濁流に呑まれる光、その13~止まらぬ悪意③~
「・・・さきほどのうちに斬っておくべきだと考えていたのだが」
「もうできないでしょう? 私、もう貴女にもやすやすとはやられないわ」
「そうだな。お前たち三人を倒せるだけの技と武器を、今の私はもっていない。私でもお前たちを倒すためには、相応の準備が必要になった」
「ティタニアのお墨付きが出たわね。それなりの存在になれたようよ、私」
「それなり以上だろ。純粋な悪霊としてならオシリアと同格以上だよ、君」
「悔しいけどそうね」
ドゥームとオシリアの言葉に、満足気なデザイア。そしてドゥームはティタニアに向き直って手をひとつぱんと叩いた。その表情が嬉しそうなのは、気のせいではあるまい。
「さてティタニア。これで今回の契約は終了だ。それともグウェンドルフとやりあうかい?」
「・・・やめておこう。私の目標の一つである、真竜を一刀両断するほどの技量というのが備わったことはわかった。ならば私は、自分の役目を果たしに行く」
「目的?」
「私は『剣を奉じる一族』の最後の一人だ。ならば剣を奉じる相手が必要だろう。おあつらえ向きの催しが、直にあるらしいのでな」
「なるほど。止めないけど、一つ聞いていい? ティタニアの目に適う人間がいなかったら?」
「決まっている。人間に奉じる価値もないというのなら、皆殺しだ」
ティタニアの物騒な言葉を聞いて思わずドゥームが口笛を吹いたが、ティタニアはふっと笑った。
「冗談だ。まさかそれほど思い詰めてはいないし、お前のように人を苦しめる趣味もない」
「でも本当にいなかったらどうするのさ」
「そうだな・・・相応しい者が現れるまで眠るというのもいいかもしれんな」
「それ、もう人間のやることじゃないよね?」
「この役目を負った時点で、人であることはとうにやめている。これだけ永く生きてしまっているのがよい証拠だ」
「そっか。めがねに適う人物が見つかるといいね」
「お前が祈ると逆効果だろう。捨ておいてくれ」
ティタニアの素っ気ない言葉に、ドゥームは肩をすくめて応じた。そしてティタニアは空間を斬り裂いて移動していった。
ティタニアがいなくなった後で、オシリアがドゥームにそっと話しかける。
「皆殺し、ね。あながち冗談にも聞こえなかったわ。私でも肝が冷えるほどの冷たい目だった」
「そうだね、本当に冗談ではなかったと思うよ。人間を皆殺しにするというよりも、手あたり次第目についた者を殺すんじゃないかな? おそらくは僕たちも含めて。剣を奉じる一族について調べてみたけど、なんとも業の深い一族だったよ」
「業が深い?」
「彼らは殺さずにはいられない。いつしか目的と手段がごちゃ混ぜになったということさ。そんなティタニアが僕たちと一緒にいることができた理由。それは、彼女が僕たちと同程度の絶望を味わっているからだ。そんな彼女を踏みとどめているものは希望だ。それがなくなれば彼女は怪物になるだけだろう」
「その方が面白いのではなくて?」
「確かに面白いけど、計算できなさすぎる。ティタニアのことはオーランゼブルをどうにかした後で十分さ。ほら、触らぬ精霊に祟りなしって言うだろ?」
「あなたがそれでいいのなら。私たちの場合、祟りは歓迎かもしれないけど」
「ティタニアは行ったのか?」
爆心地の方からテトラスティンとリシーが引き揚げてきた。彼らの衣服は燃え尽きたようにぼろぼろで、かろうじて局部を隠すにとどまる程度の面積しか残っていなかった。その様子を見るに、彼らがグウェンドルフのブレスに巻き込まれたのは確実である。
だが彼らには傷はおろか、火傷一つあるようには見えなかった。ドゥームが呆れたように息を吐いた。
「また死に損ねたの?」
「どうやらそのようだ。グウェンドルフの物理的な攻撃で死なないとなれば、古竜などの古き者たちの攻撃が必要だろうな。もうそのくらいしか試すことがなくなってしまった。
あとはティタニアが集めた武器に興味があったのだが・・・」
「行先はわかっているよ。追うかい?」
「・・・いや、少し大陸の成り行きにも興味が出てきた。オーランゼブルの計画とやらは見届けてもいいなと思っている」
「贅沢だなぁ」
「それよりよかったのか? せっかく汚染したものを吹き飛ばされて」
「ああ、別に構わないよ。代案くらい用意してある」
「代案か。聞いてもいいか?」
「内緒」
ドゥームの言葉を聞いて、まだテトラスティンはドゥームの信頼を得られているわけではないのだと悟った。この流れでぺらぺらと話してくれればよかったのだが、さすがにドゥームもそれほど油断はしていないらしい。リシーの方もちらりと見たが、リシーは無表情で何も考えていないかのように見える。どうやらまだドゥームとの関係は続ける必要があるようだと、テトラスティンは悟った。
そしてドゥームは手を叩いて撤収の意を伝える。
「さて、こんなところにはもう用がない。しばらく僕は単独行動をとる。テトラスティンも自由にしてくれたまえ。あ、居場所だけは連絡をくれよ? それかローマンズランドの戦争が始まったら、例の場所に集合してね」
「それは構わんが、私たちには行くところがない。せっかくだから同行したいのだが?」
「だーめ。僕もオシリア、デザイアとは別行動をとるんだ。君たちも羽を伸ばしてくれたまえよ。どのみちローマンズランドの戦争が始まったら、そちらにかかりきりになるんだ」
「・・・なるほど、承知した。リシー、まずは服を見繕うか。さすがに裸では面白くない」
「まっとうな服を用意していただけるなら」
テトラスティンとリシーは大きめの鳥の使い魔を作り出すと、それに乗ってその場を後にした。いともたやすく行った魔術の高等さに、ドゥームはテトラスティンの危険性を再確認しながら、彼らを見送った。
去ったテトラスティンと入れ違いに、オシリアの元に使い魔が届く。白く美しい使い魔が優雅にオシリアの横に着地する。
「ドゥーム、ケルベロスよ」
「あいつ、あんな見た目でなんで使い魔はこんなのを作れるのかな。飛べる豚とでも言いたいのかな」
「見た目がああだからこだわっているんじゃない? それより竜の巣の制圧がおおよそ終わったそうよ」
「さすが仕事が早い。ではデザイア、手筈通りに」
「ええ、リディルを篭絡して竜の巣を実質我々の支配下におくのね?」
「ああ、リディルの制圧が完了すればオシリアを呼んでくれ、竜の巣の汚染を開始する。オーランゼブルめ、賢いのが自分だけだと思うなよ? もうお前の魔法陣の解析なんてほとんど完了しているんだ。竜の巣が起点の一つだと、気付かないとでも思っているのか。その間に僕はファーシルを堕とす」
「大詰めね」
「ああ、そうだね。問題はリサちゃんと遊ぶタイミングかな? グンツに言って準備だけは進めているんだけど。ま、なるようになるでしょう」
そう、ここまでは順調だ。だが一つだけ心残りがある。アノーマリーの知識を得たことで気になり始めた各地の遺跡。遺跡の探索を命じられた時は、ただの旧時代の遺物程度にしか思わなかった。せいぜい現存しない過去の遺物を回収できるくらいだろうと。だがアノーマリーはオーランゼブルですら思いもしない可能性を描いていた。それは、遺跡の全く別の可能性。過去ではなく、未来への懸け橋となるのではないかということ。
だが今それにとりかかる時間はない。ドゥームは後ろ髪をひかれる思いと、これから訪れる最高に楽しい時間を心待ちにする気持ちを同時に味わっていた。
続く
次回投稿は6/24(土)9:00です。次回から新しい場面です。