快楽の街、その256~残りモノ⑥~
「細かい理由は様々じゃろうが、大元は皆一緒よ。今の世の機構に一石を投じたい。この世はアルネリア、討魔、魔術、オリュンパスの4大勢力によって仕切られており、他の勢力の介入する余地はほとんどない。安定はしているが、まったくもってつまらん。後世に生まれた能力ある者達ですら、彼らの支配する法律によって色分けされ、取り込まれるだけ。決して法律そのものを作る側に回ることはない。この現状に不満がある者達がゼムスの仲間になっているのさ」
「今の貴族の体制には反吐が出る。何代も前の功績に縋る無能な貴族、現場で血を流しているのは誰だと思っているのか」
「男に生まれたからには強い者に挑まないとなぁ。そういう意味では体制をぶっ壊すってのは最高の破壊行為だ。もっとも強いってだけなら黒の魔術士ともやりあってみたいが、それはいつでもできるからなぁ」
「・・・なんだ、ギルドの有名人たちは鼻もちならねぇ連中だと思っていたが、存外気が合いそうだな」
グンツがやや面白そうに三人を見たが、ケルベロスには彼らの感情が理解できなかった。
「(食う物があって、安心できる寝床があって、金を払えば大抵の要求は満たせる人間の社会のどこに不満があるんだべな? オラにはちっともわからねぇ感覚だ。そういうアノーマリーが言ってたのは、最もこの世で度し難いのは人間の欲望だと。人間の欲望が自分を生み出したんだから、自分のせいで人間が何人死のうが自業自得だから全く心が痛まないと言っていたなぁ。アノーマリーの言葉の意味はわからんだども、人間の欲望が度し難いってのはわかるべ。人間が滅ぶとしたら、その欲望によってだろうなぁ。オークのオラよりも欲深いんじゃねぇのか)」
ケルベロスの意見はある意味では真理の一つだったかもしれないが、そんなことは気にも留めずケルベロス、グンツと三人は徐々に打ち解けていった。
その中で、クラウゼルがシェバを手招きして呼び出す。
「シェバ、アナーセスとダートが殺されたのは聞いたか?」
「それどころか、おそらくはバンドラスも殺されているさ。いつも姿をくらます奴だが、古参の仲間――ゼムス、私、そして格闘家の先代、そして『騎士団長』には必ず連絡を入れていた。もうターラムは離れる予定だったはずだが、連絡がまるでない。奴に限ってとは思うが、不覚を取ったんだろうねぇ」
「バンドラスが不覚を取っただと? そんなことが今まであったか?」
「ちょいちょいあったさね。腕は立つし用心深い男だったが、決して頭が良いわけではなかったからね。だがあれの特性を考えると、そうそう死ぬところまで追いつめられるとは考え難いんだけどねぇ」
シェバは煙草を燻らせながら、昔を懐かしむように気怠い表情をした。
「誰がやったと思う? さすがに使い魔経由ではそこまでわからなくてね。しかも途中からターラム上空の使い魔は全部やられた。おそらくは、剣の風の仕業だろう」
「お前さんにわからないものが私にわかるわけはないさね。だけど調べるために弟子を数名ターラムに送っておいた。奴が調べて暴き出してくるだろうけど、剣の風がいるんだったら、うかつの虎の尾を踏まなきゃいいんだけどね」
「ふむ、もう少しで正体がわかりそうだったのだが、あまり欲張らない方がよいか。ところでバンドラスの報復はするのかな?」
「それどころじゃあないかもしれないよ。竜の巣の制圧をリディルとかいう元勇者の魔王にやらせる依頼、早々簡単にはいかないよ? なにせあのリディルはこれからまだまだ強くなる。勇者としての素質ならゼムスを上回るかもしれない逸材だったからこそ、ゼムスがちょっかいを出したと聞いたよ。さっきも簡単にやったように見えるが、実のところそこまで余裕はなかったんだよ。リディルが竜の巣を制圧する頃には、私たちでも手に負えないかもしれない。バンドラスのことは残念だが、そこまで気にする余裕は今はないさ。ま、やった奴の目星だけはつけておくけどね。
しかしリディルが本当に手に負えなくなったら、どうするつもりだい?」
「ゼムスが喜ぶだけさ。好敵手がいなくなって久しいんだ。ゼムスの遊び相手を見つけるのも私の仕事のうちだからね。リディルが育って、ゼムスと戦えるほどになるというのならそれはそれで構わない。
もっとも、ゼムスは面白い遊び相手を自分で見つけたようだけど」
その言葉にシェバは興味をひかれたようだ。ゼムスが他人に興味を示すなど、数年に一度あるかないかなのだから。
「ほ? その不幸な人間はどこのだれかね?」
「天翔傭兵団の団長アルフィリースさ。あそこには私にとっても気になる人物がいるそうだ。何かしら縁があるかもしれないな」
「そうかいそうかい、今度の玩具は楽しめるといいねぇ。何せこちとらもう年だからね。全力で遊べるのはこれで最後かもしれないよ。ラペンティやドライアンほどには遊べるといいんだけどねぇ」
「ふ、そういえばご老体はそのあたりとも因縁があるのでしたかね。面白くしてみせますよ、きっとね。アルネリアを始めとした、安穏を貪る諸国がどんな顔をするのか楽しみだ。さて、ターラムを攻めた意味を理解できる人間がどれほどいるかな」
クラウゼルはこれから起こる戦争の流れを想像し、心から楽しみに策を練るのであった。
続く
次回投稿は、4/3(月)14:00です。