戦争と平和、その6~報酬⑥~
「基本的には誰でも参加可能にしているわ。各国は代理戦争とかお堅いことを考えているかもしれないけど、庶民にとってはお祭りよ。出店をしこたま出してもらって、旅芸人とかも呼んで、娼館は・・・ちょっとおおっぴらにはよしておこうかと思うけど、とにかく大々的にやるわ。今年は驚きの人たちから参加承諾をもらったしね。
それに庶民が公然と貴族をぶっ飛ばせる機会なんて、そうそうあるものじゃないわ。一般からの参加を募らいでか」
「シスターの言葉とも思えないわね。そりゃあ盛り上がるかもしれないけど、参加資格に制限なしともなると、いっそ盛り上がりと通り越して物騒じゃない?」
「神殿騎士団の練度を舐めないでほしいわね。巡礼も当日は警備に回すし、そうそうアタシと最高教主のお膝元で暴れさせますかっての。それに当日はあなたたちにも働いてもらうわよ?」
「報酬をもらえればね」
アルフィリースは両手を広げて見せたが、ミランダは楽しそうに笑っていた。
「もちろんはずむわよ。でも金銭の問題は、それほど切羽詰まってないんでしょう?」
「なんでわかるの?」
「顔を見たらわかるわよ。交渉は上手くなったかもしれないけど、素直な性格が直るわけじゃないでしょうに。付き合いがちょっとある人間は、アルフィの表情から読み取れるわ。
だから金銭以外の仕事を二つ用意したの。一つはイェーガーから統一武術大会への参加。本戦への推薦枠も用意しているから、腕に自信があるのを何人か見繕ってちょうだい。活躍すれば、さらにイェーガーは名を売ることになる。ターラムでは派手に暴れたそうじゃないの」
ミランダの提案に、アルフィリースの目つきが変わった。どうやらアルフィリースの考えていることと、ミランダの申し出は一致しているらしい。
「ありがたく受けるわ。もう一つは?」
「クルムス王女、レイファンの護衛」
アルフィリースの表情が驚きに包まれた。そしてミランダがアルフィリースの反応を楽しむかのように笑っていた。アルフィリースはしばらく腕を組んで悩み込む。
「それは・・・博打ね」
「そう、博打。だけど達成すれば非常に報酬は大きい。どう? 受けるかしら? ちなみにこれはアタシが考えたことじゃないわ。クルムスからの直接の申し入れなのよ」
「! ・・・なるほど、レイファン王女って噂通り一筋縄ではいかないのね。本物の為政者か」
「その通りよ。アタシも驚いたもの」
「私も一杯いただいていいかしら? 飲みたくなってきたわ」
「どうぞ? ちなみに他の申し出としては、イーディオドのミューゼ殿下とか」
「うー、頭痛もしてきた」
ミランダが酒瓶をアルフィリースのグラスに注ぐ。受け取ったアルフィリースは一気にそれを飲み干したが、酒にそれほど強くないはずのアルフィリースの表情は赤く染まることすらなく、ひたすら真剣な表情で悩んでいた。
ラーナはその表情を見て、ただ狼狽えるばかりである。そんなラーナを見て、ミランダが助け舟を出した。
「何が一筋縄でいかないのか、納得できない顔ね、ラーナ」
「は、はぁ。恥ずかしながらわかりません」
「それでいいわ。魔女が世俗の権謀術数について詳しかったら、私たちの立つ瀬はないものね。いいかしら? レイファンは依頼を直接イェーガーに持ち込むのではなく、このアタシのところに依頼をしてきたのよ? 最高教主でもなく、この私ミランダに。それがどういうことか」
「あっ」
ラーナは納得した。レイファンは知っているのだ。ミランダがアルネリア内に部署を設け、アルフィリースの支援をしていることを。少なくとも、それを掴むことのできるだけの情報網を持っていると暗に示してきたのである。そして図ったかどうかはさておき、名にし負う名君ミューゼと同じ行動をしていたのだ。
レイファンには自信があるのかもしれないが、一つ間違えれば挑発ともとれる行為である。事実、ミランダはあまり良い印象を持っていないようだ。それを踏まえたうえで、アルフィリースも吟味している。レイファンに才覚があることは間違いなかろうが、勢いに任せた泥船となるのか、それともこれからも発展していく箱舟となるのか。アルフィリースも測りかねているのだった。
アルフィリースはふぅ、とため息をつくとソファにどっかとのけ反った。
「だめだ、即答はしかねるわ。受けようとは思うけど、一度クルムスの代理人と直接話したいわね」
「それでいいと思うわ。アタシからそのように返事をしておくから、あとは勝手に交渉してくださいな。ただ結果だけは教えてほしいわね。イーディオドの依頼はどうするのかしら?」
「ミューゼ殿下の依頼となれば無下にもできないわ。エクラ、ヴェンのこともあるし。そちらも何かしないといけないでしょうから。それで、私からのお願いなんだけど」
「ああ、だから時間を取ったんだものね。いいわ、このミランダさんに話して御覧なさい」
アルフィリースは土地の選定について、思い切って切り出した。ミランダは最初面喰った様子で聞いていたが、アルフィリースが真剣だとわかるとミランダもまた真剣に聞き入っていた。
そして一通り話を聞き終わったところで、今度はミランダが腕を組んで考え込んだ。
「また難しい問題ね。要はアルネリアとは距離をおきつつ、アタシとは連携を密に取れる土地。そういうことでしょう?」
「大雑把に言えば、そうね。そんな土地が余っているかしら?」
「余ってはいないわよ。大陸の土地はほとんどが割譲済みで、人間の手が入ってない土地なんてほとんどないわよ。特にこの大陸の東側では。常識でしょう?」
「だから聞いているんじゃない。ミランダなら誰かに貸しで土地の利権書をカタにしているとか、アルネリアの直轄領からかすめ取るとか」
「アタシは取り立て屋か!」
ミランダがテーブルを叩いて冗談めかしながらも憤慨したが、アルフィリースはなおも押しをやめない。
続く
次回投稿は7/6(木)8:00です。