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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その258~残りモノ⑧~

「なるほど、それでたまたま千里眼がその襲撃者を捕えたと」

「うむ、本当にたまたまだった。アルフィリースが目で追った先を反射的に見たら、それがおったのだ。まさか人間の格好をしているとは思っていなかったし、それにこちらの視線に感づいたか、それとも千里眼や魔術による遠隔視そのものを警戒したのか、すぐに魔術で視界は遮断され、姿も人ごみに紛れ込ませたようだ。千里眼は微細な調節が効かんからな。人ごみに紛れ込まれると、姿が正確に追えなくなることも知っているようだった」

「その弱点を知っておったのですかな。だとしたら頭も切れるし、魔術の心得もあるでしょう。少なくとも、知性が高い」

「注意深いことも間違いないだろう。自己顕示欲も持たず、数百年以上も淡々と人を殺して回るのみ。怖い相手だよ、これは」

「シュテルヴェーゼ様が警戒するほどとなれば、我々もギルドとアルネリアを使って動向を把握した方がよさそうですね。元々ギルドでは注意を喚起していましたが、姿に関する報告は一切上がっていないはず。姿を見たのなら、似姿を描いてくれれば助かるのですが」

「妾に筆を取れと?」


 突然シュテルヴェーゼがにこりと微笑んだので、ミリアザールは次の言葉を失っていた。シュテルヴェーゼが感情を表に出すことなど、数えるほどしか見たことがない。それも笑顔となれば一度あるかどうか。ミリアザールは予想外の表情になんと反応すべきか困惑していた。それは隣にいた梔子も同様だったが、ミリアザールよりいち早く事情を察すると視線で合図をミリアザールに送る。だが悲しいかな、こういう時に限ってミリアザールは察しが悪い。

 固まったままのミリアザールに向けて、さらに満面の笑みを向けたシュテルヴェーゼである。


「わ、ら、わ、に筆を取れと申すのか、わが不肖の弟子は?」

「・・・はっ! これ梔子、筆と紙をお持ちしろ。シュテルヴェーゼ様の情報を元に、紙に似姿を起こすのじゃ」

「承知いたしました」


 シュテルヴェーゼが次の言葉を発する前に、梔子が筆と紙を準備してシュテルヴェーゼの言葉を待つ体勢に入った。その人間離れした素早さに、シュテルヴェーゼも呆気にとられる。ミリアザールもまた、今ほど梔子が有能であることを喜んだことはない。

 シュテルヴェーゼもまた梔子の素早い行動に免じてか、気をとりなすと滔々と剣の風の姿を語り始めた。そして素早く梔子が紙に書き起こすと、ほどなくして人物像が出来上がった。だが――


「・・・本当にこの顔でよいのですか?」

「そうじゃ。何かいかんのか?」

「いえ、いかんと言うのではなく・・・」

「特徴がなさすぎるのぅ」


 そこにあった顔はおそらくは男の顔であったが、おそらくと付けざるをえないほど中性的な顔立ちであった。まるで男になるか女になるかを決めきれなかったような、まるで性別を忘れてしまったかのような。よく言えば端正と言えなくもないが、悪く言えば十人並の顔である。また美しすぎず、醜悪でもなく、さらに言ってしまえば見方次第では随分と印象が変わる顔であった。


「これは、まるで人間の特徴を削ぎ落したような顔じゃの。目は鋭すぎず緩すぎず、鼻は高すぎず低すぎず。人間の中庸の部分を全部もってきてくっつけたらこんな顔かのぅ」

「これなら髪型一つ、着る物一つで随分と印象が変わるでしょうね。変装しやすいことこの上ない」

「妾には人の造形のなんたるかはわからんがな。背丈も人間ならば並じゃろうし、中肉中背であったな」

「ならばなおのこと、ギルドで手配しても該当する人間が多すぎて駄目かもしれませんね。しかし妙ですね。剣の風の話が事実であるのなら、今まで数えきれないほどの人間を殺しているはず。そういう人間は、似姿にすらもうちょっと殺伐とした印象が出るのですが」

「おぬし、そういえば観相にも造詣があったな」

「ええ、これでも口無しの長ですから。ある程度表情を見て適材適所できなければ、長として上手く集団を率いることはできませんよ」

「ふむぅ・・・」


 今の梔子は歴代の梔子の中でも、集団統制能力は随一である。個人の戦闘能力としては歴代の長と比べてさほどでもないが、他人を上手く使いこなす能力をかって梔子とした。その能力を支えるのが、人を見抜く力である。梔子が今まで人物の登用を間違えたことは一度もない。

 ミリアザールはふと考え込んだ。


「(上手くいくと思ったのじゃが、駄目じゃったか。剣の風への対抗策など考えるのはもう数百年ぶりだが、確かに問題となったことがあったな。ただギルドが本格的に動こうとすると消息が途絶え、忘れた頃にやってくる。アルネリアも直接的な被害を受けた報告は入っていないが、ひょっとしたら消息不明の巡礼はあるいはあれに消されたのやも。まあ証拠もないからただの疑心暗鬼にしかならんが)」

「・・・ザール様」

「(いや、それにしても報告は適宜入っておったが、第五位の悪霊だけでなく、オークの大軍、盗賊バンドラス、それに剣の風がいたにも関わらず、神殿騎士団やアルフィリースたちに大きな損害が出ていないのは奇跡のようなものか。これでターラムの支配者が見つかっておれば、それだけでも大きな収穫じゃたのに。正直誰かさえわかってしまえば、あとは何とでも交渉できる。そのためにマルドゥークにはアルフィリースの動向を可能な限り見張るように命令したし、アルフィリースが仮にワシに嘘をついたとしても関係ない。

 アルフィリースには報酬として土地をやるとは約束したが、あれの考えはどうも読めん。傭兵団を運営する場所が欲しかろうと考えてああは約束したが、渡す土地によっては問題となるかもしれんし、また無茶な要求をしかねんからな)」

「ミリアザール様?」

「まぁ、何にせよおおよそ目論見通りといったところか。子供の落書き以下のお師匠の下手な絵も見ずに済んだし・・・はっ!?」


 考え事の途中で梔子に呼びかけられたせいか、それとも緊張の糸が切れていたのか。途中から、考え事がいつの間にか口から漏れていたようだ。茶を啜った姿勢のまま、下を向いて飲む量よりも多くの汗を出すミリアザール。あまりの動揺に、茶を音を立てて、ずぞぞ、とはしたなく吸ってしまっている。

 顔が上げられない。正面からは昔対峙した大魔王以上の殺気が漂っている。そして梔子はいち早く部屋から出ていった。足音はなかったが、扉を開けて出ていく音だけが聞こえた。さすが処世術が上手い。扉を開けてから少し間があったことを考えると、丁寧にお辞儀をしたのだろう。「あとは勝手におやりください、私は知りません」とでもいうことか。この薄情者の梔子め、とミリアザールは恨みがましい顔をした。

 ミリアザールが茶を啜り切ってもまだ汗をかいていると、思いのほか優しい声が降ってきた。


「ミリアザール?」

「はいっ!」

「顔を上げるがよい」

「・・・はい」


 逆らってももう遅い。ミリアザールは覚悟の上で面を上げたが、凄まじい物を見た。シュテルヴェーゼは満面の笑みの中、目だけが笑っていなかった。その形相たるや、まだ悪鬼の方がマシだとミリアザールは思った。

 シュテルヴェーゼは手元の茶を啜り、菓子を口に放り込むと席を立った。


「・・・半刻後、地下の訓練室に集合。稽古をつけてやろう」

「はっ! しかしワシも仕事を多数抱える身。短時間にしていただけると助かりまする」

「おぬし、真竜たる妾の稽古を人間世界の些事と比較する気かえ? じゃが心配するな、疲れたお主に少々休憩をやろうというのじゃ。何、それほど酷くはなりはせんよ。お主の顔が、妾のその子供の落書き以下の造形になるだけじゃ。一日もあれば目が覚めるじゃろう。ゆっくり休めるぞ、どうじゃ、嬉しいか?」

「はい、泣きたくなるほど」


 ミリアザールの表情が夜と勘違いするほどの曇天以下の暗さになると、シュテルヴェーゼは席を立った。そして部屋を出ると、入れ違いに梔子が再度入ってきた。そして茶が入っていたカップを片付けながら言うのだ。


「ミリアザール様。半刻あります」

「なんじゃ、折檻を避けるための良い策でもあるのか」

「遺言があれば後が揉めないので助かります。さっさと書いてください」

「・・・もう怒る気力もないわ」


 ミリアザールは盛大なため息と共に、昔受けた折檻か稽古かわからない凄まじい手合せのことを思い出していた。



続く

次回投稿は、4/7(金)14:00です。

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