快楽の街、その271~剣の風⑮~
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「これは・・・」
「いかがしました、マスター」
フォルミネーが休憩のために純潔館の私室に戻ると、そこに顔色の悪いルヴェールがいた。ルヴェールにも私室はあるが、魔術を使用する際にはフォルミネーの部屋を借りる。そこで彼女の魔術を使っているのだが、今は占いを使用しているらしかった。その行為そのものは定期的に行われるのだが、顔色が曇っているのを見るのは何十年ぶりだろうか。
ルヴェールの魔術、数秘術は制限も多いが応用は多岐にわたる。使用の仕方では戦局すら左右する魔術――たとえば都市をまるごと防衛するような巨大な魔術を構築することもできるし、単純に使えば市井の占いと変わりない。
要は偶発的に出現した何かに対し読み解く力に超常的に長け、なおかつ介入できるのがルヴェールなのだ。言い換えれば、人生だけでなく世の理や運命そのものに介入する力に等しかったが、ルヴェールがそこまでの力を行使することは滅多にない。いわく、代償が大きすぎるとか。
運命に対する人為的な介入は歪を生み出し、よりありえない事態を引き起こすとかなんとか。一度フォルミネーもどうやって状況変化を読み取り介入するのか聞いてみたが、さっぱりわからなかった。こればかりは何百年と生きた経験がなければ駄目らしい。
そのルヴェールはたいていの事態に冷静に対処し、余程悪ければやや悪い、くらいの運命に落とし込むことを目標としている。そうやって黄金の純潔館を維持してきた。人の死に関わることであれば、たいていの場合何個かの悪い運命に分割して本人に体験させる。たとえば体の一部と仕事を失うが、別の形で人生を再出発させる、とかである。ではラニリの場合はどうにもできなかったのかと聞くと、「彼女の運命はここに来た時から決まっていた。本来なら娘と会うことなく死ぬ運命だったのが、一目会うところまでこぎつけただけでも上々。もしあそこで死んでいなければ、今度は多数の人間を巻き込んだもっと最悪な運命が待っていた」と言っていた。ラニリの死に対しても悼みこそすれ、さほど顔色すら変えなかったルヴェールが、顔色を曇らせていたのである。
「よほど良くない結果が出たのですか?」
「・・・結果ではなく、これから起こることですけどね」
「ターラムの悪しき存在は、その多くが駆逐されたはずですが」
「肝心の者が消えていない。それはわかっているでしょう?」
「我々が言うところの支配者――ターラムの命運を裏から悪しき方向に導く存在。マスターが善の支配者なら、悪の支配者といったところの相手ですか」
「私は善ではないわ。だけど、かの相手とはこれからも関係が続いて行くはずだった。現にアルフィリースたちが乗り込んできてから何度か占ったけど、相手の運命線に変更はなかった。ここでは仕留め切れない運命だった。
アルフィリースは良くやってくれた。彼女が関係できた中では最上、全体としては予想された結果の中で、良い方から3番目ないし4番目の出来だった」
「では何が良くないのですか?」
「相手の支配者の数が増えた」
「・・・は?」
フォルミネーにはその意味がわからなかったが、ルヴェールが悔しさのあまり指を噛んでいた。これは予想していなかったという顔であると同時に、長年の謎が解けたとつぶやいていた。
「そうか・・・そうなのか。だから運命線の色と方向が同じだったのね。変だとは思っていたのよ。相手の運命線は確実に何度か途切れていた。これは死亡を現すの。相手は長命だけど確実に代替わりしているはずなのに、どの代になっても同じ色の運命線と方向を示す。いかに同じ意志の元動いていても、全く同じになるはずがないのにね。ずっと長年それだけが不思議だった。
でもこれなら納得がいく。同じ運命線を持つ者が、最低4人。もし彼らが意志も生命も共有しているとしたら。そのうち一つは消えたけど、まもなく復活している。死んでは生まれ変わり、別人として行動する。それならば誰にもばれず、半永久的に行動できる。しかも今生まれ変わった者が、他の者の支えになってる。これは、役割が違うと言うことか。同じ生命が、別の個体に入っている・・・他の者を生かしているのがこれか。それなら極端に運命線が細くなったこの人物は一体」
「ルヴェール様、一体何をおっしゃっているのですか?」
フォルミネーの言葉にルヴェールが顔を上げた。それはフォルミネーが見たこともないほど厳しい表情だった。
「ここまでやるのは本意じゃないけど、今回ばかりは仕方がないわ。これ以上やつらに好き勝手やらせるわけにはいかない。黄金の純潔館にも危険が及ぶかもしれないけど、覚悟が必要だわ。フォルミネー、覚悟はある?」
「あなたの言うことなら、命を懸けていつでも」
優雅に傅いたフォルミネーにルヴェールは微笑みかけた。
「罰は私が受けましょう、貴女はアルフィリースに伝令を。すぐさまリリアムのところに急行させて。仲間の中で、最も速い者を遣わしなさいと伝えて。そうでなければ、彼女はここで死ぬわ」
「リリアムが!? わかりました、すぐに」
意外な名前にフォルミネーは一瞬面喰ったが、急ぎ足で部屋を出ていったのだった。
続く
次回投稿は、5/3(水)12:00です。