快楽の街、その255~残りモノ⑤~
「何をしている『格闘家』。さしものお前でもあの高さでは無事で済むまい」
「うるせぇんだよ、『重騎士』のハゲ野郎。回復魔術かけてくれぇ、『賢者』のばあさん。脚が痺れて動けねぇ」
「誰が婆さんかね、このへっぽこ小僧。脚の痺れ如きで使う魔術はないさね。とっとと立ちな」
「ちぇっ、どうしてこの仲間には心優しくて若くて美人な回復役がいねぇんだ。婆さんかビッチしかいやしねぇときてる」
「『万能学者』がいるじゃないかね。ありゃあとびきり美人だし、医者も兼ねてるじゃないのさ」
「美人は美人だが、とんでもねぇド変態だ。あんなのに体を任せた日にゃ、どんないじられ方をするかわかったもんじゃねぇ。前に千切れた右手と左足をあべこべにくっつけられた奴がいただろ? あれにくらべりゃ『僧侶』エネーマの方がよっぽどマシだし、それよりか『司書』の嬢ちゃんの方が将来性はありそうだ」
「馬鹿の上に幼女趣味か。救えないねぇ」
「それではアナーセスと変わらんぞ、貴様」
「るせぇ! ぶっ殺すぞ、ハゲ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ格闘家なる男からは威厳の欠片も感じられないが、間違いなくこの男を含む三人がリディルをここまで追い込んだのだ。しかも三人とも、怪我らしい怪我がない。三人がかりとはいえ一方的にリディルを追い込んだとなれば、いかほどの実力の持ち主なのか。
その時彼らを前にしてクラウゼルがぱんぱん、と手を叩いた。それを合図に諍いをやめる三人。その時この三人は初めて、グンツとケルベロスに気付いたような顔をした。
「紹介しよう、彼らが今回の協力者だ。滅多に揃うことはないのだが、今回は特別に来てもらった。彼らがリディルの制御役であり、この竜の巣の制圧を手伝ってくれる。仕事仲間に自己紹介を」
「『重騎士』ガイストだ」
「『格闘家』バスケス」
「『賢者』シェバじゃよ」
三人は義務的に名乗ったが、格闘家バスケスだけはじろじろとケルベロスとグンツを値踏みしていた。
「おい、クラウゼル。俺たちはこいつらに対して、どうしたらいいんだ?」
「別にどうも? ただ必要とあれば協力してほしい。不要な争いは禁止だ。彼らも必要な人材だからね」
「なら普段は無視でいいか?」
「積極的に関わる必要はないさ。友達になれとは言ってない」
それを聞くとバスケスは心底安心したようにため息をついた。
「あーよかった。もし仲良くしろなんて言われたら、ムカついて思わず殺しちまいそうだからな」
「ああっ!? テメェ、なんつった?」
グンツが思わずバスケスの胸倉をつかんだが、バスケスは冷めた目でグンツを見つめるだけだった。
「お前の顔、覚えがあるぜ。確か『槍に絡む蛇』の団長だった奴だろ? 手配書でよく見かけたぜ。弱いくせに弱い者いじめが大好きな、性格のひん曲がった下衆野郎だ。俺は正義漢じゃねぇが、蛆虫潰しは好きでな。機会があればぶち殺しとこうと思ったんだが、機会を逃したみてぇだ」
「ぶち殺せるかどうか、やってみるか? あべこべに死んでも文句言うなよ?」
「ははっ、逆立ちしても無理な話だ。ちょっと魔獣の能力を身に着けたくらいの何の訓練もしてない奴が、俺に勝てるかよ」
「なら、死んどけや!」
拳を振り上げた瞬間、グンツは宙に舞った。逆さになったバスケスが見え、そして次に空が見えた。呆気にとられたグンツは、自分を見下ろすバスケスが三人に見えていた。ひどい船酔いの時のような症状に、脳を揺らされたことはわかる。だが、その方法がわからない。今体に衝撃は走ったか? それ以前に、触れられた手ごたえすらなかった。
ただ一つ確実なのは、ぐわんぐわんと洞穴の中にいる時のようにバスケスの声が遠くから頭に響いていた。
「何されたかわかんねーだろ? お前にゃ力はあっても技術がない。高い能力があっても活かす術を知らなきゃ宝の持ち腐れだ。それで制圧できる相手なんざたいしたことはないし、不意打ちでもしねぇと一定以上の相手にゃ通じねぇな。
で、だ」
バスケスは背後から突如伸ばされたケルベロスの腕を無造作につかみながら言った。試しに伸ばした腕だったが、あまりに無造作に過ぎたか。いや、気付かれようがなんだろうが、自分の膂力なら問題ないはずだとケルベロスは考えていたのだが、腕がぴくりとも動かせなかった。それどころか、掴まれた腕を支点に徐々に膝が落ちていく。抵抗できないほどの圧力を感じ、ケルベロスは呻いた。
「ぐ・・・く。人間のくせになんつー腕力だべ」
「人間だから工夫すんだよ。人間のままだからこそ、人間を超える方法なんざいくらでもあるからな。安直に人間を止めるようなそこの馬鹿野郎と一緒にしないでもらおうか。俺たちはギルドの最高戦力だし、いざとなったらお前たちに対する対抗手段だとギルドは考えているだろうしな」
「ならどうしてお前達は俺たちに協力するんだべ?」
「その方が面白そうだから。策士とゼムスがそう言うんだ。間違いないね」
バスケスがにやりと笑ったのを見て、確かにケルベロスは確信した。ああ、こいつらは人間だが確かに自分たちと同じ嗜好の持ち主だと。
バスケスが手をはなすとケルベロスはゆっくりと立ち上がり、グンツもふらふらと立ち上がってきた。
「・・・どうしてお前たちは勇者認定してねぇんだよ。リディルをボコれるんなら、強さは充分だろうが?」
「強けりゃなれるってもんでもねぇしな。ギルドに対する貢献だなんだ色々必要なんだよ。ちなみに俺は傭兵として登録した期間が短いから、まだ要件は満たしてねぇ。仮に要件を満たしても勇者として申請しちまうと、ゼムスの仲間にゃ登録できねぇしな。勇者同士は同一の集団として登録できねぇ。知っているだろ?」
「ああ、そういやそんなルールもあったかな」
「それに勇者登録するってことは、剣の風ないしはゼムスに狙われるってことだ。それはそれで面白そうだが、命はいくつあっても足りそうにねぇな」
「それに、めぼしい相手は我々が先行して声をかけて仲間にしていますしね。勇者として申請しないことが我々の仲間になる条件の一つですから」
「お前たちはいったい何がしたいだか? これだけの戦力があれば、たいていのことはできるだろうに」
ケルベロスのその言葉に、全員が同じように笑った。
続く
次回投稿は、4/1(土)14:00です。