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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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濁流に呑まれる光、その7~海竜の慟哭⑥~

 サーペントの思考は怒りで滅茶苦茶になっていた。どうして心正しく生きてきたはずのフェアトゥーセや自分がこんな目に遭うのか、目の前に現れた悪霊たちの狙いはなんなのか。フェアトゥーセが魔女の団欒から帰ってくれば、幸せな時間が過ごせるはずだったのに。いったい何を間違えて、どうしてこうなったのか理解が追いつかない。ただ、悲しみを塗りつぶす怒りだけがそこにあって、見えないはずの視界は血で、怒りで真っ赤に染まった。

 サーペントの怒りはあふれ出る魔力となり、魔力は沼地を振るわせて伝わった。目の前にいる全てを吹き飛ばさねば気が済まない。フェアトゥーセの姿をした何かを吹き飛ばし、自分も後を追おう。そう考えた行動に移そうとして、サーペントは突然思考と怒りが消え去るのを感じた。

抗いがたいほどの強烈な眠気。サーペントは自らの体の屹立を保てないことを知り、水の上に飛沫と共に倒れ伏した。


「こ・・・れ、は」

「ようやく効いたみたいだね、眠り丸薬ヒュプノスが。使えばいかな古代の魔獣でも眠りに誘うと言われた自然界の産物。失われて久しいと言われていたけど、人間の世界を巡って仕入れることに成功した。いや、真竜にも効いてよかった。こればかりは使ってみないとわからないからね。そして君に効くことで、マンイーター、いや、インソムニアの能力が活きる」

「何?」

「せめて幸せな夢を見せてやるよ」


 ようやく体を起こしてきたドゥームが顎でマンイーターを促すと、眠りに落ちるサーペントを夢の世界に誘った。抗えない眠りの中、サーペントはフェアトゥーセが迎えに来るのを見た。美しいフェアトゥーセが優しく微笑み、サーペントは満足な温かさの中、深い眠りに落ちていった。

 ドゥームが満足そうに頷くと、ティタニアとテトラスティンもゆっくりと姿を現した。


「――これが狙いか。生かさず殺さず、封印に近い状態。だがここからどうする?」

「体の一部は魔王の材料としていただくさ。だけど今殺すとさすがにオーランゼブルに気付かれる可能性もあるし、その時にライフレスはともかく、ブラディマリアが派遣されるのはさすがにまずい。ブラディマリアだけはまだ対抗策も見つかっていないしね。

 かといって起きていられても困る。この土地は穢れていた方が都合がいいんだ。オーランゼブルはこの土地の浄化が進んでいる前提で術式を組んでいるからね」

「なるほど、大規模になればなるほど、精密さは度を増すということか。だが歯車を狂わせたときの影響はどう考えている?」

「そんなの知ったことじゃないし、どうでもいいことだ。それより差し当たっては、あれをなんとかしよう。ティタニア!」


 ドゥームが見たのは、先ほど怒り狂って魔力が暴走したサーペントが放った大津波。沼地に群生する木々を巻き込みながら、先ほどのサーペントほどの高さの濁流が押し寄せる致命的な光景だった。このままでは沼地だけでなく、大草原にまで押し寄せて少なからぬ被害を出すに違いない。

 ティタニアは押し寄せる津波を確認すると、一つため息をついた。


「まさか尻拭いをさせるために、私を呼んだのか?」

「そういうつもりじゃなかったんだけどね。サーペントに対してヒュプノスが無効だったら君に応援を頼むつもりだった。だけど仕方ないだろう? あの津波に呑まれれば僕らはともかく、君たちはねぇ? それとも津波を斬るのは無理かい?」

「馬鹿にしているのか? あの程度、わけはない」


 ティタニアがずいと前に出た。大剣二刀を抜き放つと、一瞬空気が止まったかのようにティタニアの周囲の空気が止まる。そしてティタニアから噴き出す殺気と闘気。ドゥームでさえ見たことのないこの力は、ティタニアが呪印を全開放していたことを示していた。


「呪印、五段解放」


 ティタニアの発する気を見てドゥームが驚愕する。想定をはるかに上回る殺気を放つティタニアを見て、ドゥームも心底恐ろしいと実感した。人間が到達できる範囲の力は、とうに超えてしまっていると。何がどうなれば、あそこまでの力を習得できるのか、いや、する気になるのか。

 二刀が輝きを増すと、ティタニアは思い切り地面に突き刺した。二刀から地面に向けて地割れが無数に発生し、衝撃波が波を破壊した。押し寄せる津波は形を崩し、濁流となって地割れの中に吸い込まれていった。波がティタニアの足元に到達する時、さざ波となって彼女たちの足元を濡らすにとどまった。

 予測できたといえばその通りだが、改めて目の当たりにするとそのティタニアの凄まじさに一同が沈黙をしていた。災害を破壊する女を、なんと表現すればいいのか彼らに言葉はなかった。

 ティタニアは剣を収めると、薄く笑んで彼らの元に戻った。


「どうした、要求どおり津波は片付けたが?」

「あ、ああ。ありがとう」

「それよりも、あれをどうするかだ」

「あれ?」


 ティタニアの視線の先を凝視して、ドゥームは初めて気付いた。まだはるか彼方だが、一匹の竜がこちらに飛来している。

 ドゥームはその可能性にはっとした。


「あれはまさか――グウェンドルフ?」

「だろうな。どうする? 速度を見る限り、ものの200も数えぬうちにでこちらに到着するだろう。サーペントを夢の世界にとどめるのは結構だが、そのマンイーターがいなくなればそれも無理ではないのか?」

「それは・・・そうだね」

「ならばグウェンドルフを排除するか? 個人的には戦ってみたくはあるが、この状況を見て本気になられると、この戦力ではちと難しいだろう。それとも、ヒュプノスがまだあるのか?」

「ヒュプノスはもうない! ちょっとだけ待って、今考えをまとめる」


 ドゥームは考えながら少しその場を歩き回った。本来考える余地などない。ただせっかくのお膳立てが無駄になるのが悔しくて、受け入れるのにその時間が必要だっただけだ。


「~~しょうがない。サーペントを殺して撤退だ。ティタニア、いけるかい?」

「魔術による抵抗がなければ、真竜も他の竜とさして変わらんよ。存在があればいかに固かろうと斬ることは可能だ」

「頼もしい言葉をどうも。じゃあさっさとやってくれ、素材だけ回収して帰るから」

「いいの、ドゥーム?」


 オシリアが怪訝そうにドゥームを見たが、ドゥームもまた反論のしようがなかった。


「しょうがないさ。これもまた想定された範囲内の出来事だ。なるたけならマンイーターで乗っ取りたかったし、オーランゼブルににも気づかれたくなかったさ。こうなったらオーランゼブルが想像以上に『ざる』であることに賭けるしかない。

 もしオーランゼブルがこちらの想像以上に用意周到な奴なら、僕たちの命運は知れるかもしれないけどね」

「迂闊ね。博打が外れたかしら?」

「オーランゼブル相手に反逆しようってんだ。火中に飛びこまなきゃいけない場面もあるさ」

「(いや・・・どうかな)」


 ドゥームの中でピートフロートが囁いた。他の悪霊の主張とは違いか細い囁き越えに、ドゥームはかえって傾聴してしまった。


「どういうことだい、ピート?」

「(いや、一つの可能性を考えたのさ。あくまで想像だが――君の計画はほとんど成功に持ち込めるかもしれない」

「?」

「(賭けをするなら、ついでに一つ乗ってみるかい?)」


 危険を楽しむかのようなピートフロートの言葉に、ドゥームは好奇心と恐怖心を同時に抱かざるをえなかった。

 そしてテトラスティンが予想したとおりの時刻、グウェンドルフが到着した沼地には首を斬られて絶命したサーペントの体が無残に横たわっていた。泥濘の中に横たわった義兄弟の姿を見て、再度沼地には慟哭が延々と響き渡った。



続く

次回投稿は、6/12(月)9:00~です

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