快楽の街、その250~ターラムの支配者⑪~
「ご挨拶だな、ゲルゲダ。いきなり襲い掛かるとは」
「なんだ、ゼルヴァーじゃねぇか。いきなり背後から近づく方が悪ぃんだ」
「ちょっと、ちりちり赤毛! うちの隊長に何すんのさ!」
「うるせぇ、イモ女! ちったぁその化粧の下のそばかすを減らしてから言いやがれ!」
「な、な、そばかすの数は関係ねぇべよ!」
「ドロシー。手玉にと、とられているんだな」
ゲルゲダに飛びかかろうとしたドロシーをダンダが止める。酒場の揉め事は日常茶飯事だが、ブラックホーク団内での揉め事が世間に広がるのはまずい。ドロシーがゲルゲダにからかわれるのはいつものことなので、ダンダもあしらいに慣れたものだ。
ゲルゲダは知り合ってからまるで成長のないドロシーに向けて嫌味を言いながら、ちょっとは気が紛れるのを感じていた。そしてゼルヴァーの後ろにいる、珍しい人物にも。
「副隊長クイエットじゃねぇの。お前らが一緒にいるのは珍しいな」
「ご無沙汰しています、ゲルゲダさん」
青年はぺこりとお辞儀をした。やや小柄なこの青年は、ブラックホーク団内一の好漢である。どこかの山間の狩猟民族の出自だそうだが実に優秀な青年で、最初は共通言語にも苦労していたのに、団に所属して5年以上経った今、三番隊の副隊長へと出世していた。また団内の年長者に気遣いを入れるなどおよそ辺境の出身とは思えない気配りを見せ、それはゲルゲダに対しても例外ではない。ゲルゲダにしてみればからかい甲斐のない相手だが、いつも付け届けを忘れないこの青年に悪印象は抱いていなかった。
「クイエットよぅ、挨拶はいいがもちろん何か面白い物は持ってきたんだろうな?」
「もちろんですよ。西の方で作っている酒だそうですが、上手いので数本もらってきました。一本はゲルゲダさん用ってことで」
「さすがに気がきくな。どこかのイモ女とは大違いだ」
「まだ言うか!」
「まあまあ。それよりゲルゲダさんの部下が探していましたよ? 召集命令が出たのに、団長が見つからないって」
「ん? そうか・・・まあ考えることがあってな。もうちょっとしたら奴らのところに戻るさ。緊急の召集ってわけじゃねぇんだろ?」
「それはそうだが。まあ俺たちもここで一端飯にするか」
ゼルヴァーは団員たちを適当に座らせると、適当に食事を注文した。ゼルヴァーはゲルゲダと共に座ると、やや声を落としてゲルゲダに質問した。
「どうしたゲルゲダ、お前らしくもない。お前はどんな時でも背後から相手の接近を許すような奴じゃないはずだ。何があった?」
「さぁな、マックスの野郎にでも聞いたらどうだ?」
「どういうことだ?」
「おめーみてぇにマジメな奴は知らなくてもいいことだよ。むしろ俺が聞きてぇのは、ヴァルサスの召集ってことは、これから全員で戦争に参加するってことか?」
「ああ、自由商業連邦の依頼だ。俺達はローマンズランドの侵攻を食い止めるため、これから北に向かう。結構な数の傭兵団に声がかかっているそうだ。カラツェル騎兵隊に城攻め屋は来る途中に見た。俺達にも全団員に招集がかかっている。ターラムは中継地点ないし、ある程度集合場所になる予定だったが、まさかオークの大軍がいるとは思わなかった。カラツェル騎兵隊が蹴散らしていなければ、俺たちも出ていたところだ」
「ふーん。まあここは飛び地みたいなものだし、相手も本気で占拠するとは思えんがな。その気なら、後詰があるだろ。どのみちターラムが防衛に向いているとは思えんが」
「そこまでは知らんさ。問題は、ターラムが急襲されたことで、戦争への機運が高まりそうだということだ。もう少し参集を粘れば、さらに良い条件が引き出せそうだがな」
「お前もすっかり傭兵の考え方が身に付いたな、ゼルヴァー。そっちの方が俺好みだ」
「嬉しくないな」
ゲルゲダは気の抜けた酒を捨てると、クイエットの酒を注いで一気に煽った。確かにこれは旨い。大陸の西側にこんな酒があるなら、次の目的地は決まったようなものだと考えた。
そのためには今回の戦争を終わらせる必要があるが、それ以前にファンデーヌをなんとかすべきだと考えていた。ゲルゲダは見た。あの神父が爆発を起こした時、確かにファンデーヌは吹き飛んでいた。上半身だけが吹き飛ぶ中、あの女は嗤っていた。爆発の規模が大きすぎて最後まで見届けるには至らなかったが、あの女はきっと生きていると確信していた。それにもう一人、あの場所にはいたはずである。それが誰なのかを突き止めるまで、ゲルゲダはゼルヴァーにもマックスにも気を許すつもりはなかった。
続く
次回投稿は、3/22(水)15:00です。