快楽の街、その270~剣の風⑭~
「関節まで固いのか?」
「固いのはテメェの頭の中身さ。皮膚を金属化するだけが金属性の魔術士だとでも思ってんのか! 延性、展性って言葉は知ってるか?」
ヴァルガンダの言葉に聞き覚えがあった。確かミリアザールの戦闘用講義に、金属性の魔術士との戦い方があった気がする。金属性の魔術士は単体ではそれほど戦闘力を持たないが、属性を周囲の仲間に付加することで厄介な敵となりうる。たとえば小隊の鎧騎士に金属性の魔術で硬化を施すだけで、軍隊の能力を即席で底上げできる。付加する属性によっては、熱や冷気に強くなったり、触れただけで斬ることができるような属性を付加することが可能だとか。ゆえに金属性の魔術士は多くの場合、仲間と共に動く。
例外として、自らに属性付加をすることで単体戦闘を行う者もいる。優れた体術が必要となるが、可能性としてないわけではないと。ただ元の硬度に影響されるから、生身では効果が低いと言っていなかったか。まして関節まで硬化しては使い物にならないため、生身にかけるのは効率的ではないが、さらなる例外もある――そこでジェイクの講義の記憶は途切れていた。そこからは言葉が難しくなりすぎて、理解可能な範囲を超えていた。今更ながらしっかり聞いておけばよかったのかと後悔するジェイク。
その表情を見て、ヴァルガンダは凶暴な笑みを見せた。
「どうやらその顔じゃあ、勉強半ばってとこだな? じゃあアタイが教えてやるよ、苦痛と悲鳴と一緒になぁ!」
ヴァルガンダの蹴りが再度ジェイクを捕える。今度は剣で受けたジェイクだが、剣にひびがはいるのを見ると、咄嗟に後ろに飛んで踏ん張るのを避けた。このままでは剣が破壊されることがわかったからだ。転げながら体勢を整えるジェイクを見て、口笛を吹くヴァルガンダ。
「ガキのくせにいい反応だぜ。だが次は剣がもたねぇ」
「ちょっと、殺しちゃう気?」
「テメェの出番は無しだな、ガルチルデ!」
ヴァルガンダが踏み出すと、ジェイクもまた前に出た。考えがあるわけではないが、引いて光明が見いだせる相手とも思わなかった。それに、この相手に引くのは何か違う気がしたのだ。はたして、ヴァルガンダが凶暴な笑みを見せた。
「気に入ったぜ、ガキ。その度胸だけは認めてやる! あと五年もすりゃあイイ男になったかもなぁ!?」
「うるさいっ!」
ジェイクが剣を上段に構えるとヴァルガンダの手が突然ぬるりと延びた。前に突き出した形の拳が、突然ジェイクの目の前に迫る。ジェイクは反射的に剣を受け止めたが、その衝撃で剣は折れてしまった。
「ウォルフラム製のアタシの体を受け止めれる剣じゃなかったなぁ? 死ねっ!」
「ジェイクっ!」
ヴァルガンダの下段蹴りが放たれると同時に、ギャスが投げたナイフがヴァルガンダに迫る。ヴァルガンダは上半身を捩じってそれを受け止めるが、気がそれた瞬間に影が飛びこんできた。楓はヴァルガンダの軸足を払うと、喉笛を掻き切るべく短刀を同時に振るっていた。
「舐めんなぁ!」
ヴァルガンダの腕が関節にありうべからざるところで曲がる。表面だけでなく内部まで金属へと変形させ、さらに液体化させることで可能になる芸当。目の前で楓の短刀を止めた瞬間、楓がさらに手を捻ってヴァルガンダを回転させた。
「おわぁ?」
「体の芯は変化させられまい」
正中に腰を入れた一撃。表面破壊ではなく、内臓へと衝撃を伝わらせる一撃。たまらずヴァルガンダが回転しながら吹き飛んだ先に、ジェイクがいた。
「げっ」
「うわっ」
「あ」
二人が吹き飛んだ先は、崩れかけた建物。ジェイクが下敷きになるようにぶつかると、さらに崩壊した木材が馬乗りになるヴァルガンダの頭に落ちてきた。
「!?」
「・・・ぎゃああっ!」
一瞬の空白。見ていたギャスも楓も、ガルチルデさえも。状況を真っ先に飲み込んだのはジェイクだったが、悲鳴を上げたのはヴァルガンダだった。
「て、てめぇマセガキ! な、何しやがるっ!」
「し、知るかよ! お前が勝手にやったんだろ?」
「か、勝手にだとぅ!? 乙女の、乙女の唇をなんだと――」
「はいはい、そこまでよ。退くわよ、ヴァルガンダ」
唇をごしごしとこするヴァルガンダと、ガルチルデがつまみ上げた。
「そうはいくかよ、きっちり責任とらさねぇと気が済まねぇ!」
「恥の上塗りだわ、やめなさい。戦う機はもう逃してしまったわ。あの子はあの咄嗟にあなたの下敷きになったわ。意味がわかるでしょう?」
「う・・・」
「あの子は騎士だわ、殺し合いの相手も気遣えるくらいに。これでは勝っても負けても無様になるだけよ。一端退きましょう。
それでは皆様、ご機嫌よう。また戦場でお会いしましょう」
ガルチルデはヴァルガンダの首根っこを掴むと、速足に去っていった。楓は追うべきかと考えたが、他にも相手がいる可能性を考えやめておいた。背後では放心状態のジェイクと、その傍に座るギャスがいた。
楓がその身を案じて話しかけた。
「すみません、可能な限り手を出すなと言われていたのですが・・・ご無事ですか? 怪我は?」
「・・・怪我はない、けど」
「なんだよ、そんなに落ち込むことないだろ。役得だとでも思っとけ。血の味でもしたか?」
「・・・焼肉の味がした」
「そりゃあご愁傷様だ」
「上書きしますか?」
楓の大胆な申し出に、さらにジェイクが落ち込んだ。
「お前までそんな冗談言うなよ」
「リサさんには黙っておきますが?」
「無理。絶対ばれるし、それ以前にそんな不誠実なことはしない」
「そうですか」
「でも頼む、二人ともこのことは黙っておいてくれ」
「一つ貸しにしとく」
ギャスがいつの間にか煙草を取り出して加えていたが、ジェイクは下を向いたまま頷くくらいしかできなかった。
続く
次回投稿は、5/1(月)12:00です。