快楽の街、その269~剣の風⑬~
「ジェイク、知り合いか?」
「いや、初めて見る」
二人が見つめる先には、魔術士風のローブを纏った二人の女性がいた。ただローブは申し訳程度に纏っているだけで、一人はその下に娼婦顔負けの透けた寝間着を付けており、一人はローブを破いてミニスカートとしていた。顔を隠すためのフードもなく、もはやあまりローブとしての意味はなさそうだった。
艶っぽい方の背の高い女は微笑むようにジェイクたちを見ていたが、ミニスカートの方の背の低い女は敵意むき出しの目だった。手に持った露店の肉を齧る様が、妙に似合っていた。
「ガルチルデ、あいつがそうか?」
「そのようね。クランツェの使い魔がそう言っているわ」
「はっ! あんな小僧にバンドラスはやられたのか? クランツェの使い魔は大丈夫なんだろうな!? それとも大したことねぇのか、勇者御一行ってのも?」
「クランツェの追跡魔術は優秀よ。それに見た目で侮るのは良くないわ、ヴァルガンダ。可愛く見えても、その本質は怪物かもしれない」
「お前みたいにか?」
「私は見た目どおりよ?」
「じゃあ淫乱かアバズレだな。まぁ本気かどうかは遊んでみりゃわかる」
「見つけただけで任務は終了よ、ヴァルガンダ。シェバ様の言いつけを守らないのはよくないわ」
「はっ、じゃあお前はなんで勝負服で来たんだよ! アタシよりもヤル気満々じゃねぇの!」
ヴァルガンダの言葉に、ニタリと笑うガルチルデ。
「修行ばかりで飽きたから、かしら? でも彼の顔を見てやめたわ。まだ熟すまで時間がありそう。おいしくなるのは数年後よ、それまで待つべきだわ」
「アタシは我慢できねぇ、旨いものはすぐ食っちまうタチなんだ」
「私は菓子の中心に飾り立てられた果物は、最後まで残す性質なのよ。まずは周辺から、じっくりと生地から味わって、最後に果物をいただくの」
「アタシは一番うまそうな部分を食って、まずけりゃその菓子ごと相手の顔にぶん投げるね。旨くても飽きたら次だ」
「贅沢な子だわ、でもほどほどにね。顔が確認できた段階で、最低限の仕事は終えているのだから。もっともやってはいけないのは、ここで我々がアルネリアと決定的に対立することよ」
「わかってるよ。ちょっと唾付けるだけだ、味見にもなりゃしねぇ」
ヴァルガンダと呼ばれた女は肉を骨ごとがりがりと食べ終わると、食べかすをポイと投げてずかずかと近寄ってきた。態度の大きさに威圧感はあったが、いざ目の前に来てみるとジェイクとさほど背丈の変わらない女である。
ヴァルガンダはジェイクの前で凶暴そうに笑った。黙っていれば美人なのに、笑った時に見えるギザ歯で、猛獣のようにしか見えない女だった。
「ガキ、おめーがバンドラスをやったのか?」
「それ、答える必要があるのか? それに俺はガキじゃない、ジェイクっていう名前がある」
「はっ、下の毛も生えそろってねぇようなガキが生意気言いやがる」
「生えそろってないのはあなたも一緒でしょう、ヴァルガンダ」
「うるせー! きっちりはえてんよ、もうボーボーだ、ボーボー!」
「・・・はしたねぇ女」
思わず顔を真っ赤にしてガルチルデに反論したヴァルガンダ。それを見ていたジェイクの呆れたような声に、ヴァルガンダが突然殴りつけてきた。咄嗟に鞘で受けたジェイクだが、女とも思えない膂力に、ギャスも交えて吹き飛ばされた。崩れかけの建物にぶつかり、一部が崩壊した。
「いってぇ」
「こんなイイ女捕まえて誰がビッチだよ、クソガキィ!」
「そこまで言ってない!」
素手で殴りかかってくる相手に真剣を抜くのは一瞬ためらわれたが、骨も軋むような蹴りを防御したことでジェイクの覚悟が決まった。浅く斬りつけて撤退させようとしたジェイクだが、剣が金属音に弾かれる。
「!? 金属性の魔術士か!」
「はっ、ご名答」
ならば、とジェイクは関節を狙う。皮膚の金属変性は金属製の魔術士なら常識だが、関節まで金属化すれば満足に動けないのもまた常識である。だが右脇を狙ったジェイクの一撃は、あっさりと弾かれてしまった。
続く
次回投稿は、4/29(土)13:00です。