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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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死を呼ぶ名前、その16~思惑~

***


 そしてこちらはライフレスと楓である。炎に包まれながらも鷹揚とした態度のライフレスに、顔色一つ変えずにライフレスを炎で拘束し続ける楓。だがどちらが有利かは明らかだった。

 いずれ疲れ果てる楓と、不死にも等しいライフレス。結果が出るのは時間の問題と思われたが、その時、何も無い空間から煙のようにエルリッチが現れる。


「ライフレス様、シーカーの一軍がこちらに・・・その炎は?」

「あの小娘がやって・・・いないだと?」


 ライフレスが一瞬エルリッチに気を取られた隙に、既に楓は脱出していた。既に影も形も見当たらない。見事な引き際に、思わず嘆息するライフレス。


「見事にしてやられたか。いかんな、どうも久しぶりの全力は気持ちが高揚するだけでなく、油断も招くようだ。昔はこんなことはなかったが、俺も年か」

「御冗談を・・・」


 エルリッチの方を向き、ニヤリとするライフレス。今さら年齢の概念など無いにも等しいライフレスなので、全くの悪戯際まりない発言である。

 そしてエルリッチはというと、ライフレスの冗談に一瞬驚きこそしたものの、彼にうやうやしく礼をする。


「ライフレス様、この後はいかがしますか」

「どうするも何も、打ち合わせ通りだ。シーカーは何体仕留めた?」

「やはり魔術耐性が高く、治癒魔術も堪能な者が多いため、500も死んでおらぬかと」

「500死んでないか・・・計算通りだな」


 顔を見合わせたライフレスとエルリッチが不敵に笑んだ。


「シーカー達に簡単に全滅してもらっては困るからな。もっともこの王族だけはアノーマリーの依頼でもらっていくがね。王族がやられたとなれば、さすがのシーカー達も重い腰を上げねばならぬだろう」

「左様でございますな。ではこのシーカーめは私が運びましょう」

「任せる。俺はここの大地を汚しておかねばならん」


 言うが早いか、ライフレスが自分の左腕を引きちぎり、無造作にぽいと投げた。その腕が地面に溶け込むように消えていき、魔法陣が浮かび上がる。もちろん左腕自体はすぐに再生されている。そしてライフレスがその場に座して何やら呟くと、地面が徐々に腐り落ち、腐った土が木々に及ぶと、木々も枯れ果ててゆく。その様子は、さながら周辺一帯から生命を全て奪うかのようだった。

 これはアルネリア教会が行っている土地の浄化、一般的には『聖化』と呼ばれる魔術の反対であり、『闇化』とでも呼ぶべき行為である。大地を汚し、魔物に適正な土地にする。魔王をこの地に放つつもりのライフレス達にとっては、必要な行為であった。

 そして呪文を唱え終えると、すっくと立ちあがるライフレス。


「よし、これでシーカーどもはこの土地には戻ってこれん。奴らに土地の浄化は出来ないからな。アルフィリースに半身を吹き飛ばされた時はひやりとしたが、ドゥームの仕込みがある左側を残せてよかった」

「はい。速やかな『聖化』はアルネリア教会の秘匿ですからね。もっともシーカー達も時間をかけてやる方法は知っているでしょうが」

「そんな悠長なことはさせん。すぐにでもブラディマリアがここに魔王を放つ。大草原は魔王達が走り回る魔王の巣窟と化すだろうよ。これでぬるま湯につかったこの世界も、多少刺激的になるだろう」


 ライフレスが魔王が闊歩するその光景を想像し、楽しそうに口の端を歪ませた。そんな折、ライフレスの耳にシーカー達の雄叫びが聞こえてきた。


「来たか。さて、仕込みはもう一つ。準備はできているか?」

「ぬかりなく。こちらへ」

「うむ」


 そうして2人は姿を消した。


***


 再び二2人が姿を現したのは、最初に攻め込んだミュートリオの北側。そこに手足を縛られ、さるぐつわをされて横たわるシーカーが何人か。

 結界に閉じ込められ、地面になすすべなく横たわるシーカー達をライフレスが無感情に見下ろす。


「捜索の手は逃れたようだな」

「はい。むしろ戦闘が激化して、見捨てられたと言った方が正しいかもしれませんが」

「ここは混乱の極みだったからな、いたしかたあるまい。それにしても不運な奴らよ。いっそ死んでおれば楽だったろうにな」

「まことに」


 シーカーが辿る運命を想像しライフレスに憐憫の情が少し湧くが、だからといって手を抜く彼ではない。すぐに部下を呼び寄せる。


「マスカレイド、いるか?」

「ここに」


 家の陰から姿を現したのは、シーカーによく似た風貌の女。だが眼は赤く、これはスコナーと呼ばれる者達に多い特徴であった。


「貴様の仕事はわかっているな?」

「はい、シーカー達と人間達の、争いの火種を作ること・・・でございますね?」

「そうだ。だからお前には長期間奴らの元に潜入してもらう。上手いこと立ち回り、奴らを人間達と争わせるようにしろ。方法は任せる」

「御意。ではこの女の顔を借りることにいたします」


 そう言ってマスカレイドは立ちあがると、腰のナイフを取り出し横たわる女の顔にひたり、と当てる。ナイフを当てられたシーカーの女の顔が恐怖に歪む。その顔を見て女のさるぐつわをはずし、マスカレイドが一言。


「良い顔だ。すまんが貴様の顔を借りるぞ」

「な、何を」


 シーカーの女の返事を待つことなくその顔にナイフをあてがい、顔に沿って皮膚をナイフで切り取っていくマスカレイド。女が地獄まで届くかのような絶叫を上げるが、音声は結界で遮断され、外には決して届くことはない。またエルリッチがしっかり魔術で拘束しているため、女に抵抗はできなかった。

 途中で激痛のあまり気を失った女だが、マスカレイドのナイフはよどみなく進む。そして切り取った皮を自分の顔に押しあてると、その皮がマスカレイドの皮膚に定着していき、なんとシーカーの女と同じ顔になるではないか。

 その一部始終を見て、素直に賛辞を贈るライフレス。


「便利な能力だ、さすが変身の達人。ヒドゥンが推薦するだけの事はある」


 ライフレスの言葉にマスカレイドは軽く会釈をすると、女の衣服をおもむろに引っぺがし、体の各所に触っている。すると、マスカレイドの体がシーカーの女の体格に合わせて変化していった。ほどなくしてシーカーと同じ体躯に変化したマスカレイド。いくらか発声をしたところ、声まで完全にコピーしたようだ。その額にはやや汗が滲む。


「ふぅ・・・」


 変身はマスカレイドでもかなりの力を使うのか、思わず疲労からため息が漏れた。その甲斐あってか、姿形は完全に元のシーカーの女と変わらなくなっている。そこにライフレスが疑問を投げかけた。


「瞳はどうする・・・」

「もちろん借ります」


 言うが速いか、マスカレイドはシーカーの女の目におもむろに手を突っ込んで、その眼球を拝借するマスカレイド。気絶していた女も余りの衝撃に体を弓のようにのけぞらし、その余りの残酷さと、躊躇の無さに、他のシーカーの瞳が恐怖に濁る。そして取りだした眼を自分の瞳に押し当てると、瞳がマスカレイドの眼の中に入ったことで、彼女の変装は完了した。


「あとは血を拭き取って、衣服を交換すれば完了です」

「よし、次はこっちだな」


 マスカレイドが残りの準備を行う間、ライフレスがエルリッチを促し、懐から瓶を取り出させた。その中には見たことも無い虫が入っており、蠍の様な、蜘蛛の様な形状をしているが、口をガチガチとならしながら元気よく、いやよすぎるくらいに瓶の中を走り回っている。その瓶をライフレスが受け取ると、シーカーの方に向き直る。


「さて、これから俺がお前達に何をするかわかるか?」


 だがシーカー達は恐怖でまともな反応ができない。先ほどの仲間のあり様を見た後では、無理からぬことでもある。


「ふむ。せめてもの情けとして、誰が実験台になるか選ばせてやってもよい。実験台に差しだす奴を、目で示せ。一番多く見られた奴に実験を行う」


 このライフレスの提案に、最初は面喰ったシーカー達だが、最初の一人が他のシーカーの顔色を窺うために隣を見たことをきっかけに、互いを凄まじく憎しみのこもった眼で見始めた。口さえ自由になれば、すぐにでも汚い罵り合いが始まるだろう。


「フ・・・シーカーといえど人間と大差ないな。ドゥームの言い分もよくわかる・・・ん?」


 そんなライフレスの目にとまったのは一人のシーカー。まだ年若いが、目を伏せじっとしている。その男のさるぐつわを外すライフレス。


「貴様は命乞いをしないのか?」

「・・・どうせ俺達全員殺す気だろう? なら命乞いも無意味だ。俺はシーカーとしての誇りは捨てない!」


 その言葉に他のシーカー達の動きがぴたりと止まる。そして自分の行動を恥じたのか、全員目を伏せて大人しくなった。


「ほう、まだ若いのに立派なものだ。勇敢な若者だな」

「ごたくはいい、やるなら俺からにしろ」


 そう言って若者はライフレスを睨みつける。だがライフレスは一向に動揺しない。


「そう死に急ぐな。俺は勇敢な奴は好きだ。お前は条件次第では生き残るかもしれんぞ?」

「どういうことだ?」

「その前に、貴様」


 ライフレスが他のシーカーの胸倉をつかみ上げる。


「貴様はさっきから他の者を一通り見まわしていたな? 俺は自分が助かるために他人を犠牲にするような奴は大嫌いだ。だから貴様から実験台にしてやる。エルリッチ、こいつの口を開けさせろ」


 そうしてエルリッチが男のさるぐつわを外し、力ずくで口を開けさせる。ライフレスは瓶の蓋を開け、中の虫ともなんともつかない生物を取り出した。すると自由になったことを知ったのか、虫が凄まじい勢いで暴れ出す。


「活きのいい虫だな・・・」

「ライフレス様。それをどうするので?」

「決まっている、この愚か者の口に放り込む。それがカラミティの依頼でな」


 その言葉を聞いて、男の顔から血の気が引いて行くのが、音で聞こえるかのようだった。そして暴れ始める男。


「ひゃめ・・・ひゃめ・・・て・・・」

「残念だが聞けないな」


 そうして虫を男の口の中に放り込むと、虫は狂気乱舞して男の中に入って行った。


「げ、げぶおっ! う、おえ、おぉええぇぇぇ・・・」


 悶え苦しみながら男が床を転がりまわる。激しいけいれんを繰り返し、懸命に虫を吐き出そうと嘔吐し、喉をかきむしる。あまりの激しいけいれんに体中に傷がつき、地面に打ち付けた頭からは血が流れ出るが、男はやがてピクリとも動かなくなった。

 そして動きが止まってから間もなく、彼の体に変化が起きる。傷ついたはずの彼の体は見る間に修復され、彼はムクリと立ちあがった。


「ふう・・・」


 そして不思議な事に、彼の口からは女性の声がした。その事実に残りのシーカーだけではなく、エルリッチやマスカレイドまで目を見張る。



続く


次回投稿は3/3(木)12:00です。

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