快楽の街、その283~静かな怒り⑪~
その中でアースガルは指さしながら彼らの説明を続ける。
「オーランゼブルの星読み程ではないが、我々導師も運命なるものに大きく関わる人物というのは選定している。アルフィリース、ミリアザール、オーランゼブル本人は元より、ラ・ミリシャー、浄儀白楽、テトラスティンなどを中心とした数多の輝きたち。その中でも特に輝きを増す小さな星とは反対に、暗く光を飲み込むような闇が二つある。
一つはドゥームと呼ばれる悪霊の少年。完全な悪霊でないところが厄介なのだが、彼の配下である悪霊たちが消える中、彼自身の力は随分と大きくなっているように感じる。彼本来の運命はそのようなものではないはずなのだが、理を大きく超えた存在になりつつあるようだ。
もう一つは浄儀白楽の傍で育つ闇だ。まだこれに関しては確定事項ではないが、その闇がこちらの大陸にある星と干渉する時、大陸の運命は大きく変わるだろう。
それに、私たちもまたその正体を掴むことができないでいる者が二つある。一つは消えたり出現したり、数十年前にはなかった反応だ。アルフィリースの傍にいることもあれば、オーランゼブルの傍にいることもあるが、どれだけ正体を突き止めようとしても全くわからない。信じられないことだが、我々導師の力を及ぶ相手ではないということだ」
「導師で干渉できないなどと、そんな者がいるのですか?」
「驚くのは私も同じだが、いるのだから仕方ない。代表的な存在としては古竜がそうだが、少なくともそれと同格の存在ではあるのだろう。あるいはそれ以上か。これこそが運命とでも呼ばれる存在なのかもしれない。
もう一つは、星なのか闇なのかすら判別がつかない。いや、星のはずなのだが、あらゆるところに出現し、我々でも追跡が困難だ。以前深入りしようとした導師が二名、連絡がとれなくなった。まず殺されたとみて間違いない」
「導師は確か、防御に特化した魔術を使用される方がほとんどですよね? 不意をついて殺したということですか」
「不意がつけるような魔術の使い手ではないはずなのだがね。我々は魔女と違い滅多に弟子を取らず、ここ数十年は新たな導師の仲間も受け入れていない。代替わりも起こさないが、それ以上に適格者が少なく脱落者もいないのが我々の現状だ。こんな禁欲的な生活に耐えられる者が少なく、また進化も退化もなく留まり続ける我々の在り様に共感できる者は少ないだろうからね。
少なくともその正体不明の存在については表に出てくるまで待たざるを得ないのかもしれない。おそらくは我々の意図も理解して動いているのだろうし、どんな存在かもわからない以上、詮索はしないことになった」
「導師らしい考え方です。そのあたりが私は気に入らない。悪しき運命が見えていながら積極的に関与することを良しとしないくせに、力が容易に及ぶものには手を出したがる。歴史の改変者にでもなったつもりですか?」
いきりたつルヴェールにたいし、なんら表情を変えることなくアースガルは答えた。
「悪しき運命とはそもそもなんだね? 例えばターラムが滅ぶことか? 私は人間の姿形をしているが、その他の導師には人間でない者もいる。たとえばオークの導師がいたらどうだ。今回の戦いでどちらが滅ぶべきであったか、断じることができるかな?」
「・・・それは」
「極端な話、私はターラムが滅ぼうとも一向にかまわない。もっともその前に手は打つつもりではあったがね。それだけの愛着と、恩義、縁をこの街には感じているのだが、そんな考えすら本来導師には不要だ。
だがルヴェール、君のような考え方を私は好ましく思う。私が君の年ごろには既に感情は枯れ果てていた。怒り、悲しみ、泣く。それは人間に許された特権でもある。古竜が自らを封印したのにもそのあたりに理由があるのだ。彼らは感情が死んでしまうのを忌避していた」
アースガルの言葉が一端切れると同時に、工房が揺れた。その響きをルヴェールはおかしいと感じる。
「工房が揺れる・・・? 魔術で守られているのに」
「いや、正確には感知器としての役割を発揮したのだ。これは・・・エンデロードが起きるか」
「『炎姫エンデロード』ですか?」
「心配せずとも、グウェンドルフが向かっている。彼はきちんと仕事をしているようだね。だがこれで時計の針は予想よりも早く進むことになった。他の古き者も起きだしているようだ。もうこれでオーランゼブルの行動は止められないものとなった」
「オーランゼブルの行動・・・一体それはなんです?」
「それを教えるのは公平ではない。だがおそらくアルフィリースはある程度、想像しているのではないだろうか。彼女は自分で思うよりも周囲が思うよりも、遥かに聡く感受性が強いから。
さて、君はこれからどうするつもりだ? このままターラムに留まるか、それとも・・・?」
「それを相談するつもりでしたが、気が変わりました。やはりあなたは信用できない。あなたをアルフィリースに会わせなくてよかった」
「だがどうやってかはわからないが、私の存在には気づいていた。ちなみに私からは、なんらちょっかいは出していないよ。どうして彼女は私に気付いたと思う?」
「彼女は自分の才能を自分でよく理解していない。そういうことです」
拗ねたようなルヴェールの言葉に、初めてアースガルの口の端が上がった。
「それを君がわかっているならばよい。彼女はオーランゼブルがどうあれ、これから生きのびなければならない人間だ。導師もそれは意見が皆一致している。君もそう思うのなら、有象無象の王である彼女に力を貸してやるといいだろう」
「言われずとも。ただ一つだけ訂正が。彼女は有象無象の王どころではないかもしれませんよ?」
「万象の王だとでも言うのか? それならばもっと面白い。彼女はきっとオーランゼブルや我々、そして古き者たちが夢見た以上の世界に連れて行ってくれるだろう」
「あなたたちの夢など知ったことではありません。失礼」
ルヴェールは憤慨を足音で表現しながらアースガルの工房を去ろうとする。その背後からアースガルが何かを投げてよこした。ルヴェールがそれを受けとると、小さな筒のようなものだった。
「これは?」
「魔力を込めると使い魔が飛び出す仕組みだ。何かあれば私に連絡するといい。誤解しないでほしいのだが、私個人は君とアルフィリースの味方だ。困ったことがあればいつでも相談しなさい」
「・・・一応、覚えておきます」
ルヴェールは渋い顔をしてそれを懐にしまい出ていった。アースガルは泉に移った様々な人物を見ながら、再び釣り糸を垂らすのである。
続く
次回投稿は、5/27(土)10:00です。