快楽の街、その254~残りモノ④~
「(なんでこいつはこんなにオーランゼブルに信用されているだか? 調べる必要がありそうだべな。いつまでも使われるままでは、いつ死んでもおかしくないっぺ。せっかくアノーマリーの実験材料から生き延びたんだ、長生きしねぇとな)」
そんなケルベロスの内心までは察することができないのか、それとも話の腰を折りたくないのか。クラウゼルは説明を続けていた。
「・・・でだ。必要だったのは進軍経路、つまり竜の巣の内部構造だ。ここは今まで運よく通過できる奴はいても、案内図を作製した奴は一人もいない。なにせ周辺の開拓が進んでいるから、わざわざここを通る必要がないからな。本格的にこの竜の巣の地図を作るには、拠点を築いて軍隊で制圧する必要があったのだが、誰もそんな犠牲を払いたくなかったのさ。大戦期からこの土地は放棄されていたし、竜種に人間は敬意を払う傾向がある。触らぬ精霊に祟りなしとも言うか。大戦期ですら、この場所は避けるように戦が展開されていった。
次に軍が押し寄せた時のターラムとその周辺の対応が見たかった。ターラム周辺での攻防は、これからの作戦展開に必要となる。噂のターラムの守護者なるものが本当にいるかどうかも、確認しておきたいところだった」
「ターラム周辺が戦争の要になるか? あんな街は確かに結界がなけりゃ物理的には落とすのは簡単だろうが、守るにゃ適さない。それにあそこからどこへ攻め込むってんだ?」
「それはまだ内緒だ。とりえあず今回はこの竜の巣が押さえられればそれで目標は達成だ。ここが我々に押さえられたことがわかった時、その意味がわかる者が果たして何人いるか」
「いや、俺らもわからんぞ。竜の巣を押さえることにどんな意味があるんだ? だいたいこんな竜ばかりがいる場所、制圧できるのか?」
「やるのさ。そのためのリディルだ」
ケルベロスとグンツはまた顔を見合わせた。
「そのリディルを、制御できるのか? 俺たちでも正直無理だぞ」
「リディルはアノーマリーの調整が完全でないままに外に出たからなぁ。むしろアノーマリーはそれを面白がっていたけども、再調整はもう無理だべ。どうやって制御するんだ?」
「制御なんかしなくていい。ただこの竜の巣の竜、特に核となる竜を一掃してくれればそれでいいのさ。リディルの人間であったころの特性を知っているかな?」
「いいや?」
「彼は魔物と心を通わすことができたそうだ。特性持ちと言われるにはまだ未熟な能力だったかもしれないが、彼の能力は魔王となることで強化されている。クベレーが観察していたから、間違いないだろう。リディルは敵を倒すことで従えることができる、その部下ごとな」
「・・・ってことは、なんだよ」
「馬鹿だべな。リディルにここの核となる魔物を倒させ、竜の巣の主にするんだべな?」
「その通りだ。竜の群れを人間――元人間だが――が率いるんだ。中々壮観じゃないか?」
クラウゼルは面白そうに言い放ったが、グンツは鼻で笑っていた。
「ははっ、そりゃやっぱり無理だ。リディルがおとなしく竜の討伐なんかすると思うか?」
「言うことを聞かせればいいんだよ、無理矢理でもね」
「どうやって? 正直あいつは俺達より強い。誰がその役目をするんだ? 言っておくが、俺たちはごめんだぜ」
「そのために必要な人間達を呼んである。そろそろ帰ってくる頃だが・・・」
その時、近くにあった岩山の上から突如として戦いの音が聞こえてきた。金属音が響く中、ありえないほど大きな衝撃音が響いたかと思うと、空から人が降ってきた。丁度ケルベロスの前に落ちた人物は、リディルその人だった。落下の衝撃だけでなく全身ぼろぼろになったその体には、激戦の爪痕がくっきりとあった。かろうじて死んでないのか再生こそ始まっているが、昏倒したのかぴくりとも動かない様子にグンツとケルベロスが目を丸くして驚いた。
「おいおい、マジか。どうやったらこんだけリディルをぼろぼろにできるんだ?」
「上だべ」
ケルベロスが見上げると、遥か高い岩山から一人の若い男が飛び降りてくるところだった。男は両足で地面を踏みしめるとそのまましばし動かない。何事かと見守っていると、男は後ろにごろりと転がった。
「~~~いってぇ~」
「まさか、あの岩山の上から飛び降りたべか?」
「馬鹿だ。盛大な馬鹿がいやがる」
グンツはせせら笑ったが、そもそも岩山から飛び降りて痛い程度で済む方が尋常ではない。さらにその後ろからゆっくりと空を降りてくる人物が二人。魔術を使っているのだろうが、それだけで高等魔術だとわかる。単独で空を飛ぶ魔術はまだ開発されていないが、それに近いことをしているのだ。
降り立った一人は腰の曲がった高齢の女性、一人は鎧に身を包んだ剛健な中年男だった。
続く
次回投稿は、3/30(木)15:00です。