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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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濁流に呑まれる光、その12~止まらぬ悪意②~

「・・・やはり断る」

「なぜだ? ここまでされて黙って指をくわえるつもりか?」

「いや、黙っているつもりはない。だが奴と私は数千年の友情で結ばれた仲だ。お前の考えるような安い関係ではない。私には奴の考えもわかっている。それに伴う苦悩もだ。奴の計画については、空からこの沼地を見ていてさきほど確信を得た。

 もちろん責任はとらせるつもりだが、それは奴の計画が終わってからだ。いや、むしろオーランゼブルはそれを望んでいるかもしれない。私の手による裁きをな」

「ちっ、とんだ意気地なしのカマ野郎だぜあんた。義兄弟を殺されて泣き寝入りかよ」

「そのままとは言っていない。今でも腸は煮えくり返る思いだ。だが感情のままに行動する年齢はとうに過ぎた。私には真竜の長として、また現在の大陸の管理者として理性的な行いが求められている。

 そして私はお前に一つ聞きたい。この沼地の地脈に悪霊をぶつけて、お前は汚染を行ったな? どうしてそんなことをした?」

「それは・・・」


 ドゥームが答え澱んだ。それには気付かれたくなかったからだ。想像以上にグウェンドルフは冷静だったようだ。


「答えてやろうか? お前はオーランゼブルの計画を知っているのだよ。この土地が汚染されれば、計画の邪魔になることも知っている。だから汚染したのだ。つまり、さっきの言葉には嘘が含まれていることになるな? 他にはどんな嘘がある? お前の言葉は信用ならんぞ、この悪霊めが」


 グウェンドルフの言葉が徐々に鋭くなる。ドゥームはまだ微動だにせずグウェンドルフと対峙していたが、突然その身を翻して逃げた。だが油断なく構えていたグウェンドルフの行動が速い。ドゥームはその前足で沼地に押さえつけられたが、靄となって霧散し回避した。

 と同時に辺りに霧が発生した。テトラスティンとの打ち合わせ通りだったが、霧に紛れてドゥームは撤退した。ドゥームの言葉があたりに響く。


「(残念だ、グウェンドルフ。あんたとは同じ怒りを抱える者として、友達になれそうだったんだがな)」

「怒りはある。だが、同時に何が重要かはわかっているつもりだ。自分の感情のままに動けるのならあるいはお前の誘いに乗ったかもしれないが、私は真竜の長だ。この大陸の全生命に対して責任がある」

「(ふん、小を捨てて大を取る、か。人間の為政者と同じことを言いやがる。お前もオーランゼブルと同じだ、踏みにじられる小の恨みを思い知れ)」

「悪霊の貴様が言えた義理ではあるまい。貴様こそ、一体どれだけの命を踏みにじったというのだ」

「(やりたくてやったわけじゃない。僕は――)」


 そこで言葉は途切れて聞こえなかったが、なぜか最後の言葉は最もドゥームに似つかわしくなく、そして真実を言ったようにも聞こえた。だが怒れるグウェンドルフにはどうでもいいことだった。

 グウェンドルフはその力強い翼を羽ばたかせると、再び空に舞い上がった。霧が吹き飛び、サーペントの無残な死体が露わになる。


「この大地は再度浄化する必要がある。サーペントよ、至らぬ義兄を許せ。輪廻の先か、死後に精霊の世界があれば、また語らおうぞ」


 グウェンドルフは全力でブレスを吐いた。圧倒的な火力を前に、沼地はサーペントの遺体ごと浄化されていく。グウェンドルフは灰となったサーペントを見届けると、悲しげな方向と共に空高く消えていった。

 グウェンドルフがいなくなったのち、ドゥームは再び姿を現した。先ほどの地点からはかなり離れているが、グウェンドルフが放った火により高く舞い上がった沼地の汚泥が、頭上からゆっくりと降ってくる。高さ1キロにも及ぼうかという爆炎は雲となり、ただでさえ暗い沼地の空がさらに光を遮るのがわかった。ドゥームは苦い顔でその光景を眺めていたが、オシリアが出現すると表情を陽気な表情に戻した。


「やられちゃったよ、オシリア。あいつ冷静だった」

「もう少し短絡的な相手だと聞いていたけど?」

「腐っても真竜ってことだね。オーランゼブルの言いようでは、真竜の中で一番の大空おおうつけなんて言われていたらしいけど、そんな感じじゃなかった。逃げる手段を準備しておいて正解だったね。代わりに悪霊をほとんど持っていかれたけど、しょうがないか」

「とんでもない威力のブレスだわ。それに私たちのような悪霊ですら、全て消滅させるような攻撃ね。町一つどころか、国が吹き飛ぶわ」

「ああ。ドラグレオの白銀のブレスとはまた違うけど、あれだけの衝撃と威力なら意識が保てない。自我を持つ悪霊ってのは、姿形がない意識の集合体みたいなものだからね。意識がなくなれば死んじゃうかもしれない。もっとも僕は時間がかかるだけで、きっと再生できるけどね」

「私とマンイーターは無理だわ」

「そうかもしれないね。ところでマンイーターは?」

「あそこよ」


 オシリアの指さした先でマンイーターがもがいていた。マンイーターはこの短期間でかなりの存在を取り入れた。インソムニアを取り込んだ後の安定にもかなり時間を要したのに、短期間にフェアトゥーセ、リビードゥ、ザラタンロード、さらにはサーペントまで取り込んだのである。いわゆる、消化不良を起こしていたのだ。

 マンイーターの姿が歪み、そして徐々に骨格が大きくなっている。背中や頭にはインソムニアやリビードゥ、そして取り込んだ魔獣達が消えては出現し、フェアトゥーセとサーペントが苦悶の表情を取りながらぶつかったとき、微かに安らいだように見えた。その直後、マンイーターの変化が安定した。骨ばった体は消え、リビードゥのような艶やかな女性の体と、インソムニアのような漆黒で流れるような黒髪。そしてまっとうに成長すればおそらくはこのような健康的な美人になったであろうマンイーターの顔がそこにあった。

 マンイーターはしげしげとしばし自分の姿を眺めると、ドゥームに向き直った。


「安定したわ」

「サーペントまで取り込んだ感想はどうだい? 一部だけでも食べればその力は取り入れられると思ったんだけど」

「一部でよかったわ。あれほどの存在、まるごと食べていたら今頃満腹で破裂していたかもしれない。いえ、それはそれで本望かもしれないけど」

「力だけ取り込めたと?」

「知識もよ。同時にフェアトゥーセの力と知識も取り込んだわ。相性がよかったみたい、あの二人。今は中で静かに眠りについている。人の体をゆりかごか墓標代わりにされるのは癪だけど。おかげで別の存在になったわ」

「じゃあ君はマンイーターではない?」

「マンイーターでもあり、リビードゥでもあり、インソムニアでもあるわ。それに他の生物達の意識も共有できるわよ。優先権は私だけど」

「ならば名前も変えるべきだね・・・そうだね、デザイアでどうかな?」

「あなたが主なのは変わらないわ。好きに呼んで頂戴。というわけで、警戒は解いてくれないかしら、ティタニア?」


 デザイアが振り向いた先には警戒心をあらわにしたティタニアがいた。剣の柄にかけていた手は、かろうじて離れたようだ。



続く

次回投稿は、6/22(木)9:00です。

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