。
「まぁ私の髪色は染料ですけどね。根が深い問題なのはわかるけどね、そんなことを言っている場合ではないわ。少なくとも、今回に関してスコナーはどうか知らないけど、シーカーたちはオーランゼブルの被害者よ。彼らの仲間は囚われ、魔王の素材にされた。エルフではそれほどあからさまにやっていないというだけで、どうして同じでないと言い切れるのかしら?」
「魔王の素材、だと?」
シシューシカにとっては初耳だったのか、端正な顔つきが怒りと屈辱で歪んでいた。その表情を見て、アルフィリースはフェンナと会わせても大丈夫だと確信できた。気難しいが、まっとうに怒ったり悲しんだりできるのなら、きっとフェンナとは気が合うだろう。
「詳しくはフェンナから聞くといいわ。私の想像だとあなたたちは、きっと仲良くなれるから。何にせよ、少し物の見方を変えてほしいのよ。今まで同じやり方じゃあ、きっと私たちは勝てないわ。生き延びるためには、今までにないことをやらないと」
「・・・わかった。そなたの言葉を信じてここまで来たのだ。もう一つ信じてみるとしよう」
「じゃあ案内するわ。エクラ、後でエルフの住む場所を準備しておいて頂戴。おそらく100名分ほどはすぐに必要になるわ」
「わかりました、すぐに手配を」
エクラがぱたぱたと出ていき、アルフィリースとシシューシカもそれに続いた。その後フェンナとシシューシカは無事に体面を果たし、最初は仏頂面をしていたシシューシカも、フェンナが信用できる相手だとわかると徐々に打ち解けていった。
そしてシシューシカに賛同するエルフがイェーガーに合流してくると、それはまたしても噂を呼んだ。エルフの一団を保有するのは傭兵だけでなく、過去どの国にもなかったことである。ゆえに今回ばかりはリサが宣伝をせずともその噂は一挙に広まっていった。だがアルフィリースはエルフを見世物にすることなく、噂が沈静化するまで団員以外は目の届かないところで生活をさせた。元々他種族との交流が乏しい、彼らへの配慮であった。
エルフたちの生活が落ち着くころ、遅めの雪がアルネリアに落ちてきた。エルフがイェーガーに合流するのをよしとしない連中がもっと何かしらの動きを見せるかとアルフィリースは考えていたのだが、アルネリアでの3度目の冬は思いのほか静かに過ぎていった。
***
年が明けたことを告げる鐘が鳴る。
新年を祝う習慣には地域差があるが、イェーガーでは盛大に祝うことにしていた。息抜きもそうだが、平民出身の多い傭兵団では、生まれを数える時に新年で一つ歳をとることにしている場合が多い。月齢など数える習慣はこの時代にはなく、また季節の移り変わりなど気温と空模様、それに季節ごとの催事などでしかほとんどの人間が暦を知らない。アルフィリースもまたそれは例外ではなく、自分の生まれ月を知らない彼女は、年が明けると共に一つ歳をとることにしていた。アルフィリース、20歳の年である。
民間では雪が降り、白の月が欠けて次に満月となる時が慣習的に新年の明けであるとされる。アルネリアでは正確な暦が数えられるため近隣の都市には通知が出されるが、農村部までは行き渡らないこともあった。それも今では大陸の一部だけとなり、よほど孤立している辺境でなければ新年を知らない人間がいなくなったあたり、大陸では文明は普及したといえるのかもしれない。
ともあれ、イェーガーに限らずアルネリア全体で大いに新年は盛り上がっていた。満月の今宵は夜通し騒ぐ者も珍しくはなく、イェーガーも原則今日ばかりは依頼を受けないように通達していた。それでも貧乏性の者はここぞとばかりにギルドで依頼を受けたのだが、多くの者はイェーガーの拠点で思い思いに新年を過ごしていた。
アルフィリースは団長として新年の挨拶を述べ、多くの者と乾杯、返杯を受けながら顔の火照りを醒ますため、本部の屋上に出ていた。満月であれば逢引している者の一組でもいるかと思ったが、どうやらそうではないらしく、伽藍とした寂しい空間が広がるだけだった。
とんだ邪推だと思いなおし、一人になったアルフィリースが背伸びをし大きく息を吸い込むと、冷やりとした空気が肺に満たされた。肺が痛むほどの冷たい空気に、少し軽装に過ぎたかとアルフィリースが身震いすると、後ろからラインが現れた。手には毛皮のコートがある。
「んな格好で外に出たら風邪ひくだろ。ほれ」
「あら、気がきくのね?」
「馬鹿は風邪ひかないらしいから、無駄な気遣いだけどな」
「何それ、ひどい」
薄く笑った笑顔で返したアルフィリースに逆に調子を狂わされたのか、ラインはしばし戸惑ったが懐からさらに瓶とグラスを取り出した。
「酔い覚ましの水だ。飲むか?」
「いただくわ。それにしても気が回りすぎるわね。明日は吹雪かしら?」
「お前の下手な替え歌を聞きたくないだけだ。あれ、団員からとんでもなく不評だぞ?」
「新作を考えてきたのよ? 今度は自信があるわ」
「やめてくれ、リサとエメラルドが発狂する」
「それにはフェンナも必要ね」
「想像しただけで吐きそうだ」
ラインが心底げんなりした顔をしたので、アルフィリースが笑う。ラインは盛り上がる眼下の団員を見ながらつぶやいた。
「お前が傭兵団を作ってから2年か」
「もうそんなに、とも思うし、まだそれだけ、とも思うわね。順調すぎるとは思うけど」
「慎重だな。もう少し浮かれていると思っていた」
「慎重にもなるわ。これが普通の傭兵団ならもうちょっと気楽でしょうけど、黒の魔術士が最終的な相手だもの。多くの団員が知らないことだし、人が増えるほどに背負うものも増えていくわ。それに傭兵団を作ってから修羅場の連続よ? そのほとんど全てに勝っているなんて、できすぎも良いところよ。どこかで負けるべきでしょうけど、どこで負けたらいいのかわからない。そんなところが心配かしらね」
「それがわかっているならいいんだ。勝ちっぱなしなんてありえないからな」
ラインが一気に水を飲み、グラスに水を注ぎなおした。アルフィリースも無言でグラスを差し出し、おかわりを要求する。
ラインは続けた。
続く
次回投稿は、7/16(日)7:00です。