快楽の街、その276~静かな怒り④~
「まさか姉妹?」
「双子と思って差し支えありませんよ。生き方が違うのでそれなりに体型の差は出ましたが、そもそも同じ存在です。私達は互いの役割を果たすだけ。最初からそのつもりであなたにアキノは近づいた」
「馬鹿な、私は自分で選んだのよ」
「そう思っているだけです。そんなのはあなたが私邸を買う時期に合わせてアキノの元の主人を殺し、書類を少しあなた好みにいじるだけであなたはアキノを選び出す。あなたの行動はある時期からずっと見張られている。気づかなくて当然ですが」
「見張っているですって? いつから!」
リリアムは愕然とした。自分の意志で生きているつもりが、いつの間にか他人の掌の上で踊っている。それがいかほど恐ろしいことか、リリアムの気丈さをもってして、足元が崩れ落ちるような感覚にとらわれた。
「あなたが仮面の調教師の罠にはまり、男たちに嬲りものにされたあたりからですよ。あそこで死んでいればそれはそれでよかったのですが、そこから這い上がろうとする素晴らしい精神力を見せたせいで、より悲惨な方向へと運命の舵は切られた。
あなたの人生を私たちはずっと見張ってきた。色んなことが上手くいったでしょう? 私たちも少し力添えしましたからね。あなたにはターラムで一定以上出世してもらう必要がありましたから。本来はここでターラムの支配者を引きずり出し、またどさくさに紛れて各ギルド長には死んでもらおうと思っていたのですが、イェーガーのせいで当てが外れた。まぁ計画はさらに練るとして、あなたにはここで死んでもらう必要があるのでね」
「はっ、何を言っているのかさっぱりだけど、あなた程度に討ち取られる私ではないわよ」
リリアムは右手で剣を構えた。もはや左手には力が入らず、痺れの範囲は幸い心臓には達していないが、呼吸もやや苦しくなってきた。いち早くスキニースを倒してなりふり構わず外で助けを呼ばなければ、どうなるかわかったものではない。敵がスキニースだけなら、の場合だが。
リリアムは自ら仕掛けた。戦いを長引かせるわけにはいかない。交差の一瞬で仕留めるつもりだったが、スキニースは幅広の剣に持ち替え、しかも二刀流で待ち構えていた。女性の腕力では振り回すには困難な大きさの剣だ。
「そんなもの、振り回せるものか!」
「振り回さなくてもいいのよ」
リリアムの剣が数度振りぬかれるうち、スキニースは急所だけを防いだ。そしてリリアムが焦りにも似た連撃を繰り出すうち、スキニースに隙が生まれる。
「そこ!」
「かかった」
毒による焦りが生んだのか、リリアムが勝負を急ぐ中スキニースの方が冷静だった。とどめを刺す一撃をすんでのところで躱し、逆にスキニースの腕の下からさらに剣が出てきた。ありえない事態にさすがのリリアムも反応が遅れ、二本の剣が足と脇腹に刺さっていた。
「ぐうっ!?」
リリアムがたたらを踏んで下がった。まず最悪なのは足をやられたこと。これでは外まで逃げるという選択肢はかなり困難になった。そして何より、スキニースに腕が四本ある。こんな事態は想定していない。
「スキニース、あなた人間ですらないの?」
「基本的には人間の体よ? 腕が四本ある以外はね。これこそまさに奥の手ってね」
「何を馬鹿な」
「いえいえ、事実私はほとんど人間として暮らしているのよ。まっとうに働いて金を稼いでご飯を食べ、人間と同じように眠り歳をとり、時に恋愛の真似事のようなことまでするのよ。今回だって、先の競技会で自分に大金賭けて負けたせいで文無しになったから自警団の仕事も受けたわけだしね。
だけど人間と決定的に違うのは、私たちにはすべてに勝る優先事項がある。その命令のためなら、何だって捨てられるのよ。他人の信頼も愛情も、仮に子どものような存在がいたとしても自らの手で殺せるわ」
「何かしら、その優先事項というのは」
「人間を滅ぼせ」
スキニースは寂しそうに笑った。その笑みが意図するところをリリアムは理解できない。
「私の自我は、人間のことをそう嫌いではない。アキノもそうだったわ。むしろこの前戦ったエルシアという少女は、可愛らしくてほっとけないくらいだわ。事実戦いの後に助言もしてしまったし、ああいう将来有望な若者は私も好きよ。そういう意味ではリリアム、あなたのことも気に入っているわ。
でも駄目なのよ。私は――私たちは人間を殺し尽さないと。人間を最も悲惨な形で、その存在した痕跡すら一つ残さず燃やし尽くして、最も残酷な形で終わらせないと駄目なのだわ。そのためならどんな酷いことでも私はできる。年端もいかない女の子を糞豚たちの慰み者にすることすら、笑顔でこなせるのよ。あなたを殺すことは、そのために必要な過程の一つよ」
「なぜ――どうして?」
「どうしてかしらね? 理由は断片的にしか知らないのよ。私たちもまた全てではないのだから」
「?」
「おしゃべりが過ぎたわね。どうにもあなたのことはアキノと記憶を共有していると、他人に思えなくてね。娘のように思っていたわ、リリアム。だけど、ここで死んで」
スキニースが剣を構えた瞬間、リリアムは不意をついて突進した。思わぬ行動にスキニースの剣が的を外し、リリアムの急所を外してしまった。リリアムは肉を切られながらも、突進してスキニースを突き飛ばした。
「ぐ・・・あっ?」
突き飛ばされた後で体勢を戻せばいいと考えていたスキニースは、下半身がいうことをきかないことに気付き、その後で胴体が両断されていることに気付いた。それに右腕二本もなくなっている。せめて四本の腕が健在なら上半身だけでも襲い掛かれたのに、これでは何もできないではないか――そう考えた時にスキニースの口から血が溢れた。
「どうして・・・そうか、魔眼か。その魔眼の情報だけは、まだ知らなかったわね。冥途の土産に教えてもらえるかしら?」
「剣戟の――再生。振った剣の跡を、任意に再生することができるのよ。あなたが通った位置、さっき素振りをしたところだわ。もしこの館の中に敵が来たことを想定して、仕掛けておいたのよ。斬ったという事象を再現するのだから、相手がどれだけ固かろうとも斬ることが可能よ」
「なるほど、あなたの細腕で見事な切り口だと思ったら、そういうことなのね・・・だ、そうよ」
「なるほど、その能力を引き出しただけでも十分だわ。後で再生してあげる」
「頼むわよ、さすがにこの体はもう使い物にならないわ。生命維持だけで手一杯よ」
スキニースの言葉に応えるように階下から声が聞こえた。その声に聞き覚えがあり、リリアムはぞくりとした。馬鹿な、そんなはずがない。限界を迎えつつあるリリアムが階段をゆっくりと上がってくる者を見つめると、その最悪の想像は確かに形を結んで目の前に出現した。
「わ、たし・・・?」
「初めまして、私の元になった人」
リリアムと同じ背格好、同じ笑顔、そして同じ声で、その不吉の象徴はリリアムの前に現れたのだ。
続く
次回投稿は、5/13(土)12:00です。