快楽の街、その278~静かな怒り⑥~
リリアムがかすむ目でかろうじて影の正体を確認すると、それはレイヤーだった。
「少年・・・か」
レイヤーは既に抜刀していたが、リリアムと同じ姿形をした者が二人いるという状況に一瞬だけ面喰ったものの、すぐに偽物の方に斬りかかった。躊躇のないレイヤーに偽物が面喰う。
「なぜこちらに斬りかかる?」
「顔が同じでも殺気の色は見間違わない。お前はリリアムじゃない、お前はあの時戦った奴だな。名前は忘れたけど」
「殺気の色と来たか。確かにそこまでは、リリアムそのものは真似できないかもね」
リリアムの形をした偽物はレイヤーを押し返すと一端距離を取った。この間を利用して、レイヤーは意識を失いかけているリリアムの脈を確認した。
「(ん、生きてるけど結構厳しいかも。急ぐ必要がありそうだな)」
「――サイレンスよ。覚えておきなさい、それが我々を現す名前。私はその中の――」
名のりの途中でレイヤーが再びサイレンスに襲い掛かる。その時、サイレンスが怒りをむき出しにした。
「話くらい聞けないのかっ!」
「沈黙を名乗る割におしゃべりな奴だな」
レイヤーとサイレンスが打ち合う。リリアムを模したサイレンスの剣技は以前戦った個体よりも鋭かったが、それを苦にしない自分がいることにレイヤーは気付く。
「(あの時とは違う。相手の剣も鋭いけど、全然問題にならない。相手だけじゃなくて、周囲もよく見える)」
「小僧っ!」
サイレンスは剣が当たらないことにいらついていた。サイレンスは他の個体の経験は共有できる。従ってカンダートで戦った時のレイヤーの剣筋も覚えているのだが、今現在のレイヤーがそこから急激に成長していることなどサイレンスは理解していない。ファンデーヌを通してレイヤーの成長を見ていても、バンドラスとの戦闘での経験値は加味されていないし、具体的にどのくらいの強さなのかは手を合わせないとわからないところが、戦闘用として作られていない悲しさでもある。
レイヤーは徐々に倒れたリリアムからサイレンスを引き離しながら、注意が完全にこちらに向いたところで背走するふりをした、反射的に走り出すサイレンスを確認し、手すりを飛んで階下に降りようと見せかけ、振り子のように体を使って再度階上に戻り、すれ違いざまに手すりの隙間からサイレンスのふくらはぎを突いた。
たまらず体勢を崩したサイレンスに、レイヤーが懐から取り出した何かを投げつける。サイレンスは反射的にそれらを叩き落とすべく剣を振るったが、飛んできたものがただの石だとわかった瞬間、レイヤーが廊下のテーブルを盾のように使い突進してきた。
「うあっ!?」
押し込まれる形になったサイレンスは階段の上から転がり落ち、転がる途中でレイヤーの姿が消えたかと思うと、壁をつたい走りしながらサイレンスの頭上から攻撃を仕掛けてきた。すれ違いざま、レイヤーの剣にサイレンスの頬が深く裂かれる。
だがサイレンスは振り向きざまに前に出た。脚を怪我した以上、距離を取られると不利になる。さらにレイヤーが何かを投げつけてきたが、サイレンスはそれを無視して前に出た。どうせ小石程度なら、無視して前に出て一撃を加える。そう決めた矢先、今度は鋭さも速さも違う何かが飛んできた。
視界が半分になると同時に、ダガーで左目が潰されたことをサイレンスは知る。同時にダガーが数本体に突き刺さり、たたらをふんで後退したところを足場が抜けて右足が地面にはまり込んだ。レイヤーが先ほどそこの床板をひときわ強く踏み、壊れる寸前にしていたことなど、サイレンスに配慮する余裕などない。
サイレンスがはっと前を向くと、思い切り踏み込んできたレイヤーが首を断つべく、横薙ぎの一撃を放つ瞬間だった。
「(ま、魔眼を)」
サイレンスが模造したリリアムの個体は、魔眼すら再現している。その技術自体は凄まじいのだが、魔眼を放つべく思考を巡らせるも、そもそもこの場所では剣を振るっておらず使用の甲斐もなかった。それ以外にも魔眼の使い方はあるのだが、リリアムの体で戦闘をしたことのないサイレンスではその応用方法を思いつかない。
サイレンスは優秀な個体を手に入れたが、その使用方法に慣れていないことにようやく気付いたのだ。また剣を打ち合わせて気づく、その剣の素材の根底的な違い。剣に切れ目が入ったところでサイレンスの口から憤激が漏れた。
「小僧、またしても貴様かぁ!」
だがその言葉すら無視するようにレイヤーの剣は、サイレンスの剣ごと首を落していた。落ちた首を見ながら、レイヤーは対照的に静かにつぶやいていた。
「知らないよ。お前が勝手に僕の前に現れるんだろ」
「小僧・・・!」
首だけになってもなおも何か叫ぼうとするサイレンスに対し、レイヤーは容赦なく剣を振るった。サイレンスの頭が何も言えないほど八つ裂きになったところで、丁度後から追ってきたルナティカが到着した。
続く
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