濁流に呑まれる光、その10~少年の動揺③~
「僕がやろう」
「ドゥーム?」
ピートフロートの意識の底からドゥームが起きてくる。本体は沼地にあるのだが、意識の一部をピートフロートの意識を移した妖精に分けていたのだ。ピートフロートもドゥームがこんなことまでできるとは思っていなかったが、確実にドゥームもまた進歩しているのだ。ドゥームは本体に合図を飛ばすと、ピートフロートが出口として利用した地脈の上に本体を立たせ、そこに悪霊をありったけぶつけていた。
ドゥームが何をしたいか、ピートフロートは瞬時に理解した。
「ファーシル、思うように動けないんだ。ちょっと手を貸してくれない?」
「わかった」
ファーシルは疑うことなく、ピートフロートに手を添えて、地脈の中を追った。そしてピートフロートの利用した出口から出ようとして、突然痛みと共に弾かれたのである。
「ぐっ!?」
「どうしたの、ファーシル?」
ファーシルとしてもこのような経験は初めてであったため動揺したが、さほど損害はないことを確認していた。
「・・・? わからない、何か渦のようなものにぶつかった感覚があった。だがこれはあまりよくないかもしれない。ピート、自力で戻ってこれないのかい?」
「それが・・・思うように動けないんだ。出口はわかるんだけど、何かに邪魔されているみたいだ。それに地脈の噴出が凄くて」
「それはいけないな。意識が一部とはいえ切り取られると本体にも影響が出る。仕方ない」
ファーシルは苦痛を覚悟でもう一度出口に突撃した。体が渦に巻き込まれたように軋むが、なんとか腕だけを外に出してピートフロートを呼んだ。
「ピート、いまだ。つかまって」
「ちょっと待って、そこまですぐにつかめない」
「早く、長くはもたない」
ピートフロートはファーシルの手を掴むような動作を繰り返し、そしてファーシルが限界を迎えそうなところでようやくその手を掴んだ。ファーシルは手ごたえをつかむと、思い切り魔力を込めて引っ張った。引っ張られる渦から抜け出るような感覚があり、ファーシルとピートは元の体に意識を戻していた。
「ぷはぁっ!」
「ふぅ・・・やっぱりまだ自分でもこの魔術の使い方は不十分だね。すまないピート、怖い思いをさせた」
「そんなことないよ。僕も興味があったんだし」
「そう言ってくれるなら助かる。ところで何も見なかったのかい?」
「そうだね・・・遠くに大きくて青い竜がいたみたいだけど、『それだけだった』よ?」
「大きくて青い竜・・・サーペントか。ならば沼地の浄化が終了していない部分に出たんだな。確かにそれなら僕も通れないし、そもそも浄化された部分には地脈がないから僕も状況を知りようがない。うん、お手柄だったねピート」
「役に立った?」
「ああ、十分さ」
ファーシルは笑顔でピートの頭をなでると、一度魔術の行使を止めた。そして獣を仕留めるために罠をしかけておいた部分を見に行こうとして立ち上がると、腕に痛みを覚えたのだ。
「つっ!?」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
ファーシルは腕の部分に痛みを覚えたが、怪我をしているわけではない。痛みも今はなく、気のせいだろうと思った。
ファーシルの様子を見ながら、ピートフロートはドゥームに語り掛けた。
「(楔を打ったのかい?)」
「(ああ、小さな針みたいなものさ。喉にもひっかからない魚の骨のようなものだよ。そうでないと気付かれるからね。だけどその針のようなものから、マンイーターの能力を使って彼の夢に干渉する。ハイエルフだろうと夢の世界は無防備だろうからね。そうして少しずつ彼の人格に干渉するのさ)」
「(僕も協力するよ。それに最初は夢じゃなく、無意識の領域から攻めた方がいい。その辺は僕も得意分野だ)」
「(ははっ、いいのかい? 本当の友達になるとか言ってたと思うけど?)」
「(いいんだよ。確かに彼とは友達になりたいが、潔癖すぎてもうちょっと汚れた方が仲良くなれそうだ。それにああ見えて猜疑心も強ければ嫉妬もある。僕好みの性格になりそうだよ、彼)」
「(まいったね、こりゃあ。誰が一番の悪党なんだかわかりゃしない9」
「(誰も彼もが悪党さ。ただ誰がよりマシな悪党か、それだけだ。善人なんて、見たことがないね)」
ピートフロートの言葉にドゥームは口笛を吹いて賛同と関心を示した。ピートフロートは自分で発した言葉に嫌悪感を覚えながらも、幾度も繰り返してきた行為をまた行うことに、興奮を禁じ得なかった。
そう、人の人生を口先だけで狂わすという行為に。
続く
次回投稿は、6/18(日)9:00です。