快楽の街、その253~残りモノ③~
策士は気付かないのか、打ち合わせをしていたオークたちを下がらせると、ケルベロスとグンツを温かく出迎えた。
「よく無事だった」
「まあ後方から指揮しているだけだからなぁ。ほとんど危険なんてありゃあしなかったべ」
「そうではない。赤騎士メルクリードと大草原の守護者から、よく逃げられと言っているのさ」
クラウゼルがあっさりと言い切ったことに、ケルベロスは目を丸くして驚いた。
「なんで知ってるべ?」
「それは使い魔くらいは放っている。状況次第では、君たちが全滅することも考えていたからね。君たちが死ぬと、他のオークでは報告もままならないだろう。それではわざわざこんな遠征を仕向けた意味がない」
「俺たちは信用がないってことか?」
「信用、ね。君が口にするとこれほど薄っぺらくなる言葉もないだろうな、グンツ。性格が悪いと言われるだろうが、策というものは常に何重にも巡らせておくものさ」
「じゃあ全部知っているってことなら、報告は必要ないだべな?」
ケルベロスが不満を隠そうともせずに告げたが、クラウゼルはあっさりと否定した。
「いや、それは困る。作戦を立てた者として、現場の指揮官から報告はもらわないとね。それに聞きたいこともある」
「こちとら半日走りどおしで疲れてるんだ。手短にしてくれや」
「ああ、いいとも。終わったら温かい食事と寝床を用意しよう」
その言葉にグンツとケルベロスはしぶしぶ報告をした。グンツはターラム内にいたため報告は少し長く、クラウゼルもいくつか質問をしたが、グンツは欠伸をしながらも正直に答えていた。
そして一通り聞き終わると、クラウゼルは最後に質問した。
「これで最後だ2人とも。今回の作戦の印象はどうだった? ああ、忌憚なく意見を述べてくれたまえ。別に君たちをどうこうするつもりはない」
「クソな作戦だな。全滅が前提とか、お前の頭の中は膿んでるんじゃねえのか?」
「・・・もうちょっとマシなやり方がありそうなもんだべ。本当にオークの犠牲は必要だっただか? 理由は聞きたいもんだ」
「いいだろう、君たちにはその権利がある」
クラウゼルは大きく頷いて説明を始めた。
「まずグンツ、君は今回の作戦では本来頭数に入っていない。だから君の安全に関しては保障していなかったが、それは容赦してくれたまえ。ただ君はこれからも私の作戦に必要だし、巻き込んだ迷惑料と、働いた分の報酬はお支払いしよう」
「・・・ふぅん、なら考えてやってもいいぜ。報酬ははずめよ?」
「無論だ。まず今回の作戦だが、知っての通り全滅が前提だ。だが必要な犠牲だったし、効果はしっかりと出ている。まずはそれを約束しよう。理由はオーランゼブルに口止めされているから言えないがね」
「(こいつ、オラたちでも知らない計画の全貌を知っているだか? 思っているより危険な奴だべ。こりゃあこっそり殺すなんてのは無しだなぁ、どんなお咎めがあるかわからないっぺ)」
ケルベロスはアノーマリーがいなくなった後の立場を考えた。魔王の生産は黒の魔術士にとって必要で、クベレーと共に魔王の生産工程に詳しいケルベロスは始末されなかったが、ある日工房に突然訪れたオーランゼブルの目は告げていた。別段、お前たちはいつでも始末していいのだと。
気性の激しいポチが初対面で怯えたことや、クベレーが侵入に気付かなかったことから考えても、逆らうのは得策ではないと瞬時に判断したケルベロスは、今まで通りの仕事を続けることにした。それがアノーマリーとのやりとりで学んだ処世術でもあった。
それにどうせ外に出てもやることはないし、魔王の生産を続けていればとりあえず飯にはありつけたし、素材を嬲るという娯楽にも困らなかったのだ。それに作業の合間にアノーマリーが残した書籍を読むのは思ったよりも面白かった。字が読めなければ困るとアノーマリーが半ば無理矢理教え込んだ識字は、思ったよりも役に立っていた。まさか人間の書物をオークである自分が愉しむなどとは夢にも思わなかったケルベロスだが、存外悪い気分はしなかった。
続く
次回投稿は、3/28(火)15:00です。