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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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魔王の工房、その1~エルザの回想~

「印がある・・・もうすぐね」

「はい」


 アルフィリース達がライフレスと戦っていた頃。場所は、アルフィリース達が最初に魔王と戦ったルキアの森のさらに奥。ローマンズランド王国の属国であるリアナ王国の端にある、そのメリトノエル山中。

 リアナ王国は平和な国家で、サリード湖という世界一美しいと言われる湖を有した静かな国である。だが資源と言ってもその湖くらいで、湖で取れる生物はどれも美味だと言われるものの、リアナ王国が湖をできるだけ自然の形で残そうという意向を示したため、国益のために有効活用はされていない。

 ローマンズランドとしても国庫は潤っている方だし、あえてリアナ王国から絞りとる必要性も感じないため、リアナ王国の意向を尊重するという形でサリード湖は放置してある。だからこそサリード湖は手つかずで、世界一美しいと褒めそやされるわけだ。今では貴族たちの絶好の保養所となりはしているが、だからこそ一定の手入れもされて綺麗に維持されていた。


 そんなリアナ王国に横たわるメリトノエル山は、標高こそ高くはないが、いくつかの国の国境になるスフレ連峰の一部を形成している。ここには大した資源も無く、それなのに魔物が多いと評判で開発がいまだ充分に進んでいない。そのためまともな街道も作られておらず、あったとしてもせいぜい獣道程度だった。

 そんな道無き道を行く、うら若い女性が二人。アルネリア教のシスター・エルザと、その護衛であるイライザ。彼女達は大草原でミランダに伝言を残した後、本来の任務である教会襲撃犯の本拠地を捜索していた。といってもミナールが放った『犬』によって既に捜索は終わっており、今は現地にまで歩いて行くところだった。


「結構遠くまで来たわね。でもここなら確かに人気もないし、拠点を作るにはもってこいだわ」

「そうですね。普通の人間がここに来る理由はないですから」

「仮に見つかっても、魔物のせいにして口封じができるわ」

「はい」


 淡々と返事をするイライザに、エルザは多少不審気な視線を送る。その視線に気付いたか、イライザの目線がエルザのものと交差した。


「いかがされましたか、エルザ様」

「・・・貴方と組んだのはこの任務からだけど、全く口答えしないわね。いつも表情も口調も変わらないし。『シスターが口封じなんて物騒だ』とか言わないわけ?」


 エルザが今まで組んだ人間達は、エルザの戦い方や考え方に触れると難色を示す者も多い。アルネリア教には各国の貴族の子女の留学も多く、スラム出身のエルザとは、所謂いわゆる肌が合わない人種も多い。


「いえ、私にそのような権利はないかと思います。ただ私はエルザ様の命令に従うのみ」


 だが、イライザはまっすぐエルザを見据えて答えた。その口調には淀みがなく、心からそう考えているのだろう。だがそんなイライザを見て、エルザはため息をつく。


「ふー。いい、イライザ? 私はパートナーに人形はいらないわ。そりゃ基本は私の命令に従ってほしいけど、私がいつも正しいとは限らないし、自分の意見もしっかり持っていて欲しい。私が間違ったら修正してもらわないとね」

「それは構いませんが、貴方が状況判断を間違ったことなど、聞いたことがありませんので」


 イライザのその言葉もまた真実であった。エルザ=ヲルドリクセン。巡礼任務につくシスターの中でトップクラスの実力者であり、この8年間で解決した案件は実に100を超える。巡礼に付かずとも、アルネリア教会本部に勤める者ならだれでもその名を知っている、高名なシスターだった。

 彼女がアルネリア教に所属したのは16の時であり、現在26であることを考えれば、これは異常な成長・出世速度といえた。所属から実に2年で巡礼の任務を拝命しており、その時から解決できなかった任務はまずないと言われている。

 特に彼女が優れているのは、その状況判断能力。パートナーの特性を理解し、その力をいかんなく発揮させる。しかもパートナーの多寡を問わない。そのため彼女と組んだことがある者は能力を開花させ、その後必ず出世すると評判だった。

 巡礼をするものなら一度はパートナーを組んでみたいと思う憧れのシスターであり、それはイライザも同様だった。イライザがエルザと組むことを光栄に思っているのは、紛れも無い本音だった。


「エルザ様と任務を共にできることは私の誇り。どうかこの若輩に、御教授・御鞭撻のほどをお願い申し上げます」

「・・・かったいわねぇ、貴女。もっと、こう、柔らかくならないの? このほっぺみたいに」


 エルザがイライザの頬をぷにぷにと突く。イライザの頬はかなり突き心地がよく、エルザは旅の間中暇さえあればイライザの頬を突いていた。イライザはそれでも全く反抗しなかったのだが。


「はあ」

「『はあ』じゃないわよ。このままじゃ貴女、『スリーサイズは?』『今日の下着の色は?』なんて質問にも平然と答えそうで怖いわね」

「・・・上から83、59、87。下着は黒のレースですが、何か?」

「あ、そう。って、本当に答えてんじゃないわよ!」

「・・・フ」


 思わず突っ込むエルザに、イライザが薄く笑って返す。反応がアルベルトそっくりである。冗談は通じないが、自分からは言うらしい。


「ぐぅっ、その反応までアルベルトそっくりね。イラッとするわぁ」

「アルベルトを御存じで?」

「当然よ。私がアルネリアに来た同時期に、彼は聖騎士団に入隊したのだから。あんの堅物は、どんだけ私が笑わそうとしてもちっとも笑わなくてさぁ。そのくせに、何も無い時だけこっちを見て『・・・フ』って言うのよ? まるで小馬鹿にしたみたいに。ああ、思いだしても腹が立つ!」

「そうですか・・・」


 イライザの目の前で地団太を踏むエルザに、ちょっとイライザは戸惑いつつも最近流行りの『放置ぷれー』なるものを試してみることにした。

 イライザは態度こそアルベルトそっくりだが、内面では結構流行や身だしなみに気を使ったり、年頃の女の子らしい部分は充分に有しているのだ。ただ表に出さないだけである。実際、誰に見せるわけでもない下着も、成人になったので少し冒険してみたくて、初任給で買っみた。

 そんなイライザの内面まで知ろうはずもなく、エルザは少しぷりぷりと怒っている。


「どうしてラザールの連中は、そんなのばっかりかしらね。むっつりの遺伝子でも有しているのかしら?」

「それは存じ上げませんが・・・」

「冗談よ!」


 エルザが乱暴に吐き捨てる。これが彼女本来の態度と性格で、エルザはその本質においてミランダに非常に近いところがあった。巡礼任務を目指したのだって、元はミランダの講演を聞いてのことだった。

 その時のミランダの講演は最初のくだりが衝撃的すぎて、お上品なシスター達は皆眩暈を覚えて出て行ってしまったが、その後語られたことは実に実践的な事柄ばかりだった。女一人の旅がいかに危険か、世間にはどのような誘惑があるか、身を守る方法は、誘惑に打ち勝つ方法は。内容はとてもそうは聞こえなかったが、それらの事柄に自分の経験を交えながら、ミランダは話してくれた。現に彼女の講演を最後まで聞いていた者は、今ほとんど巡礼の任務で活躍している。

 その話をエルザは聞きながら、つまらないと思っていたアルネリア教会にも面白い人物がいることに気付き、彼女を目標に頑張ってみることにしたのである。ミランダは覚えていないかもしれないし、実際会った時にも彼女はエルザに気がつかなかったが、講演の後に少しエルザとミランダは話をしていたのだ。


***


 それはもはや10年近くも昔のこと。


「アノルン様、覗いたいことが」

「あら、何かしら? 可愛いシスターさん」


 ミランダ――通称はアノルンだが――の講演が終わった後、エルザは知らず知らずのうちにアノルンの後を追いかけていた。背後から走って追いつくエルザの声に、アノルンがニコリと微笑み振り返る。その精霊の様な容貌に、女性であるエルザですら少しドキリとしてしまった。だが動揺は心の底に押し隠し、エルザはアノルンに質問を投げかけた。


「貴女は、自分のあり方に疑問を持たないのですか?」

「あり方、とは?」


 アノルンはエルザの質問に首をかしげた。あまりに抽象的な質問だと思ったのか、アノルンの表情が少し翳ったような気もしたエルザだが、言葉を探して言い直す。


「え・・・と。なんというか、巡礼を行うことの意義とかです。なぜ自分がこんな苦しいことをしなければならないのか、どうして自分が苦しむ傍で能天気に笑う人間がいるのか、どうして自分が・・・」

「質問は順序立ててからしてくれると、ありがたいんだけど?」


 アノルンがエルザの言葉を遮る。その毅然とした一言にはっとしたエルザは、今まで下げたことも無い頭を思わず下げていた。


「す、すみません! つい」

「まあいいわ。今の貴女は道を見失っているのね」


 アノルンがため息をつきながらエルザをまじまじと見つめる。そしてその肩に手をおくと、エルザを正面から見据えた。


「そんな迷える貴女は、アタシの言葉が欲しいのかしら?」

「・・・はい」


 エルザは自分がこんな気持ちになるとは思ってもいなかった。第一自分が人生で思い悩むこと自体皆無だと思っていたし、またそんな自分が他人を頼ることも無いと思っていたのだ。だがアルネリア教会に来てわずか3カ月程度。ここの生活は、今まで彼女が信じていたものを完全に崩壊させた。

 エルザはスラム出身である。生きるために、それこそ悪い事を腐るほどやった。盗み、恐喝、暴行・・・やってないのは殺人だけ。頭も回るそんな彼女は、スラムのリーダーの一人だった。チンピラの様な連中をまとめて、街の自警隊や傭兵達を何度も退けたこともある。

 だが有名になりすぎた彼女はついに騎士団に捉えられ、あやうく獄中に繋がれるところをアルネリア教会に拾われた。また自分を拾ったのが、年端もいかない少女の風体をしたシスター(当時の彼女は知らないがミリアザールである)だったのも、エルザには意外で興味を引かれたのだ。。


 アルネリアに来てからの彼女の生活は一変した。今まで他人を一度も信用したことの無いエルザだったが、ここの住人は他人をいとも簡単に信じ、また他人のために行動することを厭わない。それはエルザにとっては偽善者ぶった行動にしか映らなかったが、同時に居心地は悪くなかった。

 ひょっとしたら自分はこのような人達に囲まれるのが向いているのかもしれない――そんな感情の変化に戸惑う彼女は、自分の立っている場所を失いそうで怖かったのだ。自分が今までしてきたことを、全て否定されたようで。また今までの自分が間違っていたのではないかと思うことで、自分に信頼を寄せた者を裏切るような気がしたのだ。

 だからこそエルザはアノルンにすがりたかった。アルネリアの住人は善人がほとんどだったが、だからこそ自分の悩みは理解されないとエルザは思っていた。だが、目の前の天衣無縫なこのシスターなら。そんな一縷の望みを、エルザは抱いていたのである。

 だが、その淡い期待はいともたやすく砕かれた。


「よく聞きなさい。貴女が迷おうがどうしようが、知ったこっちゃないわ」

「・・・・・・は?」


 あまりといえばあまりな答えに、さしものエルザも一瞬耳を疑った。だがアノルンはさらにまくしたてる。


「いいかしら? ここでアタシが貴女の生い立ち、言い分をゆっくり聞いて、最も貴女に即した答えを出してあげるとする。それはきっと容易いわ。でもね、その答えは薄っぺらいのよ。貴女のように人生の指針を見失った人間が欲する答えは、私の中なんかに転がってなんかいやしないわ」

「でも・・・」


 さらに喰いすがろうとするエルザを、ミランダはやや乱暴に突き離した。突然の事に、思わずエルザはバランスを崩す。


「あっ」

「いいかしら。たとえばアタシがここで何かしら、貴女が納得のいく答えを与えたとする。でもその答えは一時的だわ。何せ人間は時と共に変化するものだからね。いずれ納得がいかなくなったり、あるいはすぐにその時は訪れるかも。そして上手くいかなくなれば、貴女はきっとアタシのせいにして言い訳するのよ」

「そんなことは!」

「いいえ、するわ。間違いなくね」


 にべもなく、ぴしゃりとアノルンは言いきった。さらにアノルンは、エルザに言葉を浴びせかける。


「ああ、勘違いしないでほしいけど、貴女を責めているわけじゃないの。人間は弱い生き物だから、誰しも同じ道を辿るのよ。きっとアタシもね。間違えたら、追い詰められたら他人のせいにしたくなる。だからこそ人は自分の生きるべき道は、自分で探さなくてはならない。たとえそれがどんなに荊の道だろうが、間違っていようが、ね」

「人の道を踏み外しても・・・ですか?」


 エルザがおずおずと尋ねる。だがアノルンはそんなエルザの悩みを、いとも簡単に笑い飛ばした。


「アッハハ、貴女面白いわねぇ!」

「な、なんですか。藪から棒に」

「人の道を踏み外すような人間は、端からこんな疑問は持たないのよ」


 アノルンはエルザの方を指さしながら、少し悪戯っぽく笑う。


「いいかしら? 本当に人間の道を踏み外すようなクズは、はなからその道を歩んでいるのよ。その点で貴方は至極まっとうな人間よ。それに道を踏み外すんじゃない、踏み外したように見えるその道もまた貴女の道よ。自分が歩む道をどのようにするかは、結局自分次第。自分が卑下すればどんなに素晴らしい道でも獣道にしか見えないし、逆にどれほど外道が歩むような道でも、本人が最高の気分で見れば輝いて見えるでしょうよ。それとも、貴女は万人が見て、どこからどう見ても輝いているような道を歩みたいとでも?」

「そんなことは・・・ないですが」

「なら、いちいちつまらないことを気にするんじゃないわよ。そんなことでうだうだ悩むよりは、まず行動あるのみ。そして自分の歩む道が気に入らなければ、他の道に鞍替えしたらいいのよ。人生は短いわ。うだうだと悩む時間すらもったいないのよ、普通の人間にとってはね。それじゃダメなの?」

「はぁ・・・」


 自分以上に強引な考え方のアノルンに、びっくりするエルザ。なんだか煙に巻かれたような気がしないでもないが、同時にその言葉は力強く、背中を押されているような印象をエルザは受けた。その一方でアノルンがどことなく寂しそうな表情をしたことに、エルザは気がつかなかった。

 その内心を読みとったのか、アノルンは最後に軽く微笑むとエルザに背を向け歩き出す。だが数歩歩いたところでピタリと足を止めて呟いた。


「これはアタシのぼやきだけど・・・」

「?」

「どうしてもやることが見つからないのなら、巡礼のシスターを目指しなさい。やり甲斐はあるし、巡礼をする過程、あるいは目指す過程で何かしら見つかることもあるでしょう。別に気にいらなかったら途中で投げ出してもいいんだしね。それにね」


 アノルンがくるりと振り返る。


「人出が足らなくて困っているから、貴女が来てくれるとアタシが楽できるんだけど?」


 そして悪戯っぽく微笑むと、今度こそ本当に去って行ってしまった。そして、その場に残されたエルザは、知らずしらずアノルンが去った方向に深く礼をしてしまっていた。



続く


次回投稿は3/6(日)15:00です。


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