快楽の街、その251~残りモノ①~
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ターラムは戦争の後始末に追われていた。オークの死骸はそもそもが不潔なせいか腐敗が早く、放置すれば悪臭を発生する。それが疫病の元にもなるため、早急な対処が必要だった。ただ楽なのは、魔物であるためいちいち弔う必要がないことと、脂肪の多さから火をかければ容易に燃えること。
確認されたオークの死骸はおおよそ3万。これらに火をかけて回るだけでも自警団の手には余る仕事であり、市民から有志を募って火をかけて回る有様となった。ターラムの周囲からはひっきりなしに煙があがり、風向きによっては市民から悪臭に対する苦情が出たが、これまたどうしようもないことだった。
市壁の上にいるカサンドラでさえ、口と鼻に布で覆いをしてオークの死骸処理の指示を飛ばす有様である。
「臭ぇ。オークなんてロクでもないとは思っていたが、数が揃うと本当にクソみてぇな連中だ」
「ぼやかんでくださいよ、副長。実際に火をかけて回る俺達の身にもなってください。あなたは傭兵でオークの相手なんざ腐るほどしてるでしょうが、俺たちはそこまで経験がないんですよ」
「アタシだってここまで多くのオーク共とやりあったことはねぇよ。最近じゃとんとオークなんて見ることがなくなって、ついに絶滅したかもって言われてたんだ。それがこんな大挙して押し寄せてくるなんざ、これっぽっちも考えてねぇよ。
あーあ、ターラムの自警団なんて割と平穏な仕事だったんだけどな。アタシ、就職先間違ったかな?」
「俺達も同じ気持ちですよ。だけどここで投げ出すのもナシでしょう」
「たりめーだ、とっとと終わらせるぞ。それに大変なのはこれからだ。2万近いオークは逃げたってことだからな。この周辺の治安が悪化するのは目に見えてる。おそらくギルドからは大量の依頼が出るし、ターラムには傭兵が集まるだろう。ターラム内の治安も悪化するだろうし、アタシたち自身にも仕事が増えるだろうから、本番はここからだ。これから数ヶ月は忙しそうだ」
「げぇっ、めんどくせぇ」
悪態をつきながら手を動かす自警団の面々だったが、突然聞こえてきた遠吠えに作業の手が止まる。
「なんだ・・・森の獣か?」
「どこに獣がいるんだよ。それに森だとしたら遠すぎる。この距離を届く遠吠えだとしたら、小山くらいのサイズの獣じゃねぇのか」
「物見、いるか!?」
言い合う自警団の面々を他所に、カサンドラは見張り台に直行した。背筋に嫌な予感が走る。危機が直接迫っているわけではないが、それよりもっとヤバイ何かがある。カサンドラの直感がそう告げていた。
カサンドラが見張り台に行くと、そこには老練の物見が一人で立っていた。目の良さと経験はターラム随一だが、その男が遠眼鏡を使っている。何かがあるという証拠だが、この男が連絡を欠かすのも変だ。何かあればまず一次報告。詳細の連絡は後でもよいことになっているのだから。
カサンドラは男の傍に立つと、自らも眼を凝らした。
「何があった? 報告はどうした」
「・・・副長、わが目を疑いますぜ。こりゃあうかつに報告できませんや」
「どういうことだ?」
「長年戦場やらなんやらで偵察をやりましたが、こんなものは見たことがねぇ。よくわかんねぇもんをうかつに報告したら、偵察ってのは首が飛ぶこともあるんでさ。副長、見てくだせぇよ。こんなの、ターラムの自警団の面子に教える必要がありますか?」
「貸せ」
カサンドラはひったくるように男から遠眼鏡を奪うとその先にあるものを見たが、確かに我が目を疑った。そこには、森の中をゆっくりと歩く巨人がいた。真黒な体躯に、ぼんやりとした輪郭。間違いなく『虚ろ』だが、森の木々が腰の高さ程度までしかない。しかも個体数は数えるのも途中から嫌になるくらいの群れだった。あんなものが群れを成して歩いた後なら、森はおそらく死んでいるだろう。虚ろはそこに存在するだけでも害となる。
カサンドラはしばし自分が見た物が信じられず、遠眼鏡越しに虚ろを見つめていた。虚ろを見た時は無視を決め込むに限るという、傭兵の不文律も忘れていた。
「なんだ、あの巨大な虚ろは・・・あんなの見たこともねぇ。しかも群れを成してやがる」
「俺もでさぁ。傭兵を30年もやって、足腰が使い物にならなくなったからターラムに来たってのに、あんなおぞましいもん見ることになるとは長生きなんざするもんじゃねぇと本気で思いましたよ。
俺の見たことのある虚ろなんてのは、せいぜい腰の高さくらいの小人みたいなやつだった。それでも出現した時にゃ、中隊が慌てて回れ右して引き返したもんだ。凄惨な戦場に奴らは現れることが多いが、それにしてもあの数は異常ですぜ。しかも虚ろが吠えるなんざ、聞いたことがねぇ。
副長、あんた傭兵としての経験は俺より上でしょうが。こりゃあなんの兆候ですかね」
「・・・アタシだって知るか。アタシも最大ので人より二回りデカい程度だ。そん時ゃ、敵味方合わせて万が死んだ戦場だった。アタシがまだ駆け出しの時くらい、古い時代の話だ。つーか、ギルドの記録でも最大で人の二倍程度だ。あんなの聞いたこともねぇ」
「じゃあなんですか。俺らは二人して夢でも見てるんですかね?」
「だからアタシに聞くなっての。とりあえずわかってんのは、あいつらはこっちに向かってねぇ。全員で他所に向かってんだ。放っときゃいい」
「あんたがそれでいいならそうしますがね。これ、どうするんですか?」
「・・・リリアムには報告しておく。頭を使うのはアタシらの仕事じゃねぇ。お前も黙っておけよ」
「言われんでも、誰も信じやしませんよ。俺だって、自分の目ん玉取り出して洗って戻してぇくらいだ。こんな日は酒を浴びるほど飲んで寝るに限りまさぁ」
「明日にしろ。少なくとも、あれらが消えるまでは見張りは続けろよ」
「了解です。あれが消えねぇうちに酒を飲めるほど、俺も図太くねぇや。ああ、しばらくは夢見が悪そうだな」
物見の男はぼやきながらも監視を再開した。カサンドラは難しい顔をしたが、当座の危機がないことを知るとまずは自分たちの仕事に集中することにした。どのみちリリアムも今すぐには手が離せない。相談は深夜になるだろうと考えていた。
続く
次回投稿は、3/24(金)15:00です。