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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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濁流に呑まれる光、その1~炎姫の覚醒①~


***


 グウェンドルフは世界の異変を感じ取っていた。地面が揺れたわけではないが、龍脈と呼ばれる大地の魔力の流れが変わったのは感じていた。空から見ているだけでも変化がわかるのだ、何が起きたかは検討がついた。古き者の誰かが起きたのだ。

 グウェンドルフはいち早く翼を動かしながら、使い魔を八方に飛ばしていた。変化の仕方から誰が起きたかはわかるわけではないが、なんとなくあたりを付けてみた。果たしてそれは当たっていたようだ。

 グウェンドルフがたどり着いたのは、グレーストーン。そこにある火山群は常に活動しているが、今日は格別火を噴いていた。山の形は変わり、火口以外の山の中腹からも火を噴いている。まるで祝祭のように盛大に火を噴く山々を見ると、おそらくここに棲んでいた生物の生活圏も変わってしまっただろうということは容易に想像できる。覚醒だけでこれだ。古き者が暴れたらどのようなことになるかは、容易に想像がつく。彼らが積極的に大陸の命運に関わるのではなく、眠りについたことも。

 そして一つの山が完全になくなっていることにグウェンドルフは気付いた。噴火で吹き飛んだのではない。ぽっかりと空いた大穴に溶岩が流れ込み、その中心に誰かがいるのがわかった。グウェンドルフは幻身で人型に変化すると、ゆっくりと降りていった。


「エンデロード様。お目覚めになったのですか」

「そこにいるのはグウェンドルフの坊やかえ? 中々よい男っぷりになったのぅ」


 温泉のように溶岩につかるふくよかな女性。大亀の魔獣、『炎姫』エンデロードの幻身した姿である。万年を生きる魔獣である彼女は竜でこそないが、長く生き知恵も力も竜以上となった。その背には火山を背負うほどの巨体であり、吐く息一つで森を焼き尽くすと言われる。氷帝バイクゼルとは性質上も犬猿の仲だが、エンデロードは一度も負けたことがない。バイクゼルなど、小うるさい小僧くらいにしか考えていないほどの大物だ。

 古竜の眠りについた場所を回るにあたって、グウェンドルフも当然エンデロードの眠る場所に何度も足を運んだ。だが、頑としてエンデロードは起きようとしなかった。グウェンドルフがまだ幼いころは眠りも浅く、かりそめの姿でよく出現していたのだが、起きているのを見るのは初めてのことだ。眠りにつくのに数百年かかったのだから、起きるのにも同様の時間が必要だと考えていたのだが、何があったのか。他の者の話では好戦的な性格ではあるが、元が亀のせいか腰は重く、積極的に動くようなことはないと思っていたのだが。朝風呂代わりに溶岩につかるエンデロードは、しっかり覚醒しているように見えた。

 グウェンドルフが溶岩近くまで降りると、さすがに熱気で顔をしかめた。真竜の鱗でも、魔術で防がねば火傷では済まない温度だ。グウェンドルフの表情を見て、エンデロードはくっと笑って察した。


「場所を変えるとしようか」

「いえ、このままでも」

「馬鹿を申せ。私にとっては湯治のようなものでも、真竜とて無事では済まん熱よ。落ち着けない場所では話し合いもままなるまい」


 エンデロードが溶岩から出てぱちんと指を鳴らすと、溶岩が彼女にまとわりついてドレスのようになった。さらに両手を下に向けてゆっくりと下ろすと、溶岩の流れが止まり、冷えて一部を固めてみせた。

 同じように溶岩を固めて即席の椅子とテーブルと作ると、エンデロードは優雅に腰かけた。


「さて。状況はおおよそわかっているつもりだが、質問があれば聞こうか」

「では、なぜ起きたのです? 以前は私が呼びかけても応じてもらえなかったのに」

「聞こえてはおったよ? だが起きるほどの強い呼びかけではなかった。起きたのは強い刺激があったからだ。一つはバイクゼルが起きてさらに死んだこと。一つは地上で一斉に死者が出始めたこと。心当たりはあるかね? それに見逃せぬ事態が発生したからだ。何か知っているかえ?」

「おそらくは全てオーランゼブルがらみでしょう。実は――」


 グウェンドルフは最近の出来事について話し始めた。オーランゼブルの行動、そしてその考えについて自分の推測を交えて話した。エンデロードはじっとその話を聞いており、終わったところで大きく息を吐いた。


「なるほど・・・オーランゼブルは責任感が強すぎるきらいがあるとは思っていたが、相当思い詰めていたのだな。それにしてももう少し他人を頼ってもよさそうなものだ」

「せめて、行動に移す前に相談してくれていればと思います」

「さて、逆ではないかとも考えれるな。お主たちのことが大切であるからこそ、相談できなかったとも考えられる」

「では悪役を演じているとでも?」

「それも聞いてみないとわからんよ。どちらにせよオーランゼブルの考えはなんとなくわかるよ。何せ――」


 エンデロードはそこまで言いかけて、はっとした。ただならぬ気配を感じたからだ。


「――時におぬし、義弟がおったな。サーペントとか申したか?」

「はい、確かにいますが。何か?」

「最近会ったか?」

「いえ。私も奴も、なにかと忙しくしていたので」

「すぐに行け。よからぬ気配が奴の周りに集まっているぞ。私が地脈を介して感じ取れるくらいの危機だ」

「! すぐに」


 グウェンドルフは一瞬で竜に戻ると、空高く飛び立った。エンデロードはそれを見届けると、背後に現れたユグドラシルに相対した。


「さて、何者かな? 私にサーペントの危機を感知させたのはそなたか?」

「そうだ。お前のような古き者が大陸の命運に関与することは許されない。それはお前たち自身がたどり着いた結論ではなかったのか?」

「確かに。我々のような強大なものが意志決定を行えば、それだけで運命が動く。たとえ決定が正しいとしても、それは多種多様な生命が生きるこの大陸では望ましくないのではないかという結論に達した。だがそれはおぬしに関係あるのか?」

「私が止めねば、お前はグウェンドルフにぺらぺらと余計なことを話しただろう。それは困るのだよ、少なくとも今はな。オーランゼブルの行動が完遂されるにしろ止められるにしろ、それは現代の大陸に生きる連中がなさねばならないことだ」

「確かにそうかもしれない。だがオーランゼブルぞ? 矮小な人間やその他の種族で止められるとは思えないのだが」

「その考え方こそが害悪だ、エンデロードよ。別に滅びても構わんのだ、それが彼らの選択ならば」

「そこまで言うお主は何者だ? かつて、この大陸に来た時にすらおぬしには見覚えがないのだが」

「老いたかエンデロード、私が何者かわからんとは。それとも、『番号』で呼んでやらねばわからんか?」


 その言葉にエンデロードの顔色が変わった。同時に目の前のユグドラシルが何者かわかったのだ。



続く

次回投稿は、5/31(水)10:00です。

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