快楽の街、その279~静かな怒り⑦~
ルナティカはリリアムが無事なことを確認し、そしてレイヤーの様子を見た。足元に転がる死体を見て、首を傾げる。
「レイヤー、簡潔に説明を。すぐに後詰が来る」
「ああ。実は・・・」
レイヤーはこれがサイレンスであること、リリアムが襲われていることから加勢に入ったことを説明した。ルナティカはその間、サイレンスの死体を検分していた。
「これがサイレンス? 人形遣いは仕留めたはずだけど」
「そのはずなんだけど、他にも9体いるらしいよ」
「上に2体、ここに1体・・・一度リサに見せた方がいい。こいつらの体、以前の人形とは出来が違う。人間とまるで見分けがつかない。私では判断ができないが、レイヤーはどうやって見分けた?」
「殺気が同じ。簡単だと思うけど?」
「殺気を出していなければ見分けがつかない。背後に忍び寄られて襲い掛かられれば終わり。あと6体いるはず。わかってる?」
「・・・そうだね、リサに見せよう。それにリリアムを治療しないと」
「わかってる。後は私がごまかしておく。レイヤーはあまり戦えることがバレるのがよくないのでしょう。ここはすぐに引いて、アルフィリースとラインに報告しなさい」
「団長と副長に? どうして」
「せめてアルフィリースには相談すべき。彼らもまた無関係というわけにはいかない。それにあの二人なら良い策を練ってくれる。それにアルフィリースはもう、とうにレイヤーのことに気付いている。いつまでも彼女を欺けるものじゃない」
「・・・全部は語っていないはずだけど、どうしてわかったのかな」
「そこがアルフィリースの不思議なところ」
ルナティカの言葉に妙に納得し、レイヤーは遠回りをしてアルフィリースの元に戻っていった。
***
リリアムを助け、後をカサンドラに任せるとアルフィリースは早々にターラムを発つことにした。これ以上ここにいる意味もなかったし、まだ何かしらが起こるとも限らない。アルフィリースにも気になることは多々あったが、これ以上の危機は御免だった。そうでなくとも、オークの残党狩りなどに駆り出されては、月単位で依頼をこなす必要が出現すると考えたのだ。ローマンズランドとの戦争の機運が高まるこの都市の空気に毒されたくないという思いも、少なからずあった。
アルフィリースが団員をまとめてターラムを出ようとすると、その出口にフォルミネーとルヴェールがいた。アルフィリースは隊列を外れ馬を寄せると、三人で話し始めた。ルヴェールはフォルミネーの後ろに少し下がることで違和感を消していたが、話しかけたのはルヴェールであった。
「行かれるのですね」
「ええ、当座の用は済みましたからね」
「本当に私たちに対する要求はないので?」
「具体的に思いつかないのよ。貴女たちの能力も詳しく知らないし、財力や権力も知らないわ。私は不確定要素は戦略に加えない。今回は貴女という存在を知り合いになることができたことが、なによりの収穫よ。もし貴女が私たちに恩を感じることがあるというのなら、何が報酬としてふさわしいか考えておいて」
「そのことでしたら返事をお持ちしました。どうかお納めください」
フォルミネーが促すようにしてルヴェールは一つの封書を手渡した。正式に封がしてあるため、中身を即座に見ることはできない。
「これは?」
「少々込み入った内容です。アルネリアに帰ってから、まずは一人で中を改めてください」
「・・・ミリアザールには見せない方がよさそうね?」
「その方がよいでしょう。私たちのためにも、あなたのためにも。そしてアルネリアのためにも」
「わかったわ。ではまたそのうちね」
「ええ、近いうちにお会いすることになるでしょう」
その言葉にアルフィリースは満足そうに微笑み、その場を後にしようとした。イェーガーの面々が行ってから、その場にいたフォルミネーに街の少年が寄ってくる。おそらくは丁稚奉公の少年だろうが、その子は愛想よく懐から封書を一つ出してきた。
「お姉さん、これをどうぞ」
「? 誰からの手紙かしら」
「さっきの黒いお姉さんだよ」
フォルミネーは思わずルヴェールと顔を見合わせると、その場で封を解いて中身を読み始めた。その内容は驚くべきものであった。
続く
次回投稿は、5/19(金)11:00です。