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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
147/2685

魔王の工房、その2~飛んで火にいる~


***


 それからのエルザの修行は凄まじかった。元来読み書きもおぼつかなかったエルザはわずか一カ月で共通言語をマスターすると、それから半年で寝る間も惜しんで勉強し、シスターの一般教養課程3年分を修了。より実戦向きの技術を学ぶシスターの専攻課程に進むと、いくつかの魔物討伐で素晴らしい実績を上げる。

 入会から2年、司祭補佐として一つの教区を任されるように命じられたが、それを拒否。エルザは自ら志願して巡礼の任務へと就いた。そして巡礼を始めてから4年。功績を認められたエルザは司祭へと昇進し、本部教会勤めでマナディルの大司教補佐になる話もあったが、彼女はそれも辞退して巡礼を続けた。自分が誰かの部下になるとしたら、アノルン以外考えられないと思っていたのである。

 最高教主ミリアザールの直属の部下に指名されてからは、その胸中を最高教主に打ち明け、同時に最高教主からアノルンの事情を少しずつ聞かされていた。今ではアノルン――いや、ミランダのほとんどの事情をエルザは知っている。

 だがエルザが事情を知るにつけ、ミランダへの尊敬の念は増すばかりだった。ますますもって巡礼の任務に力が入って行ったのである。そして今回再会を果たし、彼女は内心興奮していた。自分がついにミランダの役に立てる領域まで到達したという実感があったのだ。


「(やっとここまで来た――長かったような、短かったような。この任務を成功させて、私はもっとあの人の役に立ちたい)」


 エルザがそのような思いに囚われていると、目にチカチカと入る光がある。眩しさに思わず手で目を隠すが、それが『犬』からの合図だと気がついた。


「あそこね。行きましょう、イライザ」

「はい、エルザ様」


 二人は連れ立って合図の方に歩いて行った。


***


 一方こちらはそんな事情は露知らない工房の中。アノーマリーが作業を続けていると、ふと工房内に転移してきた気配を感じる。


「この気配はライフレスかな?」

「・・・アノーマリー・・・いるか・・・」


 ライフレスが挨拶もそこそこに部屋に入って来る。どうやら相当急いでいるようだ。口調もこころなしか荒っぽい。


「どうしたの、慌てて。君らしくもないな」

「・・・前置きはいい・・・俺が預けている魔王があるだろう・・・ここにあるか?・・・」

「全部じゃないけど、5体くらいは。どうしたのさ、ミュートリオでの任務は終わったんだろう?」

「・・・まだやることがある・・・ごたくはいいから貸せ・・・」


 俄かに殺気立つライフレスに、アノーマリーもただ事ではないと察する。魔王を管理する者としてうかつに貸し出すわけにはいかないが、ここで下手に反対すると、ライフレスが暴れ出しかねない剣幕だった。そこを察したアノーマリーは、上手く妥協点を探ろうとする。


「貸さなかったら?」

「・・・力づくで借りていくぞ・・・」

「・・・わかったよ。ボクは君と戦うなんてまっぴらだからね。確実に勝てる戦い以外はしない主義なんだ」


 アノーマリーが降参のポーズをとる。


「だが貸す代わりに一つ教えてくれ。何をする? それが聞けなきゃ貸せないな」

「・・・アルフィリースを殺す・・・」

「それはお師匠様の命令じゃないね?」

「・・・ああ、そうだ・・・」


 ライフレスがまずいことを知られたと思ったのか臨戦態勢を取ろうとするが、いち早くアノーマリーが再び降参のポーズをした。


「だからボクは勝てない戦いはしないんだって! 魔王は勝手に持っていきなよ、ほら。14番の部屋に置いてある」


 アノーマリーが懐から鍵をぽいと放る。ライフレスがそのカギを空中で受け取ると、逆に不審気にアノーマリーの方を見る。


「・・・いやに素直だな・・・何をたくらんでいる・・・」

「嫌だな~何も企んでないって! ボクは男の子にやられる趣味は無くってね。やられるなら女の子がいいんだよ」

「・・・その軽口の奥にどれほどの実力を秘めているんだ? ・・・俺は随分長いこと生きてきて・・・正直今の仲間もその素性はほとんど知っているが・・・貴様はそれほどの実力と頭脳を持ちながら、その存在は見たことも聞いたことも無い・・・いったい何者だ?・・・」


 ライフレスの問いにくすくすと笑うアノーマリー。だがその態度を見て何を聞いてもはぐらかされると思ったのか、ライフレスはくるりと振り返って部屋を後にしようとする。そして部屋を出ようとしたところで、ピタリと足を止めた。


「・・・そういえば・・・」

「何?」

「・・・俺が眠っている間に、レイベンワースの一族が皆殺しになっていた・・・何か知っているか?・・・」

「あー、あの一族か。皆殺しちゃったけど、何か?」


 その言葉に、ライフレスの目が見開かれる。どこのイカレた奴がやったのかと思ったが、犯人は近くにいたのだ。


「・・・貴様・・・それがどれほどの損失になると・・・」

「えー、いいじゃん。だってあいつら、秘術・秘薬のほとんどを隠匿しちゃって一人占めしたがるからさぁ。最初は交渉に行ったんだよ? でもあいつらどれだけ金積んでも、どれだけ脅しても決して話さなくてさ。そしたらイライラして、ついつい拷問にも力が入っちゃうでしょ?」

「・・・」

「ボクも今ほど拷問が上手くなかったし、しかも肝心の秘術は一族の長の家系にしか教えられてなくてさ。しょうがないから奴らのアジトを急襲して、長の家系の誰かをさらおうとしたんだけど・・・案外あいつら強くてね。気がついたら全滅させちゃってた、アハ♪」


 料理に甘味と塩を間違えて入れた、くらいの軽い気持ちでとんでもないことをやってのけたアノーマリー。これにはさすがのライフレスも絶句した。

 レイベンワースの一族を失った人類全体の損失に関して考えが及んでいないアノーマリーの愚かさ加減にも腹が立ったが、思わずアノーマリーを殺そうとする手をライフレスが止めたのは、アノーマリーがレイベンワースの一族を全滅させたという事実であった。


「(・・・あの一族は手練揃いだった・・・それを全滅だと?・・・俺でさえ力づくで従えることに抵抗を持った一族だというのに・・・こいつの頭脳はともかく実力は大したことないと思っていたが、何か隠し持っているというのか・・・)」


 ライフレスが殺気だった目線をアノーマリーに向けるが、消耗している今はアノーマリーに構う余裕も無い。やむなくそのままアノーマリーの部屋を後にするライフレス。そしてライフレスがいなくなると、入れ替わりにドゥームを担いだティタニアと、ブラディマリアが入ってきた。


「今のはライフレスでは? 何か慌てているようでしたが」

「ああ、それはね・・・って、ドゥームはどうしたのさ?」


 ドゥームが完全にノびていた。つついても全く反応が無い。ティタニアが申し訳なさそうな顔をする。


「ちょっとばかり何度も八つ裂きにしたもので・・・」

「こわっ! ちょっとの話じゃないでしょ、それ!? 何回やったのさ?」

「17、いえ、20分割を100回ほど」

「ひ、ひえええ・・・」


 アノーマリーがドゥームを思わず見て悲鳴をあげる。だがその口から出た言葉は恐れではなく・・・


「どうしてボクにしてくれないのさ!」

「え、ええ?」

「くっそお~。ドゥーム、羨ましすぎるぞ、お前!」


 寝ているドゥームの横っ面を、往復ビンタで張り始めるアノーマリー。まさかの展開にティタニアがうろたえる。その横でげんなりするブラディマリア。


「ちょっと、あなたの性癖なんてどうでもいいから、アタシの事も気遣ってよね!」

「あ、そういえば魔王を転送したの?」

「あったり前よ! アタシのモットーは、『迅速、丁寧、美しく』なの! そこのとこ、よろしく。きっちり100体。大草原に放っといたわよ」

「うん、ありがとう」


 100体を一斉に大草原に転移で放つ魔力。いとも簡単に彼らはその事実を受け入れたが、凄まじくとんでもない量の魔力が必要である。テトラスティンやミリアザールでなくとも、少しでも魔術を扱う者がその事実を聞いたら腰を抜かすであろう。


「後は成果待ちだね。どのくらい魔王が生き残って、どのような進化を遂げるのか・・・」

「これで、ここの魔王は全部放出したの?」

「そうだね、後は失敗物ばかりかな。ライフレスから預かっている魔王も、今彼に返したし」

「は? ライフレスは何をする気なの?」


 疲労からか、机に突っ伏しかけたブラディマリアが思わず顔を上げる。


「アルフィリースを殺すんだってさ」

「それは命令違反じゃないの? なんで止めないのよ?」

「男にぶたれる趣味は無いから。それに彼を止めるなら、君達二人のどっちかに頼むのが手っ取り早いと思って」


 いけしゃあしゃあと他力本願です、と告白するアノーマリー。それを聞いて顔を見合わせるブラディマリアとティタニア。


「アタシパス。疲れたから、ティタニアがやっといて」

「はあ、それは構いませんが。最悪、ライフレスは斬ってもいいのですか?」


 おネェが真摯な疑問をアノーマリーに向ける。


「いや、それは困るな・・・でも最悪な選択肢だけど、殺そうと思ったら、殺せるの? あの化け物みたいな強さの奴を」

「はい、それは問題なく」


 即答するティタニアに、アノーマリーが思わず背筋にうすら寒い物を覚える。


「(本気かよ・・・でもティタニアは冗談言わないし、心からそう思っているんだろうな。ボク達の中で誰が最強か話しあったことがあるが、皆がティタニアかブラディマリアだって言うのも、なんか納得できるな。ボクが切り札を使っても・・・いや、使う暇すらくれないかもね)」

「? どうしましたか、アノーマリー」


 ティタニアに声をかけられて、ふとアノーマリーが我に返る。


「あ、ああ。何でもないよ」

「ならいいのですが・・・ちゃんと最近寝ていますか? 顔色が悪いですよ?」

「・・・元々なの」


 悪意の無いティタニアの言葉に、だから真面目な奴は嫌なんだとアノーマリーはため息をついた。そしてこの後の手筈を考える。


「じゃあボクは転移でお師匠様の所へ行って・・・サイレンスがここにきたらティタニアは一緒に行動して・・・ドゥーム、ブラディマリア、ドラグレオはここに残って・・・」

「しかし、今ここには私達11人のうち、6人がいるんですね。何とも珍しい」

「確かに・・・・・・ん、これは?」

「いかがしました、アノーマリー?」


 何かを感じとったのか。天井を見上げて様子の変わるアノーマリーに、ティタニアも真剣な表情になる。


「侵入者だ」

「なるほど。今日は騒がしいですね、ここも。それで侵入者の処置は?」

「もちろん殺すさ。状況によっては捕えて実験材料だけど」

「侵入者も運が悪い。なにも、今日これだけ私達が揃っている時に来なくても」

「気の毒ねぇ・・・まともに死ねないわよ?」


 ティタニアが心底憐れむような表情をし、ブラディマリアがくすくすと笑う。加えてアノーマリーはどことなく楽しそうだった。捕まえた後のお楽しみでも考えているのだろうか。邪悪な者達の笑いが満ち、部屋は異常な雰囲気に包まれた。



続く


次回投稿は3/7(月)11:00です。

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