戦争と平和、その4~報酬④~
「よかろう、許可する。案内はこの梔子にさせよう」
「駄目よ、楓にお願いするわ」
「楓ではドワーフとは交渉ができん。やつらは気難しいので有名だが、梔子は一定の信頼を得ておる。楓はまだ未熟じゃ」
「いいえ、できるはずだわ。楓は梔子の後継者の一人でしょう? 仕込んでいないとは言わせないわよ」
この言葉には梔子さえも息を飲んだ。まだそのことはミリアザールにも正式には伝えていない。何人かいるなかの候補には違いないが、なぜそこまで察することができるのか。口無しの中に裏切り者がいるのではないかと思えるほどの発言だった。
ミリアザールが横目で確認をすると、今度は梔子がミリアザールに向けて頷いた。
「・・・いいだろう。では楓に案内させてやる。だがドワーフ共はワシの命令とても容易に聞かぬ時がある。まずはおぬし自らが気に入られることが条件となろう。確約はできぬが、それでもよいか?」
「もちろん」
「では後日案内させる。それとミランダだが多忙でしばらくは面会ができないのではないかと思うが・・・」
「いえ、この後面会予定よ。心配は無用だわ」
準備の周到さにミリアザールは口ごもった。ここまでアルフィリースの準備が周到だとは。今のアルフィリースが何を考えているのか、ミリアザールには推し量ることができなかった。
「アルフィリース、お主は何を考えておる?」
「ただ、団の強化を。ターラムで痛感したわ、オーランゼブルは戦力を強化している。このままでは犬死になるけど、私は死にたくない。オーランゼブルに勝って、生き延びて見せるわ」
「わかった、ならば何も言うまい。手配はしておいてやる。行くがよい」
「ありがとう」
アルフィリースはお茶を飲み干して一礼すると、ラーナを伴い颯爽とミリアザールの執務室を出た。彼女たちがいなくなってから梔子がカップを片付け、ミリアザールの顔色を窺った。
「驚きました、あそこまでの人物になっているとは。ほんの2年前まではまだ少女と変わらなかったのに」
「ああ、ワシもじゃ。じゃがまだ甘い。ミスリルを確保しドワーフ共に作らせるまではよい。じゃがミスリルはともかく、魔晶石は使用する兵士にも訓練が必要じゃ。そのための神殿騎士団といいかえてもよい。魔晶石を使用することのできる軍隊が他国に存在せん理由よ。まあアルフィリースも武器を揃えてから知ることじゃろう」
「それならよいのですが・・・」
アルフィリースは深緑宮の廊下を歩きながら、そんな会話が行われているであろうことを予測していた。そして隣には心配顔のラーナが付いている。
「いいのですか、アルフィリース。ミリアザールにあんな啖呵を切って」
「いいのよ。別にミスリルはともかく、魔晶石はどちらでもいいのだし」
「え?」
不思議がるラーナに、アルフィリースは手書きでメモを見せた。聞かれてはまずいからだ。
――ドワーフに作らせるものは、別のものよ――
そんなことがメモには書いてあり、ラーナは驚きのあまり言葉を飲み込むのに必死になった。アルフィリースは平然とミリアザールもたばかったのである。まさか動揺一つみせず、アルフィリースがそんなことをするとは考えてもいなかった。
だがアルフィリースはそんな大胆なことをした後なのに、まるで世間話でもするかのように平然とラーナに話しかけていた。
「それよりレイヤーにはお礼を言ったの?」
「え、何の?」
「ターラムの一件よ。レイヤーは恩には着せないでしょうけど、結果的にあなたの仇を討ったことになるわ。それにお母さんのお悔やみだってあるはず。もう少し休んでいてもいいのよ?」
「いえ、働いた方が気は紛れるので。それに、もし何か恨みつらみがあれば必ず化けてでます。母はああ見えて純粋な人間ではなく、闇の生物に近い性質ですから。それが何も言ってこないということは、やるべきことはやったのでしょう。
レイヤーには言葉では礼を言いましたが、それだけでは恩を返したとは言い切れません。いずれ相応の対価を支払うつもりです。どんな形で返すべきかはわかりませんが」
「それならよいのだけど」
アルフィリースは目の下にくまができたままのラーナの顔を見て、悲痛な気持ちになった。まだ傷が癒えているわけではないが、何もできない自分が腹立たしい。アルフィリースはそんな自分の無力さを恨めしく思いながらも、同時にラーナが必要であるから連れ出さざるをえなかった。
アルフィリースは深緑宮の庭園に進路を変えながら、人気がないことを確認してラーナにそっと耳打ちした。
「ここなら人がいなさそうね。お願いできるかしら?」
「本当にやるのですか? ばれたらアルフィでもただでは済みませんよ?」
「その時はその時よ。でももし私の予想が当たっているなら、とんでもないことになるわ。もちろんミリアザールも考えていることだろうけど、手は多くうっておいた方がいい。ミリアザールに見つけられなかったターラムの支配者を私が見つけたということは、私とミリアザールの方法論には根底的な違いがあるのだわ。その違いを活かさない手はない」
「だからといって、深緑宮に私の魔術で罠を仕掛けるなんて・・・」
深緑宮に罠を仕掛ける。アルフィリースはこのためにラーナを連れてきたのだった。アルフィリースはターラムで一つの想像をした。ターラムで動いていたアルネリアの司教の話を聞いて、アルネリアも一枚岩ではないと感じたのだ。ミランダの話からもそれは間違いないことだろうが、問題はそれが一枚岩でない程度なのか、それとも裏切り者が複数いるのか、下手をしたら想像以上の規模で組織立っているのかということだった。
アルネリアは、かつてドゥームに侵入を許している。いかに警備が手薄で油断もあったとはいえ、それほど簡単に侵入が可能だったのだろうかと、アルフィリースはアルネリアという組織を知るほどに信じられなくなった。それに今回などは、ローマンズランドにも出し抜かれる始末。アルネリアの情報網が完全でないとはいえ、不協和音が大きすぎる。ならば裏切り者はミリアザールの近くにいるのではないかと考えてしまう。
だからといって何ができるわけではないかもしれないが、アルネリアの者以外が仕掛ける罠であれば、想定外の出来事に尻尾を出さないかと考えるのは当然だろう。とはいっても完全に結界を敷かれた深緑宮のこと。それに気づかれずに魔術を仕掛けるとなると、ほんのわずかな罠でしかなかった。ばれれば信頼に関わり、多くの利益はないだろう。だがアルフィリースの直感がそうするべきだと告げていた。
ラーナはその辺に落ちていた小石を適当に歩きながら集め、それを手に握り込んでいた。
続く
次回投稿は、7/2(日)8:00 です。