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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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死を呼ぶ名前、その14~敗北、そして~

「ウソでしょ・・・」

「ど、どうなってるんだ・・・」


 後方でニアに回復魔術をかけ続けていたユーティが言葉を漏らし、ニアがそれに反応する。ニアは出血は止まり多少落ち着いたものの、いまだに痛みで唸っており、気絶しかける度に激痛で意識が引き戻されるのを繰り返していた。そんな状態でも戦況を確認しようとするのは彼女の戦士としての本能であり、また足を引っ張りたくないという意地でもあったのか。

 だがそんな彼女をカザスは気遣う。


「ニア、まだ動かない方が」

「心配するな、カザス。いざとなったら走れ・・・うぐっ」


 体を起こしかけたニアが痛みでうずくまる。リサも思わず手を差し伸べる。


「ニア、まだ無理をしてはいけません。片腕を失った状態では、元の様には動けませんよ」

「リサ・・・アルフィ達は、無事なの、か?」


 ニアが絞り出すように放った言葉に対する、リサの反応は鈍い。


「生きては、います。ですが・・・」


 リサが歯切れが悪いのも無理はない。目の前には、地面に這いつくばるアルフィリース達。ミランダだけは首を絞めるように、ライフレスに締めあげられていた。

 何より全員が驚いたのは、ライフレスが格闘戦でもかなりの腕前を誇ったこと。一方的な展開に、途中からエアリアルの力も借りることになったのだが、エアリアルの近接戦闘能力を頼みに隙を作ろうとしたアルフィリースの作戦は、ライフレスが接近戦までこなすという完全な計算外により脆くも崩れ去った。魔術士でありながら、格闘戦も一流。それがかつて英雄王と呼ばれた男、ライフレスである。

 地面に横たわるアルフィリースが悔しそうに呻く。


「まさか・・・エアリーと互角以上に渡り合うなんて・・・」

「魔術士が戦闘の時に最も困るのは、詠唱までの時間だ。だからこそ魔術士は戦士など近接をこなす者と徒党を組むことが多いが、もし一人で戦うことを想定するなら、格闘を鍛えるのは道理。俺は何も格闘戦に限らず、剣技、槍技、斧技、鞭技・・・何でもこなす。雑多な分、どれも一流とは言い難いかも知れんがな」

「よく言うわ・・・」


 エアリアルを真っ向勝負で退ける技量の、どこが一流でないというのか。もっとも、ライフレスがエアリアルの打撃ではダメージを負わないからこその芸当かもしれない。

 そして地面に這いつくばるアルフィリースは後回しにし、ミランダに向き直るライフレス。


「さて、もう一度聞こうか。女、名前を名乗れ」

「誰が・・・言うか!」


 ミランダは首を絞められながらも懸命に抵抗する。ライフレスがその気になれば、ミランダのか細い首くらい一瞬で折られることは百も承知だが、その程度で本名を喋る程ミランダもやわではない。というより、本名の重要性を考えれば自分の存在に変えても名乗るわけにはいかなかった。

 だがそんなミランダを見て、ライフレスは少し困ったような表情をする。


「強引に魔術で吐かせてもよいのだが・・・俺は余りその手の魔術は得意ではないし、何の準備も無い状態では、思ったような事を聞き出せるかどうかわからんしな。だが貴様は痛みにも強そうだ。さて、どうするか」

「何をされても・・・絶対言わない!」

「なるほど。これでもか?」


 ライフレスが足元で横たわっていたエアリアルの右腕を踏み抜いた。ゴキリ、と嫌な音がして、エアリアルの腕が折れ、声にならない悲鳴を上げるエアリアル。


「ぐあ・・・あ、う・・・」

「何をする!」


 ミランダが悲痛な叫び声を上げる。


「さて、取引だ。お前が素直に吐けばこいつらの命は保証しよう。だが喋らなければ・・・」


 ライフレスがエアリアルの左腕を踏みつけ、今度は徐々に体重をかけていく。メキメキと嫌な音が響き、エアリアルの額から脂汗が滲み出る。またエアリアルが悲鳴一つ上げようとしないことが、逆にミランダの心を折った。


「・・・ワースだ」

「何?」

「ミランダ、言ってはダメ!」


 アルフィリースが叫ぶが、ミランダは既に腹を決めていた。


「私の名字はレイベンワースだ!」

「なんと」


 ライフレスがその目を見開く。そして感慨深げにミランダの顔をまじまじと見る。その様子を不審がるミランダ。


「知ってるのか?」

「当然だ。薬師の一族として、奴らを知らぬ者は当時いなかったろう。回復魔術が普及しておらぬ時代、奴らの薬は非常に貴重だったからな。各国の指導者、果ては魔王までが奴らの作る薬を欲した。特に、エリクサーは秀逸だったな。俺も、お前達の一族とは親交があったしな」

「なんだって?」


 今度はミランダの目が見開かれる。その事実をさも当然のように語るライフレス。


「当然だろう? 俺は当時英雄王と呼ばれるほどの権力者だった。むしろ奴らの方から売り込みに来たよ、俺が王になる前は門前払いにしたくせにな。なかなかこすい一族だった」

「馬鹿にしているのか!?」


 激昂するミランダ。


「いやいや、むしろ褒めているんだ。魔王とまで取引することで、奴らは一族の存亡と繁栄を図った。中々に上手い手だ。全滅したと聞いて、非常に残念だったよ」

「お前がやったんじゃないのか!?」


 ライフレスを睨みつけるミランダに、ライフレスはかぶりを振った。


「残念だが俺ではない。むしろそんなことをするイカれた奴が誰かは、俺も知りたい所だ。魔王達ですら不思議がっていたよ。レイベンワースの一族を殺して得する奴が、どこかにいるとは思えんのだがな」

「・・・・・・」


 黙るミランダを見て、ライフレスが薄く笑む。


「さて。話を戻すが、お前がレイベンワースの一族なら、不死身なのもある程度合点がいく。それに不死身を差し置いても、お前の知識は貴重だ。一緒に来てもらおうか」

「アタシを連れていけば、アルフィ達には手出ししないか?」


 ミランダがライフレスの目をまっすぐ見る。その目を見つめたまま、ライフレスは即答した。


「俺も望まぬとはいえ、一応は王と呼ばれた身。冗談で取引という言葉はつかわん。お前の要求がそれなら、約束は守る。交換条件が取引の基本だからな」

「・・・わかった。お前について行こう」

「駄目、ミランダ!!」


 アルフィリースが叫ぶが、ミランダは悲しそうな顔をしただけだった。一方でライフレスは満足そうに微笑み、ミランダを地面に下ろす。


「アルフィ、これが一番良い方法なんだよ。アタシはあんたを失いたくない」

「冗談やめてよ!」

「冗談じゃないよ。アタシは昔恋人を助けることができなかった。もう、あんな思いは御免だ。あんたを今助けることができるなら、アタシはどうなっても・・・」

「残される私はどうなのよ!?」

「アルフィ・・・」


 ミランダの悲しそうな顔を見て、アルフィリースが渾身の力を振り絞って立ちあがろうとするが、上手くいかない。既に彼女の体は魔術の連発や、ライフレスに叩きのめされたダメージで限界を迎えていた。

 そんなアルフィリースの様子を、冷ややかに見つめるライフレス。


「アルフィリース、ミランダの判断は懸命だぞ? この場で貴様がどうあがいても俺が勝つし、ミランダが首を縦に振らずとも、お前達を皆殺しにして俺はこの女を連れていく。またこの女が俺の実験に協力しないとしても、口を割らせる方法ならいくらでもあるからな。特に俺の仲間にはそういうことに詳しい奴がいる。  

 だがミランダが協力的なら、せめて人間らしい扱いは用意すると約束しよう。もっとも実験の過程で、何度か生きたままバラバラにはなってもらうだろうがな」


 恐ろしいことを、さも当然のように淡々と語るライフレス。何のことはない、ライフレスは最初からアルフィリース達を同格の生物としてみなしていないのである。全ての生物が自分の目的を果たすだけの道具であり、実験対象であった。人を対等にみなさない。そういった意味では、彼は非常に『王』といえたろう。

 だがそんなことがわかったとしても、アルフィリースはこのまま諦めるわけにはいかなかった。


「それでも・・・やらせない」

「往生際の悪い。ならばどうする?」

「私の命を使ってでも」


 アルフィリースが左腕の服を破く。その破けた服からは、もう一つの呪印が出てくる。その事実に少し驚いたライフレス。


「ほう・・・まだやれるか」

「覚悟しなさいライフレス。私がこの力を使ったら、あんたは確実に跡形も無く吹き飛ぶわ」

「止めなさい、アルフィ!」


 思わずアルフィリースの方に駆け寄ろうとするミランダを、ライフレスが腕をつかんで止める。


「面白い・・・跡形もなくなったぐらいで、俺が倒せると思うのか?」

「やってみましょうか?」


 アルフィリースが何かしら言葉を呟き始めると、左手の呪印が動き始める。封印が解けようとしているのだ。

 その様子を、雛が孵る前の卵を見るかのような高揚感でもって見つめるライフレス。そしてライフレスがアルフィリースに全神経を集中した瞬間、アルフィリースがニヤリと笑った。



続く


次回投稿は2/27(日)14:00です。

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