濁流に呑まれる光、その5~海竜の慟哭④~
サーペントは反射的に咆哮を発し、リシーの動きを止めながらさらに放射状に水のブレスを吐いた。凄まじい水圧にリシーは吹き飛ばされたが、テトラスティンは咆哮が発せられる前からサーペントの背後に回り込むように動いていた。
「竜というのは、脳に直接電撃を流し込んでも平気なのか?」
サーペントの頭部にひたりと手を置くと、ありったけの魔力を込めて《電撃》を流し込むテトラスティン。電撃が効いているかに見えたサーペントは、傷ついたはずの瞼はもう塞がっており、瞳がぎょろりと自分の方を捉えたのを見ると、一瞬でその場を離れてリシーの元に合流した。
そのリシーは両手右足を捥がれながら、なんとか回復している最中だった。
「テトラ、申し訳ありません。瞼の傷が浅かったようです」
「いや、どっちにしてもダメだっただろう。水棲生物には電撃が有効だと思っていたが、あいつが体表に纏っているのは純水だ。電撃が無効化された。それに触れてわかったが、水の密度と粘度を上げて、まるでスライムのように纏っている。あれでは物理攻撃もそうそう通らん。
一部蒸発させれば霧となり、魔法を拡散。さらに周囲には少なくなったとはいえ、水柱による防御も可能だ。そして何より、喧嘩慣れしている。よっぽど若い時に無茶をしたクチだな」
「では、隙なしですか」
「普通にやればな。俺たちが精霊全種を全て使えばそうでもないかもしれんが、奥の手をさらしたくはない。ドゥームがティタニアを控えさせたのは正解だな。だがどうやってあのサーペントの油断を誘うのか」
確か切り札を持っている、とドゥームは言っていた。それが何なのかは知らされていないが、切り札も使いどころを間違えればあっさりと全滅しかねない。
確かに自分を含め、早々殺されはしないだろう。だが、自分たちの動きを封じて捕えることは可能だ。ここでドゥームの信頼を失うのは痛いが、時間を与えればせっかく凍らせた水路も崩されるだろう。撤退も含めて考えなければいけないと考えたのだが、なおもドゥームはオシリアを伴って前に出た。
「しょうがない、僕がやるか。オシリア!」
「やるのは私じゃないのかしら?」
「いや、道筋だけ作ってくれ。接近したら僕がやろう」
「珍しくやる気ね?」
「たまには格好いいところを見せないとね」
「こけないことを祈るわ」
「オーランゼブルをはめようってんだ。これくらい倒せなくてどうするんだってことだよ!」
ドゥームには珍しく勢いよく前に出たところを、サーペントがブレスで応戦する。今度は水ではなく、体の中で霧へと変化させて一面にまき散らした広範型。それも周囲の浄化された水ともなれば、悪霊のドゥームとオシリアにとっては酸の壁と変わりない。
ドゥームはオシリアごと球体にした悪霊に包み、正面から突撃した。
「ふん、それでは前が見えまい!」
先ほどよりも遥かに多い氷の槍が悪霊の塊を串刺しにする。だが次の瞬間、霧の中からは同じような悪霊の球体がいくつも飛び出してきた。一瞬面喰ったサーペントだが、すぐに気を取り直す。
「ふはは、面白い! どれが本物だ?」
あっという間に先ほどの何十倍という槍が空中に浮かび、そして一斉に放たれた。氷の槍が雨のように降り注ぎ、球体の悪霊は霧から出てくるたびに一つ残らず串刺しにされた。氷では固まらぬはずの悪霊たちも、圧倒的な槍の量にその場から動けず、冷えて固まりだした水面に次々と降り重なっていった。
しばし続く不毛なその攻防に、サーペントがいち早くドゥームの意図を読み取った。
「・・・全て囮か!」
いつの間にか背後に回り込んだドゥームに対し、サーペントが容赦なく最大出力の光のブレスを吐いた。だが、それをオシリアが念動力で無理矢理反らすと、ドゥームがそこに突撃した。
「くらえぇえええ!」
ドゥームが悪霊を身に纏い突撃する。そして自分ごと回転させて突進力を上げているのだ。
サーペントが氷の盾を幾重にも発生させて受け止めようとするが、ドゥームはお構いなしに突進した。一枚、二枚、三枚と瞬く間に突破し、サーペントの体表まであと少しといったところでドゥームは凄まじい衝撃を上から受けて地面に叩きつけられた。
続く
次回投稿は、6/8(木)10:00です。