快楽の街、その264~剣の風⑧~
「この間で手を挙げるとは勇気があるわね」
「だから空気が読めないと皆に言われるのよ」
「うるせぇ。ややこしい質問はやめだ、一つだけ聞かせろよ。お前たちは何なんだ?」
ゲルゲダの問いに対し、ロザンナはファンデーヌに目で促した。ファンデーヌもまた少し躊躇いがあったが、ゲルゲダに向き直ると威圧するように殺気を放ちながら、顔だけは優雅に微笑みながら告げたのだ。
「私たちは『怒れる静寂』。この世を燃え落とさんがために顕現せし、10体の器。この世から人間の痕跡が消え去るその日まで、私たちの活動が止まることはないでしょう」
「オーランゼブルの元に派遣していた1体が壊れたから、正確には残り9体ね。あれは奢っていたから、私たちの言うことも聞かず一人で動き回り死んでしまった。おかげで復活もさせられやしなかった。まあ奴がいなくても、計画は進行しているから問題はないのですけどね。あと我々が出来ることと言ったら、最後の一手だけ。その動きに正直私たちは不要なのだけども、ここまでやってきたことを見届けたくはあるわ。そのくらいの自我は許されてもよいでしょう。
喜びなさい、愚かな人間。あなたはファンデーヌに選ばれたのよ。世界の焼け落ちる様を見届ける時に傍にいる者として。人間でいうところの婚姻、にも相当するのかしら」
「・・・そりゃどーもありがてえこって。んで? 俺は世界が焼け落ちる前に、ヴァルサスを殺せばいいのか?」
意を得たゲルゲダをロザンナが肯定した。
「邪魔となる可能性がわずかでもある者は排除する、昔からそうしてきたのよ。ターラムはもうその役目を終えたわ。できれば最後、ターラムには滅びてほしかったけどそこまで望むのは贅沢かしらね」
「あと、結局私と対立してきたターラムの支配者は殺し損ねたわ。おおよそ誰かまではわかっていたけど、最後の最後で尻尾がつかめなかった。お互いさまかもしれないけど、ここまで長いこと争ったらもう親愛の情すら浮かんでくるわ。まぁ私はおおよそ役目を終えたのだから、私の勝ちでよいのだろうけど」
「ターラムの役目? そんなものがあるのか?」
「あるのよ。木を隠すなら森。カラミティもバンドラスも、それにリビードゥも。その他諸々の小悪党たち。彼らはよくやってくれたわ。おかげで私は最後まで何をしていたか追及されなかった。
ここには私たちの『故郷』があったのよ。ここがなくては、私たちの活動は困難だったわ」
「故郷だとぉ?」
「ふふ、まぁそんなに良い物ではないかもしれないけどね。さて、おしゃべりはここまで。そろそろ移動しましょうか。死体剥ぎの連中でも来たら厄介だし、ロザンナを背負ってくださる? できれば火葬にしたいのよ。そうでないと、痕跡が残っちゃうから」
「それなら外のオークの死体焼に混ぜることにすらぁ。さすがに市内の火葬場にはコネがねぇし、今この時期に持ち込むのは足が残るかもしれねぇからな」
「ちょっと、オークなんかと一緒に燃やす気?」
「贅沢言うな、痕跡を残さねぇのはそれが一番だろうが」
ゲルゲダはロザンナを適当な頭陀袋に詰め込みながら反論していた。ファンデーヌはロザンナが不満を言いながら袋に詰められるのを苦笑しながら見ており、ロザンナもまたため息をついていた。ゲルゲダはロザンナを詰めた袋を担ぐと、自分が運転する分の五番隊の荷馬車の中に放り込んだ。これだけの騒動の後である、市門の検閲などなきに等しいだろう。市門の外では煙が無数に上がっていた。途中で適当な火葬の中に放り込めばそれでいいと説明し、ファンデーヌを納得させた。
ファンデーヌはあまりにゲルゲダが従順なので訝しがったが、行動にも意見にもおかしなところがなかったので、荷馬車の御者席の隣に乗るとそのままゲルゲダに任せた。だがファンデーヌは知らない。ゲルゲダの指がロザンナを担いだときや、荷馬車を動かしながら時々別の動きをしていることを。そしてその動きが、隊内にしか通じない指文字であることも。そしてファンデーヌが気配を感じ取れるよりも遥か遠くからその指文字を見ることができる部下がいることも、ファンデーヌは知らないのだった。
続く
次回投稿は、4/19(水)13:00です。