快楽の街、その280~静かな怒り⑧~
「料金分の働きはしましたが、今後も良好な関係を築きたいため一つ置き土産を残しておきます。
第一街区、金融部門長だったコルセンスの保有する別宅の地下を調べてください。貴女の懸念が一つ減ると思います」
ルヴェールとフォルミネーは顔を見合わせたが、人をやって調べるとはたして恐ろしいものが見つかった。そこでは処刑場よりもひどい、人間を解体し、幾度もつなぎ合わせたような残酷な肉の塊が見つかった。その中にいくつか、人間の『部品』がきれいな形のままで保存されていた。
つなぎ合わせて人間の形をしたものもあったが、それらは例外なく急所を壊されていた。まるで何かを恐れるように、二度と動かぬように念入りに壊してあったのだ。アルフィリースたちがやったことには間違いないだろうが、ルヴェールは魔女を派遣して工房を念入りに調べさせ、そこがサイレンスなる者の工房であることが間違いなく、数百年もの間使用されていたことがわかった。
使用意図もすぐわかった。ここで彼らは休眠し、怪我をすれば修繕する。そのための修理工場なのだと。だから相手はいつまでも衰えないし、見つかりもしなかったのだ。定期的に姿を消したことにも納得できる。こういった施設を構えるのに、ターラムは最適だったということか。人の命すら時に金で売買されるこの街では、彼らはさぞかし活動しやすかったことだろう。
その後各部門長に連絡し、またしてもターラムは騒然とするのだが、それを最後にターラムは真の安定を取り戻していくことになる。
以後ターラムの表の勢力、ルヴェールを始めとする裏の勢力ともにイェーガーとは深い信頼関係で結ばれるのだが、それはまたしばらく後の話。
***
「無事かよ、リリアム」
「カサンドラ、忙しいのに悪いわね」
病院で療養するリリアムをカサンドラが見舞う。その手には花束と書類があった。
「ほらよ、お前の決済が必要な書類だ」
「病人に働かせる気? まだベッドから起きてはいけないと、医者とシスターには言われているのですけどね」
「書類仕事なんざベッドの上でもできるだろうが。アタシは頭を使うのが得意じゃないんだ。あんたの采配がなきゃ困る」
「ふぅ、見せなさい」
リリアムは書きかけの手紙を止めて、カサンドラの書類に目を通した。
「・・・そうね、焼け出された第四街区の住民を中、長期的に雇い入れ、市壁や建物の修繕に当てるべきね。それからオークが攻めてきた場所には頑強な砦を設けるべきだわ。近隣都市と交渉し、常備軍を置くべきね」
「それはもうやってる。ひょっとすると、竜の巣が奴らの手に渡った可能性もあるってのは気付いているよ」
「無数の竜種が跋扈する場所を制圧するなんて誰も考えなかったことだけど、確かに多くの商業連邦の都市を無視して中央部にまで進出できる路よね。
それより周辺のオークの被害が思ったよりも少ないわ。討伐依頼の陳情書が想定の半分もないみたいね」
「ああ。なんでも『虚ろ』が大量に現れてオーク共をやっちまったらしい。不思議と人間に被害は出ていないそうだが。残りはカラツェル騎兵隊が狩ってくれてるよ。想像以上の働きぶりだ」
「虚ろが大量に? 奇妙な話が多すぎて、もう驚かなくなってきたわ」
「アタシもだ。原因がわからないのはすっきりしないが、そんなことを気にしてたらターラムじゃ生きていけない。それにしちゃあ度が過ぎてるがな」
「魔窟として有名なターラムも、少しまともになるかもね。私を襲った犯人の一件、誰となく連絡がきたわ。おそらくはターラムの支配者からだけど」
「なんて?」
「もう貴女を脅かすものはいないでしょうって。あなたの仇敵は生きているけど、もうここに戻ってくることもないでしょうって」
「支配者か・・・結局誰なんだろうな。アタシたちもいいように使われているだけの気がするけどな」
「どうかしらね。案外、アルフィリースがいいように使っているのかもよ?」
「あの女が? まさか」
「でもありえない、とは言い切れるかしら?」
リリアムの言葉にカサンドラは黙り込んだ。確かに予測不可能という点では、アルフィリースは未知数だ。
カサンドラはしばし考え込んだが、その間にもリリアムは書類に次々と目を通している。そしてカサンドラはリリアムが書いていた手紙のことをふと気にした。
「そういや、何を書いてたんだ? 手紙を出すような親戚縁者の類なんていないだろ?」
「辞表よ」
「辞表か、そうか・・・って、おい!?」
「何を焦るの? 前から考えていたことの一つだったのよ。あなただってそうでしょう?」
「そりゃあよ・・・」
唐突な話に言葉を失うカサンドラ。リリアムは変わらぬ表情で続けた。
「貴女はふとしたきっかけでターラムに居ついたけど、冒険者の血はいまだに騒ぐはずよ? 確かにこの街は適度に刺激に満ちていて報酬も十分だけど、それだけで満たされるかどうかは人によるはず。そして貴女も私も完全には満たされない。違う?」
「そりゃあ・・・その通りだが」
「私はこの街に、私の人生を滅茶苦茶にした奴が戻ってくると思っていた。だけどその可能性がないというのなら、今はアルフィリースの元で働いてみたいと思うわ。体が満足に動く今のうちに冒険をしたい。私は人間だから、貴女と違って寿命も短いしね」
「随分と正直になったもんだ。憑き物が落ちたな」
「私もそう思うわ」
リリアムは爽やかな表情でカサンドラの持ってきた花束を受け取った。そっと優しい香りをかぐと、復讐心などというものはどこかに飛んで行ってしまうような気持になった。
「カサンドラが花束を持ってくるなんてね。どういう風の吹き回し?」
「アタシじゃねーぞ、イェーガーの少年が持ってきたんだ。まだ意識がなくて面会謝絶だと昨日断られたらしくてな。花束だけ置いて帰ったそうだ」
「まぁ」
「やるじゃねぇの、リリアム。そんな子どもをいてこましてどうするつもりだ?」
「私を悪女みたいに言わないでほしいわ。別に彼は私のことなんてなんとも思ってないわよ」
「なら、なんだってんだ?」
「そうね・・・」
リリアムはやや困った顔となった。私邸での戦いはうっすらと覚えている。確かに数日前は自分の方が強かったはずだ。剣を交えずとも、そのことは互いにわかっていた。だが落ちかける意識の中、確かにレイヤーはサイレンスを圧倒していた。サイレンスが体を使いこなせていないのを差し引いても、男子三日会わざればなんとやら。急激な成長には驚くばかりである。
とてもまっすぐな剣筋は、好ましかった。
「興味はあるかしらね」
「ハア? マジなのかよ、お前」
「下世話な意味にとらないでほしいわ。でも、恩は返さないとね」
ふふっと笑ったリリアムに、もはや余計な怒りの影や、復讐心などというものは微塵も感じられなかったのだ。
続く
次回投稿は、5/21(日)11:00です。