戦争と平和、その10~冬の準備③~
アルフィリースはエルフの拠点の一つの場所を聞くと、ラキアを駆り即座にその場所に飛んだ。詳細は語らなかったが、まもなく一人のエルフを伴ってイェーガーに帰ってきたのである。これにはエクラだけでなく、コーウェンやリサ、マイアも驚きの行動力だった。
「アルフィリース・・・そ、そちらは?」
「見てのとおり、エルフのシシューシカよ。私たちの仲間になるわ」
「これから世話になる。よろしくお願い申し上げる」
帯剣したまま深々とお辞儀をしたシシューシカに、思わずエクラは反射的にお辞儀を返したが、その背後でコーウェンとリサは頭を抱えていた。
「アルフィリース~なんてことを~。エルフを仲間に抱えるということはどういうことか~、わかっていますか~?」
「もちろん。ドワーフ、シーカーとの仲が険悪になるかもね?」
「それだけじゃありませんよ、デカ女。エルフの魔力はシーカーのそれよりも遥かに強いと言われています。ロクサーヌのヘタレこそ魔力はそこそこ程度ですが、本来のエルフは大陸でも有数の高度な魔術士。しかも私でさえびんびんと感じるシシューシカ殿の魔力は、純粋な総量ではこの団内の誰より強いのでは?」
珍しく小刻みに震えながら説明するリサを尻目に、アルフィリースは成っとくとばかりに頷く。
「そうかもねぇ。だって、シシューシカってエルフの中でも最大の氏族長の娘だったよね?」
「そうですね。ただ、最大の氏族長の娘が最高の使い手とは限りませんが」
「そんな人物を味方につけたら~、黒の魔術士だけでなくて~魔術協会やオリュンパスにも目をつけられるのでは~? もうこれはアルネリアも黙っていませんよ~?」
「もしそうなったら、逃れる策は練れるかしらコーウェン?」
アルフィリースが意地悪そうに尋ね、コーウェンは額をうって悩んだ。
「う~ん~、そう来ましたか~。これって私を試していますよね~?」
「まあ冗談はそのくらいにしておいて、私にも考えがあるのよ。エルフは現時点ではどの勢力にも属していないわ。ただ一つ、オーランゼブルを除いてね」
「オーランゼブル。ああ、なるほど」
マイアは納得した。エルフの高位の魔術士をハイエルフと認識している者達もいるが、エルフとハイエルフは見た目こそ似ていても全く違う種族である。まずエルフはせいぜい数百年程度しか生きないが、ハイエルフは数千年生きる個体もいる。その分個体数が一定で、成長も遅く、また元より備える魔力が桁違いである。ハイエルフが妙齢を迎えれば、エルフ百人程度と渡り合える魔力を備える者も珍しくない。
つまり、能力的には完全なエルフの上位種がハイエルフと考えても差し支えがない。だがこれはエルフにしてみれば心外であり、エルフとハイエルフは起源も生活環境も思想も異なっているのだ。だがハイエルフの中には高慢な者も多く、エルフはハイエルフに従うべしとの考え方を持つ者もいたし、エルフにもその考え方を受け入れている者もいた。
ゆえにオーランゼブルの信奉者がエルフには多くても何ら不思議はない。アルフィリースはグウェンドルフと生活していたのだからそのあたりの事情も知っていたのかもしれないが、シシューシカがオーランゼブルの敵であるかどうかは賭けだったのではないだろうか。マイアにはそんな想像が容易にできた。
だが当のアルフィリースはあっけらかんとしたものである。シシューシカがため息をついていた。
「しかしまさか真竜に乗って乗り込んでくるなり、『真竜グウェンドルフの使いである。この中にオーランゼブルと意見を異にする者はいるか!?』なんて大声で叫ぶのだから、豪胆というか向こう見ずと言うか。エルフの里におけるここ百年の中では一番の大事件でありましょう」
「いやー、褒めないで?」
「褒めてませんよ、馬鹿デカ女」
「だが効果はありました。オーランゼブルなどという、若いエルフにとっては見たこともない五賢者のハイエルフに従うことには抵抗がある者も多かった。私たちの生活と存亡をかけてまで協力すべき者なのかという疑問も、水面下では静かに広がっていたのえす。
事実、オーランゼブルに協力するといって里を出て、無事に帰ってきた者はこの百年で一人もいない。エルフなら使い魔の一つでも寄越してもよさそうなものでしょうに。私たちは数十年をかけて他の里の若いエルフと連絡を取り合い、氏族長たちに意見するつもりでいたのです。
それをこのアルフィリース殿は来るなり即座にやってのけた。グウェンドルフの小手があればいかに人間とて、エルフがうかつに手を出せようはずもない。まして旋空竜まで駆っているのです。何かあれば、エルフの落ち度は即座に露見する。こんな痛快なことがあるだろうか? 胸が高鳴るとは、こういった気持ちをいうのだろうな!」
「シシューシカ、興奮し過ぎよ」
頬を紅潮させて話すシシューシカをアルフィリースが窘めた。感情の薄いと言われるエルフがこれほど興奮するのも珍しい。だがそれだけのことをアルフィリースやってのけたのだ。極めて危険な博打であったのだろうが、アルフィリースは勝ってみせた。
コーウェンがぶつぶつ言っているのは、おそらく戦略を練り直しているのだろう。エクラは既に帳簿をめくり、エルフの受け入れ態勢を考えている。リサはアルフィリースのやりたいことがわかったのか、既にセンサーを飛ばしていた。
「アルフィ、フェンナは在宅のようですよ」
「さすがリサ、私の考えがわかるのね」
「仲間にしたエルフをまとめて連れてくればいいものを、わざわざ代表一人だけを連れてきたからにはそういうことでしょう? 下手すれば戦争ですからね。どのみち、我々の仲間になるのなら避けられない出会いです」
「アルフィリース殿、どういうことだ?」
「私の仲間にシーカーがいるのよ。彼らと会ってもらうっていう話よ」
シーカーの名を聞いてシシューシカの顔つきが変わった。やはり多くのエルフにとって、シーカーという種族は口にするのも嫌らしい。
だがおかまいなしにアルフィリースは続けた。
続く
次回投稿は、7/14(金)7:00です。