戦争と平和、その5~報酬⑤~
「いいですか、アルフィ。私が仕掛けられるのは微々たるものです。それこそ小石に呪力を多少宿し、深緑宮内にばらまくだけ。これ以上呪力をこめるものを大きくすると気付かれてしまいますし、センサーほどの精度は望むべくもありません。せいぜい結界の揺らぎや波長を感じ取るのが精一杯です。そんなものが役に立つのですか?」
「それはわからないわ。でも保険なのよ。私の勘では、いずれ必ず必要になる、ね」
「そこまで言うのならわかりました。私とアルフィは一蓮托生ですから。もし拷問にかけられて煉獄に行くのなら、お供しますよ」
「そこまではされないかもしれないけど、アルネリアとの関係は悪くなるでしょうね」
「その覚悟があるのなら」
ラーナは石をばらまいた。庭木の目立たないところ、池の中、目立たぬように等距離でばらまいていく。
そしてもう一つ、砂糖菓子を懐から取り出した。
「それは?」
「ここの蟻に食べさせます。単純な精神構造の生き物なら呪力を込めた餌で餌付けすると、合図をもって一時的に相手を支配下に置くことも可能です。蟻であればせっせとこれを巣穴に持ち帰って、他の個体にも食べさせるでしょう。そして深緑宮の土を私の魔力で支配下におきます。上手くすれば、この庭にいる他の生き物も支配下に置けるかもしれません」
「いわゆる『呪い』みたいなものね?」
「そうですが、一つ欠点が。定期的に私の魔力を通さないとあっという間に効果がなくなる上に、餌付けの量や魔力の影響の受けやすさによってかなり相手の行動が変動するので、効果が一定とは限らないのです。
アルフィ、私はこれから理由をつけて定期的にこの深緑宮を訪れるようにします。それでも効果がどのくらい現れるかは最低でも春にならないとわかりません。その点だけ了承してください」
「わかったわ。それにしても改めてあなたって恐ろしいのね」
「こう見えて魔女ですよ? しかも見習いとはいえ、闇の魔女です。魔女の中でも元来最も恐れられる存在ですから」
ラーナが砂糖菓子を砕きながら足元の蟻にばらまき、蟻が菓子に群がって黒い小山を作るのを見ながら、アルフィリースの気持ちもやや黒く変色するような感覚に囚われていた。これはうしろめたさなのだろうと思いながらも、考えを変えることはなかったのだ。
ラーナの仕込みが一通り終わると、再び二人は歩き始めた。向かうはミランダの執務室である。扉をノックすると、中からエルザの声があった。どうやらミランダと共に仕事をしているらしい。アルフィリースが扉を開けると、中にはエルザだけでなくイライザ、アルベルトの姿もあった。イライザはアルベルトの従姉妹とのことだが、なるほど揃ってみれば似ているところもあるかと思う。二人とも以前よりも表情に鋭さが増したかと思ったが、それはミランダも同様だった。
ミランダは入ってきたアルフィリースには一瞥もくれず書類を書き終えると蝋で封をし、アルベルトに渡して背伸びを一つして、初めてアルフィリースの方を見た。
「ごめんねアルフィ。きりのいいところまで片付けちゃいたくてさ」
「いいのよ、無理を言ったのはこちらだったのだから」
「ターラムではウチの神殿騎士団は役立ったかしら? 別件とはいえ、できる限り協力するようには伝えておいたのだけど」
「互いにそれどころではなかった、というのが本音ね。でも彼らがいたことで助かった場面もあったわ」
「もっとこちらには戦力に余裕があれば人を出せるんだけどね。何せ今は大陸平和会議とアルネリア400周年祭がいっぺんに来るから、その準備で夜もろくに寝られなくて」
「わかっているわ」
確かにアルフィリースがターラムからアルネリアに戻ると、少しずつアルネリアは装いを変えていた。アルネリアは美化でも衛生でも大陸では有数の都市だが、細かな道路や街並みの修繕がなされ、整備されているのが見て取れた。それは市外にまで続いており、ゆくゆくは近隣の都市まで街道整備が成されるそうだ。
そしてアルネリアの近郊では、巨大な闘技場が完成されつつあるのも知っていた。創り始めたのは数年前とのことだったが、いよいよ完成するようだ。アルネリアという都市にはふさわしくないなどの批判も多数あったようだが、統一武術大会を開催するとなれば一定以上の格式と大きな設備は必要となる。
ましてそれが大陸有数の発展した都市アルネリアともなれば、他の都市に負けたくないというのが本音だろう。見栄からの行動かもしれないが、大会が終われば神殿騎士団や周辺騎士団の演習場として使用するとの理由で、周囲を納得させたそうだ。
ミランダは出てきた泡酒を豪快に一気飲みし、大きく息を吐いた。その姿はいつか共に旅した時のミランダそのままである。
「ぷはーっ! 仕事終わりはこれよねー! アルフィもやる?」
「酒場のおっさんみたいになっているわよ? まだ昼なのに、今日はもう仕事はいいのかしら」
「仮眠を入れてからもうひと踏ん張りかしらね。だけどこんないつまでも終わらない仕事、酒でも飲まなきゃやってらんないっての。あの旧三馬鹿大司教のマナディルとドライドに任せっぱなしじゃあ、盛り上がるものも盛り上がらないわ。あいつら、遊興のなんたるかもわかっていないんだから。古式ゆかしい作法にのっとった決闘なんか見て、誰が楽しめますかっての」
ああ、そういえばミランダは統一武術大会の開催を主に取り仕切っているんだったわ、とアルフィリースは思い出した。同時に開催される大陸平和会議と統一武術大会。それは大陸が平和と呼ばれる均衡を保てるようになり、その均衡を確認するための年一度の会議。加盟する諸国の王や代表が一堂に会し、互いの平和を脅かすものがいないかどうかの確認を行う。通常はただの食事会で終わるが、魔物が大量発生した場合などは近隣諸国で連合征伐軍を組織する時もあるし、また集まった各国同士で通商協定を結ぶ時もある。また各国の代表同士が互いの跡取りを引き合わせ、縁戚関係を結ぶことも多い。和平会議と呼ばれながら、そこは権謀術数渦巻く場となることは、もはや避けられない宿命だった。
そんな裏の戦いだけでなく、わかりやすい形での優劣の確認。また鬱憤晴らしとして開催される統一武術大会。なんでもありの総合部門にはじまり、剣、槍、弓、斧、格闘、遠投、腕力などの各種部門が開催され、国の代表が技を競う。中には女性専用部門もあるが、やはりなんでもありの総合部門が一番盛り上がる。なにせ、参加資格を問わないのだ。各国代表だけでなく、傭兵でも一般市民でも参加可能。腕に覚えがあるものはこの場で活躍し、そのまま士官できる場合もある。そのため、予選会からかなり血みどろの戦いが繰り広げられる時もあり、最近では参加資格をかなり厳選しているということだが。
ミランダの表情を見るに、どうやら相当派手なことを考えているようだ。
続く
次回投稿は、7/4(火)8:00です。