濁流に呑まれる光、その9~少年の動揺②~
ピートフロートがじっとファーシルを観察していると、いつもよりも饒舌なことに気付いた。どうやらこちらが元の性格なのかもしれないが、何らかの理由で緊張感がないのか、張り詰めた感じがやや弱いように感じられる。
ピートフロートは、ここが切り崩す好機かもしれないと感じた。
「何かあったの、ファーシル。いつもと様子が違うようだけど?」
「・・・君は鋭いな。どうやら僕の役目はもうすぐ終わりを迎えそうでね。ちょっと寂しい反面、ようやくここまで来たかっていう安心感もあるんだろうけど、自分の感情をどう表現するべきかわからないのさ」
「役目って何?」
「それは君にも話せないな。とりあえずはこの一帯の安全と管理、それに食糧調達と他の土地の情報収集かな。大切なものを守っているとだけ言っておくよ。もう守る必要がなくなるだけさ」
「役目が終わったら、会えなくなる?」
「ははっ、そんなことはないさ。むしろ平和になれば、もっと君に色んなことを教えてあげられるだろう。今は他のハイエルフたちも動けないけど、彼らが動けるようになれば僕も自分の時間をもっと持てるだろうし。こう見えても一族の中では最も年若い方でね。言ってしまえばまだ子どもなのさ」
「(他のハイエルフ・・・生きているのか)」
そのことに関して確信がなかったピートフロートだったが、どうやら水晶に閉じ込められているハイエルフは生きているようだ。ならばあそこで何が行われているのか。ドゥームがアノーマリーから得た知識とピートフロートの知識を合わせて考えれば、魔力の供給をしているのは間違いないだろう。問題は、『何に』供給しているかだ。
ドゥームの意見を聞いてみたいが、ドゥームはまだここにはいない。沼地で息を潜めて潜伏しているはずだ。ピートフロートはしばし黙っていたが、その様子を見て心配したのかファーシルは話題を変えた。
「ああ、すまない。君には難しい話だったかな。それよりも今日はさっき話した僕の魔術を見せてあげよう。これを使えば、ここにいながら他の土地の様子を見られるんだ。見ててくれよ」
ファーシルは何事かをつぶやくと、地面にそっと手を添えた。手には植物が絡みつき、魔力が地面に注がれていくように見える。言語はおそらく古代エルフ語であり、ピートフロートにも理解することができないが、周囲の植物のざわめきと囁きは聞き取ることができた。
「(アルジ・・・ワレラが主)」
「(オツタエシタク・・・お話シタク)」
「(ナガレにノッテ・・・言葉をナガレに)」
植物の言葉は断片的だが、それでもファーシルに向けて語り掛けているようだ。流し込んだ魔力以上の膨大な言葉と魔力が、地脈をつたってファーシルに流れ込んでくる。
常人ならその魔力の流れを受けて発狂するか、よくて魔力酔いを起こす。人間が発狂する魔力を受けて平然とするあたり、どれだけ年若かろうともファーシルはやはりハイエルフなのだとピートフロートは再認識した。
ファーシルは魔術の起動を一回止めると、額の汗を軽く拭った。
「ふう・・・どうやらローマンズランドの南下作戦はそれほど上手く行っていないようだね。兵站の問題か、相手の抵抗が激しいか・・・思ったよりも進軍ができていないようだ」
「・・・それってどこの土地のこと?」
「ああ、ここから飛竜で7日は離れた場所のことだよ。といっても、わからないか」
不思議そうな顔を演技でしながら、ピートフロートはただただ感心した。そんな離れた土地のことがわかるなら、なんとも便利ではないか。ドゥームのことを放っておいて、その魔術を本気で学びたいと考えた。
「ねえねえ、その魔術は僕にもできる?」
「ええ? うーん、どうだろうな・・・僕は元素をいくつも扱えるし、相性の悪い土地のことは今でも難しいから改良が必要だろうし・・・そうだ、君は闇の属性だったよね? なら一つ試してほしいんだけど・・・」
ファーシルはコツを教えながら、起動させた魔術をピートに触れさせた。どうやら自分で魔術そのものを起動させなくても、ファーシルの許可があれば使用できるらしい。ピートは魔術を使用してみて、非常にくすぐったいような感覚に囚われた。両手が地面の下を高速で這いずりまわり、目を閉じれば出口がいくつも見えるような錯覚に陥る。出口は様々な色で輝いているように見えるが、光輝くものに近づこうとすると目も手も痛んだ。逆に薄暗い輝きはどうということはない。どうやら相性のよい精霊や元素がいつ土地を色で認識しているということらしい。相性の悪い土地に関しては、除くことに多大な苦痛が伴いそうだった。
その中でも特に大きく薄暗い出口をピートフロートは選んだ。その出口から出ると、目の前には知った光景が広がっていた。
「これは・・・沼地?」
なんとピートフロートが無意識に選んだのは沼地だった。先ほどまでドゥームが戦い、濁流が押し寄せ浄化された土地も水も消えてしまったから、確かに土地は汚染されただろうが。ファーシルは闇の属性を持たないから確認のしようがないのだろう、ピートが出口から外に出たのに気づくと、質問を投げかけてきた。
「どうだい? どこかの土地に出たかな?」
「出たみたい・・・でも、どこかはわからないよ」
「それはそうだ。そういう時はその土地の精霊なんかを探して質問すればいい。力の弱い者なら、地脈から出てきた我々には無条件で従うはずさ。周囲に精霊か植物はいないかい?」
ファーシルの問いかけにまずい、とピートフロートは感じた。ファーシルは当然のこととして質問しているだけだが、これは致命的な質問になりえると直感した。沼地であることはもうわかってしまっているし、ファーシルはピートを通じて自分が出入りできない土地のことを調査させるつもりなのだ。この状況を――沼地でサーペントが打倒されたことを知ると、ファーシルのみならずオーランゼブルが動く。
ピートフロートは出口から戻ろうしたが、地脈から魔力の噴出が激しくて自分では操作できない。どうやら帰る時はファーシルの助けがいるが、この状況で戻るのは不自然だ。ピートフロートが周囲を確認するふりをしながら打開策を考えていると、思わぬ救いの手が差し伸べられた。
続く
次回投稿は、6/16(金)9:00です。