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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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死を呼ぶ名前、その15~救援と別離と~

「かかったわね」

「?」


 ライフレスがアルフィリースの言葉の意味を謀りかねた瞬間、ミランダを捕まえていた腕が切り飛ばされる。そしてライフレスが反射的にその方向を振り向くと、ミランダを抱きかかえるように、女が一人いた。

 と、同時に女が何かをライフレスに投げつけ、一面が眩しい光に包まれた。


「なんだこれは!?」

「これは・・・光爆弾?」


 ライフレスと同時に、アルフィリース達も視界を潰される。だが、ライフレスがいち早く視界を取り戻した時に、アルフィリース達はニアの所まで既に後退していた。そのアルフィリース達を守るように立ちはだかる、三人のくの一達。

 さしものライフレスも驚きの色を隠せず、思わずお決まりの言葉をくの一達に投げかける。


「何者だ、お前達」


 だがくの一達がライフレスの言葉を気にかけることはなく、それぞれが顔を見合せる。


「では、打ち合わせ通りに」

「ミランダ様、アルフィリース殿、脱出します。どうかこちらへ。楓、後は任せます」

「承知」


 ライフレスを無視して動き始めるくの一達。その展開にライフレスも再び呆気にとられるが、だがその展開に付いていけないのはミランダも同じこと。くの一達を見て、ぽかんとした表情を浮かべている。


「・・・あんた達、誰?」

「ミランダ、説明は逃げながらよ。エアリー、フェンナ、走れる?」


 アルフィリースの声に、よろよろとだがエアリアルとフェンナが立ちあがる。エアリアルは聞き手を負傷し、残る手も痛めているがそんなことを言っている場合ではない。フェンナも、ライフレスに殴られた腹を押さえながら立ちあがる。そして、どうやら現在の状況を一番正確に分かっているのはアルフィリースだった。


「なんとか、大丈夫だ」

「私も・・・いけます」

「よし。私は最悪魔術を使うから、両手は空けておきたいわ。エアリーは馬を回収して連れてきて。ミランダ、ニアをよろしく」

「あ、ああ」

「他の人は走れるわね? では先導をお願いできるかしら」


 アルフィリースがてきぱきと指示を飛ばしくの一に言葉をかけると、無言で頷き先導を始めるくの一2人。アルフィリース達の後方では、残ったくの一と、ライフレスが対峙していた。


「おい、まさか俺を一人で足止めする気じゃないだろうな?」

「いけませんか?」


 くの一が答える。その背はまだそれほど高くなく、体つきを見ても幼さを残す体型をしている。表情こそ覆面でわからないが、おそらくは少女なのだろう。そのくの一が、さらに言葉をつなぐ。


「むしろあなた程度なら、私一人でも倒してしまえると考えているのですが」

「・・・挑発にしても面白いことを言う小娘だな。よかろう、貴様の相手をしてやろう。ただし!」


 ライフレスが語調を強める。


「貴様がつまらぬ輩であれば、これ以上ないくらいに嬲ってから殺す」

「心配せずとも御期待には添えるかと。では参ります」


 少女のくの一が左手で目を覆う。なんのつもりかと一瞬訝しんだライフレスだったが、少女の目を再び見た時、茶色だったはずのその目は紅蓮に燃えていた。


「魔眼か!」

「燃えろ・・・!」


 ライフレスが魔眼を認識するのと同時に、その体があっという間に全身炎に包まれる。ライフレスが無詠唱の氷の短呪を自分に向けて放つが、炎の勢いをわずかながらに抑えることもできなかった。


「(普通の炎ではない?)」


 ライフレスが気づいた時は既に遅く、炎がまるで枷のようにライフレスの四肢にまとわりつき、その身を捕縛する。そして炎の鎖で繋がれた状態で、少女が使う炎に包まれるライフレス。


「(ちい。これでは魔術も使えんし、身動きが取れん!)」

「そのまま大人しくしておいてもらいましょう。私の力が尽きるまで」

「(はなからこれが狙いか)」


 ライフレスが想像した通り、少女はライフレスをわざと挑発し、戦わせるように仕向けた。そしていかにも真っ向勝負をするというふりをし、まんまと裏をかくことに成功したのである。

 もしくの一が少女でなかったら、あえて安い挑発をしなければ、ライフレスの意識がアルフィリースとの戦いで高揚しておらず冷静であれば。このような事態にはならなかったかもしれなかった。

 だがしかし。


「(いつまでこうしておけるかな?)」


 炎に包まれてライフレスの声は届かないが、それは少女にもわかっていることだった。


***


 そして逃げるアルフィリース達。その途中でミランダがくの一に質問する。


「お前達が何者か、説明してもらおうか?」

「私達はミリアザール様の命により、ミランダ様の監視・護衛を行っております口無しの者です。私はあずさ、こちらは桔梗ききょう、足止めをした者はかえでと申します」


 走りながらくの一が説明する。


「監視だと?」

「監視と言ってもミランダ様の身を案じてのことです。何かミランダ様達に都合の悪いことがあるようなら、影からそっと助けるように仰せつかっております。本来ならもっと早くにお助けすべきだったのですが、存在を気取られてはならぬ、とのお達しにより離れて見守っておりましたことが災いいたしました。気づいた時には結界で分断されているという失態。いかようにお詫びしても、しきれるものではございません」

「・・・それはリサのせいでしょう」


 ミランダが何かを言いかける前にリサが答える。その言葉に目で肯定する梓。


「申し上げにくいことですが・・・最近リサ殿のセンサー能力が向上したせいで、近くで護衛ができなくなっておりました。今から考えればリサ殿にだけでも相談しておくのが正解だったかと思いますが、既に後の祭。どうか平にご容赦を」

「アンタ達のせいじゃないさ。むしろ今こうやって脱出の機会をもらったんだから、感謝しているくらいだ」


 ミランダが梓達をなだめる。その言葉に一瞬梓の顔が緩む。


「そう言っていただければ、日向ひなたも報われましょう」

「どういうことだ?」


 だがそのミランダの疑問はすぐに解決される。可視化できるほど強力な結界が壁のように立ちはだかるが、その一角に穴が開いていた。その向こうには方術で陣を敷いた中に、女性が正座している。さらには・・・


「なんだ、あれは?」

「なるほど、死法ね」

「その通りにございます」


 ミランダは女性が一瞬何をしているのかわからなかったが、アルフィリースにはすぐにわかった。女性は自分で自分の腹を貫いていた。その手は今もゆっくりとだが、腹を横に裂き続けている。自分の生命力を代償にした方術、死法である。方術に限らず、魔術にも自信の生命力を代償にするものは沢山ある。アルフィリース自身に施された呪印もまたそうである。

 穴を通って結界を突破したアルフィリース達とくの一は、女性に駆け寄る。そして梓が女性に声をかけた。


「日向、よくやったわ。後は楓が退却するまでなんとか持たせなさい」


 その言葉に日向と呼ばれた女性がゆっくりと顔を上げ、わずかに頷く。その目からは光が失われかけており、口からは血がごぼりと垂れた。まもなく死ぬのだろう。その様子を見て、ミランダが梓に喰ってっかかった。


「お前! 部下になんてことさせやがる!」

「・・・止むをえない措置です。あのまま手をこまねくわけにもいかず、他の方法をとるには時間が足りない可能性がありました。優先されるべきは我々の命ではなく、貴方様の命なのです」

「命に優劣なんざあるもんか!」


 ミランダが梓の胸倉をつかみかかる。だが梓は抵抗するでもなく、半分体が宙に浮いた状態でミランダを見つめ返した。


「いいえ、あるのです。我々の命はそれこそ水鳥の羽毛より軽い。我々が死んでも大勢に影響はないでしょうが、貴方様は違うのです。そのことをもっと自覚していただきたい」

「まだ言うか!」

「・・・ですが、貴方様がそういった方だからこそ、我々も報われる。ミランダ様のその言葉、嬉しゅうございます」


 梓のその言葉を聞いて、ミランダは力なく手を離した。もはやミランダが何を言ったところで、この日向という女の命運は変わるまい。そして口無し達が行うことも。その事実がミランダにも理解できるからこそ、そして口無し達が感情を持っているからこそ、どうにもできない自分がミランダは悔しかった。

 そのミランダの肩に手を置くアルフィリース。


「ミランダ、もし日向の死を無駄にしたくないなら、私達が今すべきことは確実に逃げ伸びることよ。ここを離れましょう」

「・・・わかってる、わかってるんだけど! ・・・アタシはこういうのは苦手だよ・・・」


 ミランダがうなだれる。少し一行を沈黙が包むが、その隙がいけなかった。ミランダの影から伸びる手に、いち早く気がついたのはリサ。


「ミランダ!」

「え?」

「逃がさぬ・・・」


 手をエアリアルが打ち払い、弾かれた影が形を成す。エルリッチであった。


「ライフレス様の命により、貴方達を逃がすわけにはまいりませんな・・・」

「でやがったな、骸骨め!」

「心配しないで、ミランダ。こんな奴なら私の魔術で――ぐうっ!?」


 アルフィリースが魔術を詠唱しようとした瞬間、低いうめき声が彼女から漏れる。そしてそのまま右腕を押さえ、うずくまるアルフィリース。


「アルフィ、どうした!」

「あう、ううう」


 ミランダがニアをエアリアルに預けて駆けよれば、アルフィリースの右腕の呪印が奇妙な蠢きを見せ、広がり始めていた。以前は腕の全面といっても、密度は大したことはなかった。せいぜい腕に文字が彫ってあるな、という程度だったのである。だが今はアルフィリースの上腕は、元の肌の色が見えなくなりそうな勢いで呪印が侵食していた。


「これは一体?」

「腕が・・・腕が痛いよ、ミランダ。あああああ!」


 アルフィリースが戦いの最中だというのに悲鳴を上げた。アルフィリースが普段の態度に似合わず我慢強いことをミランダは知っているので、これは余程一大事ということがすぐに分かった。ミランダは梓の方を凄まじい勢いで振り返り、これ以上ないほど真剣な思いで頼みごとをする。


「すまない梓。さっきはあんなこと言っておいてなんだが、逃げるために力を貸してくれるかい?」

「存分にご命令を。我々は命を惜しみません」

「なら、命令だ。私達を逃がしつつ、できるだけお前らも死ぬな。死ぬなら、アタシの元に帰ってきてから死んでくれ。勝手に死ぬのは許さない」

「努力しましょう」


 ミランダがアルフィリースを抱えあとずさる。もはやエルリッチが自分の恋人の仇などという考えは、彼女の頭から消えていた。そして梓と桔梗がエルリッチに対峙する。


「逃がすと思うのか?」

「いえ、逃がしてみせます」


 そうしてじりじりと間合を取る各自だが、ふとフェンナは大地の精霊がざわめいていることに気がついた。


「(このざわめき方は地震・・・いえ、かなり強い魔術?)」


 ほどなくして、他の全員が揺れる地面に気がつく。


「何だ、地震か?」

「これは・・・いけない!」


 フェンナが叫んでミランダを突き飛ばした瞬間、地面が激しい隆起をし、フェンナとエルリッチの立っていた地面がめくれあがる。


「くうっ!?」


 エルリッチもまた虚をつかれたのか、反射的に自分の身を守ることで精一杯だった。そして、


「キャアア!」

「フェンナ!」

「フェンナさん!」


 一番近くにいたカザスがフェンナに手を伸ばそうとするが、そのカザスもまた、地面の隆起に飲み込まれていく。


「うわぁ!」

「カザス!」

「いけません、撤退を!」


 梓が叫んだ瞬間、シーカーの一軍が絶叫と共に姿を現した。


「うおおおおお!」

「チェザーリ様を救え!」

「敵は皆殺しだ!」


 彼らの目は血走り、怒りに狂っている。遠目からでも、今の彼らに見境がないことは誰にでもわかった。ミランダはフェンナを何とか助けに行こうとしたのだが、そんな時間すらないことに気がつく。


「くそ! エアリアル、撤退だ!」

「もうやってる!」


 エアリアルは魔術に怯える馬をいち早くなだめ、全員をその上に促していた。ミランダもそれに続く。そして馬に乗ると、フェンナとカザスがいるであろう方向に叫ぶ。


「フェンナ! きっと助けるから、死ぬなよ!!」


 そして馬の腹を蹴り、その場を後にしたミランダ達であった。

 

 彼女達が去った後、先ほどまでアルフィリース達がいた場所の地面は完全にめくれ上がり、日向もまた地面の裂け目に飲み込まれていった。エルリッチはなんとか回避したが、シーカー達が一斉に彼に群がって来るのを見て、「多勢に無勢か」と言い残して姿を消した。日向が地面に飲み込まれたことで結界に開けた穴も消えていたが、地面が変形したせいでライフレスの結界もまた消滅していた。そして遮るものの無くなったシーカー達が、ライフレスの元に殺到していくのであった。



続く


次回投稿は、3/1(火)12:00です。

 

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