濁流に呑まれる光、その11~止まらぬ悪意①~
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グウェンドルフは沼地で一人、放心状態となっていた。目の前には首から上のないサーペントの死体。濁流により汚れた沼地に血の海が広がる。何があったのか、グウェンドルフには知る術もなかった。
「これは一体・・・・・・何があった?」
「教えてあげようか?」
ドゥームが姿をするりと現す。背後から気配もなく現れた幽鬼のような相手に、グウェンドルフは自分がひどい油断をしていたことに気付いた。今攻撃をされていたら、無条件で受けていたかもしれない。
グウェンドルフは失意と怒りを隠しながら、ドゥームに対峙した。
「貴様はオーランゼブルに仕える悪霊だな。何の用だ」
「仕える、ってのはちょっと語弊があるね。仕えたくて仕えているわけではないし、そもそも仕えているつもりもない。僕たちが精神束縛で強制的に従えさせられているってのは知っているかい?」
「無論だ、そうでなければ説明がつかないからな。最初に出会った時に気付いていたし、オーランゼブルはもともと敵を打倒する時にも精神操作で敵の意欲を削ぐことを行っていた。私は反対だったが、争いそのものを行わないという点では優秀だった」
「(ちっ、こいつ・・・)」
そうと知っていて何もしなかったのかと思うと、中々くわせものだなと思った。最初から気付いていてそれを指摘しないとなれば、アルフィリースもさほど苦労せずに済んだのではないか。だがグウェンドルフは最初の時に洗脳を指摘しなかった。もしあの場で洗脳の可能性を示唆すればとんでもなく混乱した状況になることは否定できなかったが、決着はついていた可能性が高い。そして怒れる真竜の長と、本気のハイエルフの長の争いを前に、生き残れる者が何人いたのだろうか。半分でも減っていれば、その後の犠牲者は減っていたであろうに、グウェンドルフはその選択をしなかったのだ。
ドゥームは慎重に言葉を選ぶべきだと思ったが、結局姿を現したこと自体が賭けではある。今さら後には引けなかった。
「知っているなら話は早い。僕はオーランゼブルの洗脳を一部解いた。だがオーランゼブルはまだ気づいていないし、もし悟られればまた洗脳されるだろう。だが黒の魔術士は崩壊状態だ。今ならオーランゼブルを守る者はいない」
「それを私に伝えてどうする?」
「オーランゼブルを今なら殺せる。僕には無理でも、あんたなら」
ドゥームは思い切った賭けに出た。これは予定していた行動ではない。グウェンドルフの考えも読めなかった。もしグウェンドルフの不興を買えば、殺される可能性も否定できない。一息で街を吹き飛ばすと言われたブレスに耐えられる保証はどこにもない。
だがグウェンドルフの表情を見るに、迷いが感じられたのだけはわかった。グウェンドルフが戸惑いがちに否定したことをドゥームは見逃さない。
「そのような誘い、乗ると思うのか。仮にも奴は親友だ」
「だからその親友に真竜の里を滅ぼされ、今またサーペントを殺されたわけだが? オーランゼブルは最初から、アノーマリーに真竜を殺せるだけのエクスぺリオンを開発させていた。サーペントの件も同様だ、僕たちに抹殺命令を出した」
「ならば貴様がサーペントを殺したわけか」
「僕だって命令とあれば受けざるをえない。逆らえば殺されるか、精神束縛で生ける人形となるだけだからね。魔人ブラディマリアでさえ逆らえない魔術に逆らうだけの手段をもたないのに、僕にどうしろと? 束縛が解けたのは偶然に過ぎないし、サーペントを倒せたのも偶然に過ぎない。僕たちだって、誰が好き好んで真竜なんかと戦いたいものかよ。だけどこれ以上奴の言うことを聞いていると、どうなるかなんてわかったものじゃない。こっちも命が惜しいんだよ。あ、悪霊だから正確には命なんてないのだけども。
だが今ならオーランゼブルの居場所がわかる。これは千載一遇の好機だ。そしてあんたがここに来たのも運命だ。奴の計画がなんであれ、もう殺した方がいい。このままじゃあこの大陸は奴の言いなりになってしまうぞ? どうだ、僕が案内するから奴を始末しないか?」
ドゥームは虚実を混ぜながら言葉を紡いだ。もちろん独断でサーペントを殺したし、オーランゼブルの計画も知っている。グウェンドルフの反応を見て、どこまでグウェンドルフが理解しているかを見極めるつもりだった。
ドゥームとしては、オーランゼブルを殺すための計画は別にある。だが、計画には危険が伴う。もしグウェンドルフがオーランゼブルを殺してくれるなら、それにこしたことはないと考えた。
だがグウェンドルフの反応は予想外だった。
続く
次回投稿は、6/20(火)8:00です。連日投稿になります。