死を呼ぶ名前、その17~災厄の姫~
「カラミティ・・・でいいな?」
「お久しぶりね、ライフレス」
顔は男のまま。だが、声は若い女性のものであった。妙に艶めかしい声だが、その声が男から聞こえるとはぞっとしない事実だった。さしものエルリッチですら嫌悪感を覚える。
「ライフレス。貴方、その姿は?」
「そうか、貴様も見るのは初めてか。これが俺の真の姿だ」
「私に見せても良かったのかしら?」
姫と名乗る声の主が、男の姿でくすりと笑う。その仕草が女そのもので、さしものライフレスも少し嫌な顔をした。
「構わんが、男の姿でそれはやめてくれ」
「あらあら、その気になっちゃう?」
「よせ」
ライフレスが追い払うような仕草をする。その姿に笑うカラミティ。
「ふふふ、からかうのが過ぎた様ね。でも、この体への定着は良好よ。このまま潜入すればいいのかしら?」
「その声でか?」
「声色は自由よ」
瞬間、声が男のものに戻る。なるほど、とライフレスは納得した。
「便利なものだ。しかし、よく操れるな。本体は相当遠くだろう?」
「任せなさい、これが私の能力なのだから。あら、他にもシーカーがいるのね」
カラミティが乗り移った男が、自分の仲間であった者達を見下ろす。だがその眼には何の感慨も浮かんでおらず、アノーマリーと同じように実験動物でも見るような目だった。
その目線に常軌を逸したものを感じたのか、全員がびくりと身をすくめる。その様子を見て、ライフレスがカラミティに問いかける。
「何を考えてる?」
「そうね・・・まだ力には余裕がありそうだから、この子達も使おうと思って。ライフレス、貴方はこの子達に何か用はあるかしら?」
「正直、勇敢な若者はひと思いに首をはねてやろうかと思ったんだが・・・特にそうしなければならない理由はないな」
あっさりと先ほどの若者に悲痛な宣告をするライフレス。その言葉を聞いてカラミティはニコリとした。
「では順々に私が頂きましょう。見て行く?」
「いや、いい。好きにしろ」
そして興味を失くしたライフレスがその場を後にしようとすると、背後からカラミティの声がかかる。
「ライフレス」
「何だ」
「貴方、男前でしてよ」
「・・・やめろと言っている」
そしてカラミティを後にして、その場を離れるライフレス達。そして残されたカラミティがニコリとシーカー達に微笑んだ。そしてその口からは、ムカデの様な気持悪く、妙に太く長い多足の生き物が這い出してくる。そして瞬間的にその生き物を口の中に引っ込めると、カラミティは残酷な通達をシーカー達におこなった。
「どうせ死ぬなら、キスしながらがいいわよねぇ・・・? 太くて長いので、貫いてア・ゲ・ル♪」
そして一番近くにいた男にキスをするカラミティ。その様子は背後にいた他のシーカー達からは見えないが、その痙攣の仕方から、尋常ではない苦しみをそのシーカーが味わっているのがわかった。そして仰向けに倒れる時、その口に何か蠢く物が入っていくのが他のシーカー達にも見えた。
恐怖に戦くシーカー達を見て、ペロリと舌なめずりするカラミティ。
「ああん、そんな顔されたら私、感じちゃう。心配しなくても順番に、どんどん太く、長くなるから、ね」
その言葉を言い終わると同時に、先ほど痙攣して倒れた男が起き上がる。その口からは先ほどと同じように、口から虫が這いずり出してきていたーー
***
背後から聞こえる、声にもならない絶叫を感じながら、ライフレスは佇んでいた。そのライフレスに、マスカレイドが話しかける。
「ライフレス様、カラミティに気にいられたようですが?」
「よせ。貴様はヒドゥンと違って冗談好きだな」
「まあそうですね。元がネアカですから」
仕える上司が違うとはいえ、まがりなりにもライフレスの立場が上なのだが、マスカレイドは無遠慮に答える。
「カラミティは絶世の美女だと、ヒドゥン様から聞いていますが? 美女に好かれるのは悪い気はしないでしょう」
「それはそうだが、あれは別だ。貴様はあれの正体を知っているのか?」
「いえ」
マスカレイドはかぶりを振った。その様子を見て「フ・・・」と乾いた笑いを漏らすライフレス。
「知らん方がいい、アレはおぞましすぎる。あんなのに比べたら、ドゥームの連れている悪霊達の方が100倍マシだと思えるほどにな」
その心底嫌悪感を露わにするライフレスを見て、マスカレイドとエルリッチは思わず顔を見合わせた。ライフレスが自分の心情を見せるのは珍しい。それほど嫌な相手なのだろう。
だがライフレスはそれだけ述べると、もう姫の事は忘れたように振舞う。そして、その体も元の少年に戻していった。
「・・・ふう・・・」
「もう元に戻られるので?」
エルリッチが尋ねる。
「・・・あまり力を使いたくない・・・それでなくてもかなり消耗しているし、これからも仕事はあるからな・・・それに・・・」
「それに?」
「・・・少し興奮しすぎた・・・危うくアルフィリース達を殺してしまいそうになったよ・・・魔術を使う者は自己制御が基本だというのにな・・・ククク、僕もまだ若いのか・・・」
ライフレスが幼い少年の姿をしているのにはそれなりの理由がある。魔力の放出は彼の滾る闘争本能に火をつけるため、彼は姿形を小さくし、魔力を押さえこむことでなんとか自制を保っているのだ。
そんなライフレスが先ほどの戦いを思い出し、楽しそうに笑う。彼はアルフィリースを好敵手とみなしていた。戦ってこれほど心から楽しいと思った相手は、ライフレスには非常に久しぶりの事だった。かつて大魔王と戦った時より面白いかもしれない。だからこそ、ライフレスは考える。
「(・・・アルフィリースという女・・・戦っている最中に一度魔力が空になったはずなのだがな・・・なのにお構いなしに魔術を使ってきたのはどういうことなのだ?・・・加えてあの魔術の使い方・・・発想も素晴らしいが・・・あれほどの戦い方、どこで実践してきたのか・・・)」
ライフレスが瞑想をするように、目を閉じて立ったまま考え込む。その時、ライフレスに一つの考えが浮かんだ。
「(・・・もし、アルフィリースに戦闘経験が乏しいとして・・・あの戦い方をあの場で思いついて実践したことになる・・・実際に俺にかかって来る前、少し間があった・・・あれが考えをまとめる程度の間だとしたら・・・あいつは呪印を解放した状態ではレベル1ということになる・・・
・・・もし・・・あいつがもっと経験を積んで戦い方を覚えたら・・・実際、あの女が自分で気づいたかどうかは知らないが・・・使うたびに徐々に魔術の威力が上がっていた・・・
・・・それに・・・くの一が結界内に入って来ることなど、俺ですら知りえなかった外の様子に・・・どうやって気づいたのだ?・・・)」
ライフレスがゆっくりと目を開いた。その目には先ほどまでとは違う輝きがある。
「・・・危険だな・・・」
「は?」
突然のライフレスの声に、思わずエルリッチがすっとぼけた声をあげる。だが振り返ったライフレスの顔は、戦いの最中のように真剣だった。
「・・・マスカレイド・・・」
「はい」
ライフレスの様子を察したのか、マスカレイドにももはやふざけた様子は消えていた。
「・・・手はず通り、カラミティの仕込みが終わったら潜入を開始しろ・・・やり方は貴様に任せる・・・」
「了解しました。念のため確認しますが、人間との戦いの火種を作ることが最低条件。可能であればシーカー達を誘導して、アルネリア教の庇護の元に入らせればいいのですね?」
「・・・そうだ・・・もしかすると、貴様がそう運ぶまでもなく狙った通りになるかもしれんがな・・・」
「は?」
「・・・こちらの話だ・・・ちなみにアルネリアにはブラディマリアの部下が潜入中だ・・・ユーウェインとかいう奴だから、潜入したら挨拶しておけ・・・おそらくむこうから接触してくるがな・・・」
「わかりました」
それだけ言ってマスカレイドはカラミティの方に向かっていった。エルリッチがやや心配そうにライフレスに話しかける。
「何を考えておられるのです?」
「・・・アルフィリースは殺しておいた方がいいのではないかと考えてな・・・」
「しかし師匠殿に止められているのでは?」
「・・・確かにアルフィリースに手を出せば大きな罰を受けるだろう・・・それに個人的にはもっとあいつを成長させてみたくはある・・・しかし・・・」
ライフレスの頭の中で思考が回る。アルフィリースを殺すべきか、生かすべきか。やがて彼の頭は、一つの決意で固められた。
「・・・やはり危険だ・・・アルフィリースは僕達の領域にまで到達しうる逸材だ・・・計画のために、不確定要素は殺せるうちに殺しておこう・・・」
「は、しかしそれでは」
「・・・心配するな・・・僕の独断専行ということにしておくさ・・・お前は来るな・・・」
「ではお一人で?」
「・・・いや・・・僕の直属の魔王を連れていく・・・とびきりのを10体ほどアノーマリーに預けてあるからな・・・それに、先ほどの僕の力が全力に見えたか?・・・」
ライフレスの瞳に狂気が宿る。その狂気の光は果てしなく強く深く、思わずエルリッチは身震いしてしまった。
「(この方は、一体どれほどの力を隠し持っているのだ)」
「・・・では僕はここを離れる・・・お前は下準備の間、しばらく休暇でも取るといい・・・」
「は? 今からですか?」
だがエルリッチの返事を待たずして、転移魔術でその場を離れるライフレス。カラミティの行為にシーカー達の絶叫がこだまし、炎に包まれ荒れ果てたミュートリオにエルリッチが一人残されたのだった。
続く
次回投稿は3/5(土)17:00です。
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