戦争と平和、その8~冬の準備①~
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冬が来た。
空から舞い散る雪花が降る頃、五路より南下するというローマンズランドの侵攻は予想通り止まったが、明らかに物資輸送の労力を厭ってのものだった。戦線自体は4路でローマンズランドの圧勝、北部協商連合のみ多数の傭兵を雇い入れたことにより、互角の戦いに持ち込むことに成功した。
だが行く先々にあった国は大小合わせて7カ国がローマンズランドの支配下に置かれ、数十年ぶりに国家地図が大幅に書き換えられることになったのだった。中には王族たちの生死不明の国もあり、実質滅んだ国もあると考えてよいだろうと人々は語り合った。
アルネリアを含めた諸国は、ローマンズランドに対し侵攻の理由を説明するように申し立てたが、次回の大陸平和会議で説明するという回答を得られたのみで、納得できるような答えは得られないままだった。むしろこれだけのことをしでかしながら会議に出席するつもりかと、その厚顔無恥ぶりに辟易した国もあったが、交渉もないまま戦争が継続されるわけではないと知り、内心では安堵した側面もあることは否定できない。
だがアルネリアは間者を多数放ち、ローマンズランドの回答が時間稼ぎであることを知っていた。ローマンズランドは侵攻を止めたふりをして自国から着々と道路を建設し、次の侵攻に備えているのだ。道路が完成すれば、輸送は容易くなる。次の冬に進軍を止める必要はなくなるだろう。
また仮にローマンズランドが北部協商連合を抜けてしまえば、あとはほとんど雪に侵攻を妨げられることもない。大規模な拠点となる土地を確保されれば、遠征は長期にわたる。そうなれば、一層ローマンズランドを止めることが困難になることは明白だった。
諸国はどこまでその現実を理解しているのか、ミリアザールはその意図も確認しなければならなかった。ミリアザールは久しぶりに聖女として諸国に対する訪問を行い、アルネリアに友好的な諸国の意志を確認することで、冬はほとんどの時間を過ごした。
ともあれ、表面上だけは静かな冬ではあった。だが春より訪れる嵐に備え、それぞれの国は息を顰め、力を貯めこんでいるに違いない。イェーガーもまた、例外ではなかった。
「せぁああああ!」
「おおぅ!」
イェーガーの訓練場から聞こえる掛け声は日増しに多く、大きくなっていった。イェーガーに所属する傭兵の総数は1万近くにまで膨れ上がっていた。その理由は、イェーガーが戦闘だけを請け負う傭兵団ではないことがある。
下働きの斡旋があり、手に職を付けるための訓練があり、あるいはイェーガー内での基礎的な教育などを目当てに訪れる傭兵もいた。またギルドでは、冒険初心者に優しい傭兵団としてイェーガーを紹介していたため、新たに傭兵として登録した初心者たちがイェーガーを訪れるという流れができつつあった。もちろんリサが画策し、アルネリアの協力があってなしえる宣伝の一つである。
彼らのほとんどは傭兵としては戦力にならないが、訓練を施し近隣で発生する依頼をこなす程度のことはできるので、近隣からの評判は上々だった。彼らは小さな依頼となると、畑の開墾や魔獣ではない害獣駆除まで請け負うのだ。また新規参入者が増えることで、以前から所属していた者達が小隊長に出世して依頼を受け傭兵としての評価を上げるなど、イェーガーの活気は留まることを知らなかった。
イェーガーの拠点は昼に夜に声が絶えず、夜遅くまで訓練場で汗を流し、また勉学に励む者の姿が見られた。ここまで人数が増えればアルネリアで貸し与えられた土地では手狭となってきており、早めに新しい傭兵団の拠点を構える必要はあるとアルフィリースやコーウェン、エクラなどは以前から考えていた。フルール村の一件は、何も今回思い立った話ではないのだ。
そのための交渉は、リサとカザスに任せられた。フルール村はアルフィリースが予想した通り、鉱石の採取を無許可で行い、同時に禁輸品を扱う村であった。アルネリアのお膝元にこんな村があることが驚きだったが、灯台下暗しというべきか。アルネリアの司祭が定期的に訪れるゆえの油断かなのか、あるいは近いがゆえにアルネリアの性質と行動パターンを見抜いている村人たちが賢いのか、フルール村は完全にアルネリアの目を盗んでそれらの違法行為を行っていた。
扱う鉱石は貴金属に加工できるものが多く、それらは売りさばくのではなく、各家が貯蓄しており、現物として保持しているのが賢いところである。これらはヤトリ商会にのみ売りさばいており、今回ヤトリ商会の商品流通路にこの村の名前がなければ、アルフィリースとて見逃した可能性はあった。
鉱石の流通量は宝石ギルドにて管理されているため、完全な違反行為である。また禁輸品としては薬草、毒草があり、村人たちはこの薬物の加工、製法に長けていた。エクスぺリオンほどではないが、これらの薬物には摂取量を間違えば死に至る種類もあり、暗殺や興奮剤として使用されることが多い。
これらがフルール村の財源であり、長らく誰にも咎められなかったところを、アルフィリースはカザスとリサを差し向けることで容易に見抜いたのである。なぜなら、カザスはこのあたりの土地に鉱山が眠っている可能性を以前から示唆していたし、リサが鍛えたセンサーたちの徹底調査により鉱脈は露見したのだった。
そしてアルフィリースは、これらの証拠を突きつけ半ば脅迫に近い形でフルール村と契約を結んだ。今まで通り製品は開発してよいし、乗っ取ったヤトリ商会の流通路を使って買い取ることまで約束した。その代り、自分たちの移住を認めさせたのである。同時にその技術を活用して合法である薬の開発や、貴金属の加工に協力させるように依頼し、一定額を利潤として納めてもらうように手配したのだ。
さらにカザスとアルフィリースは、奥の山にある魔王の拠点であった城を調査した。
「随分と古い城ね。だけどまだ使えるところを見ると、相当しっかりした造りだわ。こんな建造物を魔物が?」
「建造物を造る魔物の例は、いくつも報告されています。蟻だって、蟻塚を造るでしょう? まあもっと原始的な造りが多いのですが、一体に知識があり、手足となる魔物が多数いればこのようなことも可能ですね。でもこの造りを見る限り、ドワーフか人間が協力したのではないでしょうか。石を加工して組み城を造るのは、ドワーフくらいですからね」
「ふぅん。ここをフルール村の住人は工場にしていたのね・・・使えるわ」
「ここで密造を?」
呆れたようなカザスの言葉に、アルフィリースは笑顔で返した。
「いいえ、もっと良いものよ」
そしてドワーフとの交渉ではダロンとウィクトリエが活躍した。ドワーフは酒を好み、腕っぷしの強い者を尊敬し、自分達と共に血と汗を流す者のために生きる。そういう意味では巨人のダロンとは気が合うし、かつて一部のドワーフは大魔王テトラポリシュカの世話になった者もいる。その娘ウィクトリエが来たとなれば、それだけである程度の尊敬を集めることに成功していた。
さらにエアリアルが酒宴で彼らを酔い潰し、そこでコーウェンがある紙をドワーフたちに見せた。
続く
次回投稿は、7/10(月)7:00です。